#31 直感するわたし|思考の練習帖
二人のことを知ったのは、イタリアで過ごした数年前の夏だった。
異国の地で過ごす長い夏休みのおともに、キャリーバッグに詰めた十数冊の本たち。そのなかの一冊が、ダニエル・カーネマンの『ファスト&スロー(上)』だった。
二人の名は、「システム1」と「システム2」。システム1は直感とも呼ばれるもの、システム2は論理的思考である。
『世界標準の経営理論』の第21章「意思決定の理論」では次のように紹介されている。
この二重過程理論を知ってから、世界の見え方がかなり変わった。
たとえば世の中に蔓延っている偏見と差別。たいていそこには悪意がなくて、「◯◯な人は△△」というシステム1による自動的な峻別によって、思考に負担をかけないようにしているだけだ。だから個別具体的な誰某さんとの出会いによって、「◯◯な人は△△」のステレオタイプは崩れ去るし、誰某さんとの出会いに恵まれなかった人たちはその貧弱なステレオタイプをいつまでも保持し続けることだろう。
しかも、直感的なシステム1には、つねに認知バイアスによる誤った意思決定のリスクが伴う。
世の中の理不尽にちゃんと理由があると知れたから、少しだけ光が差した。そうやって目に映るものだけで理解するんじゃなくて、その後ろに何があるのかを想像できるようになると、世の中は面白くなる。
システム1とシステム2に出会ったことは、わたしの世界を豊かにしてくれた。
とはいえ、システム1が百害あって一利なしというわけじゃない。冷静で、客観的で、論理的で規範的なシステム2的な思考がとかく推奨されがちだが、はたしてそればかりでよいのだろうか。
人間相手の仕事をしていると、いかに精緻なアセスメントを基盤とした計画を練っていても、その瞬間瞬間のその人とのコミュニケーションの微妙な間とかトーンとか言葉選びとかで、何かを「感じる」ことは少なくない。その何かが、わたしの次の対応を決定する。それはまさに、システム1の仕事なのだ。
当然ながら、システム1による意思決定の質を担保するためには、その直感がさまざまな経験に裏打ちされたものでなければならない。システム2による意思決定を数多く積み重ねて直感の精度を上げることが極めて重要なのである。
今日はここまで。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?