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秋を嗅いだ

秋の匂いがする!

なんだか急激に寒くなったので数日家でおとなしく過ごしていた。中途半端に手をつけた衣替えで出てきたトレーナーを頭からかぶって、デニムジャケットを羽織って、泊まり勤務の着替えも冬服にしたらリュックがぶくぶくに膨らんで気が滅入る。
昼下がり。玄関のドアを押し開けたら、明るい日差しを全身に浴びて目を細める。上着、いらなかったかな。スリッポンの両足を踏み出して大通りに出ると、気がついた。

秋の匂いだ。

金木犀はずいぶん前から香ってきていた。それも秋だと思ったけれど、今もっと秋を嗅いでいる。やさしい陽気と、澄んだ青空。そしてこの匂い。
何と呼べばいいのかわからないけれど、これは間違いなく秋の匂いだ。

思い出すのは大学時代。11月を目前に控え、キャンパス内を駆け回る。そう、秋は学祭の季節だ。
学祭実行委員だったわたしは、この時期はいつもてんてこ舞いだった。あれもこれもやらなくちゃ、あっちはどうだっけと慌てながら、着々と準備を進めていく。
1度目の秋は、ここから何が生まれるのか、自分が何を作っているのか正直全然わからなかった。流されるままに勢いよく、脇目もふらず。任された一角を何度も往復しながら、日常が非日常に切り替わっていくあわいを、わたしはじっと観察していた。
2度目の秋は、自己満じゃない、意味のある仕事をしているという自負が心地よかった。わたしはきっと1人では何もできないのに、こうして赤い法被の仲間たちと肩を組んで、キャンパスを非日常に様変わりさせることができる。これだけが正解だとは思わないけれど、むしろたくさん間違えたと思うけれど、それでももうすぐ1つの答えを出す。
3度目の秋は、1周回ってすごく気楽だった。本当はもっと気を張って、後輩に気の利いた言葉の1つや2つを掛けてあげて、先輩らしく振る舞うべきだったのかもしれないけれど。ああもうすぐ来るんだな、そして去っていくんだな、わたしの秋が。最後の秋が。そう思ったら、目に入るすべてが愛おしくて、美しかった。純粋に味わい尽くしたいと思った。

決まって空は高く澄んで、ひんやりとした空気が赤法被を揺らす。でも日中は陽気がとても温かくて、日が暮れると少し肌寒い。秋の匂いは、肺いっぱいに吸い込みたい。からだ中を駆けめぐる秋の空気が、なぜだかわたしの気持ちをとても晴れやかにしてくれるのだ。

後のまつり、という言葉があるけれど。それが気の抜けたような空っぽのような感覚であるとしたら、前のまつりという言葉はないけれどそれはきっと、静かな秋の匂いだろう。
そわそわとした落ち着きのなさ。それでいて静かで荘厳。昨日までの何気ない言葉とかこだわり抜いた腕の一振りとかグサグサ突き刺さる辛口批判とかが絡まり合って実を結ぶ予感。

赤法被とともに迎える秋はもう戻ってこないはずなのに。つーんと秋の匂いを嗅いだら、あの秋が全身に蘇ってきた。こそばゆくて、しあわせな。
あれより前の秋が思い出せない。わたしの秋は、これなんだ。何年経ってもきっとまた、季節がめぐるたびに思い出すのだろう。

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