
「でもやっぱり人間向いてないわ」イメージ
友人に最近の出来事や展望を話したら怒られた。
一部しか話していないが、それ以上の出来事を言ったら、さらに怒られると思って、怒りを鎮めるべく取り繕った。
私がやってきたこと全部を話したら、私の周りの人たちはどんな反応をするのだろうか。
勝手につけたイメージと違ったと怒り狂うのではないかと思う。こういてほしいという願望があるのだろうけれど、私の中身は違う。傀儡だと勘違いしているのだろうか?そして、みんなの希望には沿えないのである。みんなバラバラであるし、それはなりたい私でないから。
それでも、たまに時々私はアイドルか芸能人か何か表舞台に立つ人なのではないかと錯覚する。何の権利やどの立場からこの人たちは私に指図するのだろうか。コンサルタントでもなければマネージャーでもない。そして、黒幕というと大袈裟かもしれないが、本当に糸を引いている人は誰だか皆知らない。性格が悪いと思うが、なぜ、自分がプロデュースしているように思うのだろうかと思いつつも、プロデュースしていると思っていればいいと思ってしまう。
私は納得がいかなくとも、2度3度言われたくなくて、その人の意見を飲む時がある。
けれど、それはその人との付き合いをするための手段であって、その人に流されているわけではないと思っている。円滑に付き合いたいのである。
けれど、そんな意図は伝わらず、その人の意見に染まったと思われたり、おべっかを使っているとさえ言われる。確かに私が持っていた意見は曲げられるほど柔らかく、向こう側が見えてしまうのかもしれない。けれど、本当に譲りたくない部分でない時は、自分はいらないのではないかと思ってしまう。
勝手にイメージしてもらって、勝手にダメージを食らってもらって、アベレージなんて無視しちゃって、私は好きに生きる。だって最後まで付き合うのは私だから。お前らは期待を押しつけても、死ぬまで一緒にいてくれないから。
けれど、そんな突っぱねられるわけもなく、この環境の中で私は生きやすい形を探す。