蒼空の歌謳 -10-
「えーっと・・・・・・非常食用のパンとバター・・・・・・後は何が必要になりそう?」
ガサゴソガサゴソ・・・・・・
周りを漂うルミネの放つ淡い光と、台所の大きなテーブルの上に置いてある小さなランプの灯り。
その二つの光を頼りに、俺は両手で抱えられる程度の長旅用の鞄の中へ色々な荷物を詰め込んでいた。
俺の側では、そんな俺を見ながら微笑んでいるばあちゃん。
「あら、いつもヴィア先生と一緒に訓練に行くときは、あんなに早く揃えるのに。
珍しいわねぇ・・・・・・」
いや、ばあちゃん・・・・・・。
訓練のときはいつもと言っても、あれはほんの数日間で、しかも村のすぐ側。
足りない物があれば、すぐに取りに行ける距離しか離れないからな・・・・・・。
まあ、シャレンやダン、フリア達の家に泊まりに行くような気分だった。
しかーし!! 今回は一度も行ったことが無い王都ラルファまで。
心配で仕方ないって言いたいさ・・・・・・。
結局、一体何のために家に帰ってきたのか分からない白夜のため、俺は薬を届けることに。
つまり、俺自身が王都へ行くことになった。
ちなみに、一応転送術が使える先生には相談には行ったぜ。ついさっき。
だけど・・・・・・
「悪い、無理だ」
外の虫が鳴いている声さえ聞こえるほどの沈黙がほんの少しだけ流れる。
そして、学校の中にある先生の部屋に音の無い衝撃が走った。
きっぱり。いや、あっさり過ぎるぐらいの軽い返事だ。
だけど、それは俺にとってかなーり重たい事実だったりする。
白夜が薬を持って帰るのを忘れたのが分かった後、俺はすぐに学校へ戻って、先生へこの事を報告。
まぁ、白夜やフォノの手助けが無い状態で俺だけで事情を説明するのに必死になってからな・・・・・・。
自分の意識が戻ってきた頃にようやく夕方が過ぎたことに気付いた。
そういえば、『切り札』に村が襲われた日もこのぐらい暗かった上に、時間が早く流れた気がするなぁ・・・・・・。
それから事情を説明し終えた後、先生かじいちゃんあたりが先生の転送術ですぐに王都へ行ってもらおうとお願いしたんだ。
だけど、結果はこれだ。
今この場で、目の前のヴィア先生のさわやかな笑顔とは裏腹に、俺が最も恐れていた答えが出てしまった。
「何でですか!! さっきは白夜を送るために使ってたのに・・・・・・俺が頼んだら駄目なんですか?」
「いやぁ・・・・・・その・・・・・・まあ、な。こっちにも色々とあってな」
俺の反論に、先生はやや苦笑い。
そして、普段はあまり見せないような真面目な表情になる。
お? この先生の表情からすると、何か裏に事情があるみたいだな・・・・・・。
「リーン、お前は俺が正式な転送士ではないのは分かってるよな?」
「まあ、先生は特に何もそういう資格を取ってるわけではないですからね」
その通り、と先生は頷く。更に、説教のような、授業のような説明が続く。
「つまりだ。俺は本来こういう術は使ってはいけない立場にいるが、勝手に使っている。
そして、転送士は正式な資格無しでは使ってはいけない・・・・・・どういうことかわかるか?」
ん? 何だか問題が大きくなったような気がする。
確かに、転送術ってのは俺の父さんのように正式な資格を持っている転送士しか使ってはいけない。
これは国で決められた規則だ。絶対に破ってはいけない大事な決まりらしい。
それは、俺にも良く分かる。授業でも習ったしな。うんうん。
それで・・・・・・先生はこの術を資格無しで、しかも勝手に使っているって事は・・・・・・あ!!
「ひょっとして、この事がバレたら大変になるんですか?」
「その通りだ。俺は、一応白夜のことがあるから、フィンリヴィアの方では許可を貰っている。
けど、それ以外に使うのはちょっと・・・・・・な、ということだ」
分かったか、と普段と同じ腕を組見ながら笑いかけるいつもの先生。
それに、俺は渋々頷いた。
あの時、実を言うと俺にはまだ先生が何か隠している気がしてたまらなかった。
もちろん、さっきの先生の言葉には納得できる。
白夜だから出来て、俺には出来ない・・・・・・それは、俺にはどう頭を使ってもわからなかった。
そして俺は先生に説得されて渋々家へ戻り、こうしてばあちゃんと一緒に旅支度をしているって訳だ。
ん、そういえば俺には少し気になる事が二つあるんだが・・・・・・。
「そういえば、ばあちゃん。じいちゃんはどこに行ってるんだ?」
「ああ。おじいさんなら、病室の方で白夜の薬の予備を作っているわ」
なるほど。確かに、薬を届けるんだったら少しでも多い方がいいからな。
うちの家は、村の入り口側の方の扉から入れば普通の家だけど、村の中心部の方にあるもう一つの扉から入ると、病室のようになっているんだ。
まあ、家の中では繋がっているんだけどな。今俺達がいる台所の隅の廊下から、病室の方へ移動できる。
昔は、結構この廊下を使っていたんだけどなぁ・・・・・・。
小さい頃から白夜がすぐに体調を崩して、じいちゃんに無理言ってよく一緒に向こうの部屋で寝てたっけ。
よし、最初の疑問は解消された。
それと、これは言うべきなのだろうかと考えながら、口に出してみる。
・・・・・・白夜に話したときと同様、頭の中には奇妙な警告が流れているけどな。
「それとさ、ばあちゃんとじいちゃん・・・・・・。
繋ぎ目の無い広い大理石の床がある場所って知ってる?」
ばあちゃんは、はてと首を傾げる。
「さぁ、聞いたことが無いわねぇ。おじいさんもきっと知らないと思うし・・・・・・。
明日、先生に聞いてみたらどうかしら?」
うーん・・・・・・やっぱり、知らないよなぁ。
とりあえず、今俺の中にある疑問は一応解消された。
「そっか・・・・・・よしっ、準備完了!!」
最後に清潔な布を詰め込み、鞄の口を紐で締める。
中に入れた荷物が落ちないことを確認した後、俺は鞄についている紐を掴み右肩に背負うように引っ掛ける。
そんな俺のその様子を見ていたばあちゃんは小さく息を吐いて小さく呟いた。
「全く、クルシャといい白夜といい・・・・・。
本当にうちの子供達は、どうしてこの年になると外へ行くのかねぇ」
え、外へ行く?
白夜は数年前から王都の方に行っているから分かるけど、父さんもってどういうことだ・・・・・・?
「ばあちゃん、それってどういうこと?」
俺の質問に、ばあちゃんは昔を懐かしむように目を閉じながら、ゆっくりと説明を始めた。
「・・・・・・お前の父親のクルシャはね、丁度お前と同じぐらいの時におじいさんと大喧嘩したんだよ。
自分は医者じゃなくて転送士になりたいって言ってね。もちろん、おじいさんは大反対」
あの父さんが!?
俺にはほとんど父さんについての記憶は全く無いんだけど、意外だった。
俺の中では、凄く賢くて真面目なイメージしかなかったからな・・・・・・。
さらにばあちゃんの話に、俺は耳を傾ける。
「それで、最後の大喧嘩の日にクルシャはこう言ったんだよ。
『転送士として認められるまで、村には絶対に帰ってこないぞ!!』って。
次の日、クルシャは一人で荷造りをして出て行ったんだよ。王都ラルファにね」
そういえば、よくじいちゃんが言うことがあったな。
『ファーリウム家の男には二言は無い』・・・・・・つまり、有言実行。
自分の発言には責任を持って行動しろってことだ。
父さんは、本当に実行したんだな・・・・・・。
「きっと、今クルシャは本当に転送士になっているんだろうねぇ・・・・・・。
十二年前には、お前を私達に預けるために家へ帰ってきたんだから」
そっか・・・・・・そうだったんだ。
この話は、俺も初めて聞く内容だった。
きっと、じいちゃんなこんなこと話してくれないだろうからなぁ・・・・・・。
最後の言葉を言い終えた後、ばあちゃんの表情はどこか穏やかだった。
本当に、父さんのことを思って言っているんだな・・・・・・。
「ばあちゃん。父さんの話、ありがとうな。
準備も出来たし、明日も早いと思うから、もう寝るよ」
「そうかい。頑張りなさいよ」
俺はおやすみと挨拶をした後、周囲を漂っていたルミネを呼んで霊石へと戻す。
そして、そのまま部屋へと通じる階段を上った。
部屋へ戻るまでの間、俺はさっきまでのばあちゃんとの会話を思い出していた。
父さんも、俺ぐらいの時にはもう旅を経験しているんだ。
だったら、俺もしっかりとしないとな!!
次の日。いつも通りのすがすがしい朝だ。
だけど・・・・・・俺にとっては特別だから、今日はちょっと違うんだけどな!!
俺は昨日準備した荷物を肩に背負い、台所を横切って家の入り口へ。
そして、台所で朝食の片付けをしているばあちゃんの方を振り返る。
「それじゃあ、俺は先に門のところに行って来るよ。
出発前に先生が話があるって言ってたから」
「そう。じゃあ、すぐに行く支度をするわ。白夜の薬を持ってね。
おじいさん、まだ薬を作っているみたいだからねぇ」
うわぁ・・・・・・結構頑固な性格のじいちゃんだけど、こういう時は凄いんだよなぁ。
多分真面目なんだろうけど、それが行き過ぎるときがたまに・・・・・・いや、いつもだな。うんうん。
目の前の取っ手を握り、扉を一気に押し開ける。
扉の隙間から朝日が差し込み、暗い部屋中に光が満ちた。
「行ってきます!!」
俺は、家を飛び出した。
吸い込む空気はいつも同じ。今は夏が近いこともあって、普段よりも若干草独特の匂いが鼻につく。
体で感じる風もどこか涼しくて、風を切って走るって表現がピッタリだな。
だけど・・・・・・何だろう? いつもと何かが違う。
父さんに連れられてこの村に来て以来、俺は一度も村から出たことは無かった。
その時からずっと感じているはずなのに、今日は何かが違う。
やっぱり、気持ちの問題なのか・・・・・・?
体中で自然を感じながら走っていた俺は、目の前の景色に目を向けた。
今は、村の門近くにあるシャレンとダンの家を通り過ぎて、後は門まで一直線。
走り続けていると、ようやく目的地まで辿り着いた。
そこには普段通りの服装で、いつもと変わらない腕を組んで立っているヴィア先生の姿。
そして・・・・・・ん? あの姿は・・・・・・
「遅い。先生に指定された集合時間ギリギリよ」
「フォノ!! お前なんでここにいるんだよ?
それに・・・・・・」
門の前で足を止め、俺は目の前にいる二人を見る。
一人はもちろん先生だ。そして、隣にはなぜかフォノの姿が。
俺は、右手でフォノを指差す。
「お前、何でそんな荷物を持ってるんだ?」
指差した先にはフォノがいるんだが、それは問題じゃない。
問題なのは、フォノが持っている荷物だ。
両肩に紐を引っ掛けて背負うような、やや大きめな鞄を両手で握り締めながら、俺の方を見ている。
そんな二人のやり取りを黙って見ていた先生が、ようやく口を開いた。
「ようやく到着だな。二人とも、準備は大丈夫か?」
え、二人とも? それって、まさか!!
「先生!! ひょっとして・・・・・・?」
自分の脳内に浮かんだ事態を先生に否定してもらうために、俺は先生に問いかける。
だが、その答えは意外な方向から返ってきた。
「あら、今頃気付いた? 今回の旅、私も同行するの。
丁度、うちの親方も帰ってきたことだしね」
何だってー!! う、嘘だろ・・・・・・?
俺の表情を見た先生は、思わず小さく息を漏らして笑い始めた。
「ははっ・・・・・・嘘だろ? まさか、お前たった一人で旅に出るつもりだったのか?」
「だって、白夜のためですよ!! それぐらいは・・・・・・」
先生と俺を交互に見たフォノは、小さくため息。
そして、俺の方を再び見る。
「はぁ・・・・・・村の外を知らない子供が、一人で旅をするなんて無謀すぎること。
だから、先生から頼まれたの。私は、何度か王都まで行ったことがあるから」
俺は、フォノの針よりも鋭利な口調にぴしゃりと撥ねられた。
うぅ・・・・・・言われてみれば。
実は、俺は外の世界は学校の教科書や地図でしか見たことがないんだ。
まあ、そんな田舎者にはこんな一人旅は無謀だよなぁ・・・・・・確かに、フォノの言う通りだと思う。
しかーし!! やっぱり、悔しい。
フォノは俺よりも一つ下なんだぞ!!
そんなフォノに言われるなんて・・・・・・くぅ。
悔しそうな表情の俺と、無表情だけどやや得意気な表情のフォノ。
その二人を交互に見た先生は、組んでいた両手を解き右手を腰に当てながら口を開いた。
「お前ら、これから大事な話をする。良く聞けよ」
俺とフォノはお互いを見合わせ、先生と向かい合わせになるように立つ。
そして、視線を先生の顔へ向けた。
「フォノはある程度は分かると思うが、リーンは初めてだからな。
いいか? 村の外には、今まで訓練で戦ってきた敵以上の危険な魔物がいる。
それは、重々知っているな?」
俺とフォノは、同時に返事をする。
俺達二人の曇りの無い声に、先生は更に言葉を続ける。
「だけど、お前らは俺の弟子だ。お前らには、俺の戦い方をきっちり叩き込んである。
そこらへんの魔物には負けないはずだ。気を引き締めて、しっかりやれよ!!」
「「ハイッ!!」」
先生とのやり取りの後、フォノはまだ家の片付けが全部終わっていないからということで一時帰宅。
門の前に残ったのは、俺の先生のみ。
ん、俺の中に再び疑問の塊が現れた・・・・・・ちょっと、先生に聞いてみようかな。
「そういえば、先生・・・・・・一つ、いいですか?」
「ん? どうしたんだ、急に」
俺は一回小さく息を吐いて、言葉を続けた。
うぅ、どうしてこの話をしようとすると、頭の中に変な違和感を感じるんだよ・・・・・・。
「先生は、繋ぎ目の無い大理石の床が敷かれている、広い空間って知りませんか?
そこに、誰かがいるらしいんですが・・・・・・」
一瞬だけだけど、先生の顔が引きつったような気がした。
だけど、その表情はまた一瞬で戻る。
「・・・・・・さあ、よく分からないな。
もしかしたら、お前が王都にいた頃の記憶じゃないか?」
うーん・・・・・・納得できそうなんだけど、俺の中では納得できそうに無い。
まぁ、この問題は保留にしておこう。
この旅を終える頃には、きっと分かる。そんな気がするから・・・・・・。
このやり取りを終えてからしばらくして、フォノが再び戻ってきた。
そして、村の人達が徐々に集まり始める。
俺達二人が旅出すことは、どうやらもう村中には知れ渡っているみたいだな。
意外にも、シャレンとダン、フリアをはじめ、同じ学校の生徒も来ていた。
フリア達三人は口々に「羨ましい」と言われ、得意げな表情を見せたと同時に、隣からやや厳しい視線が・・・・・・。
お世話になっている自警団の仲間をはじめとする村中の人達と、口々に挨拶を交わす。
そして最後に、じいちゃんとばあちゃんが白夜の薬の予備を持ってきた。
じいちゃんから手渡された薬を鞄に入れて、再び鞄の口を締めて背負う。
そして、俺とフォノは村の門の前に立って、見送ってくれる村の人達の方を振り返った。
「それじゃあ、行って来まーす!!」
「気を付けろよー!!」
この場に集まった人達がそれぞれ何かを喋っていたけど、一番聞こえたのは先生の声だった。
俺は右手を高く掲げ、大きく振りながら歩き出す。
一歩一歩確実に・・・・・・これから、大きな世界へ歩き出すんだ。
さあ、俺の旅の始まりだ!!
リーンとフォノの姿が見えなくなるまで見送ったヴィアは、そのまま村の学校へ戻っていた。
そして毎日使っている自室の扉を開け、中へと入る。
部屋の隅に置かれている机の前の窓から太陽の光が差し込み、部屋は優しい光で満たされていた。
何も考えないまま、ヴィアは机の側にあった椅子に腰掛ける。
そして・・・・・・
「はぁー・・・・・・」
天井を仰ぎ、大きく息を吐いた。
今まで強張っていた身体が解れたのを確認すると、今度は視線を机の上のある一点へ向けた。
そこには、二つの写真立て。だが、一つは倒され見えなくなっている。
残された一つには、白夜に寄り添うリーンと二人を少し離れて見ているフォノ、背後には彼らの師匠。
ヴィア自身と彼の三人の弟子達が一緒に撮った写真だった。
「白夜から始まって次はフォノ、最後はリーン、か。
全く、どうしてお前らはこうも外の世界に出て行くのかねぇ・・・・・・」
小さくため息を零した後、ヴィアは倒されている写真立てにそっと手を伸ばす。
そのまま、自分に見えるように目の前へ持ってくる。
その中には、やや色褪せた写真が一枚入っていた。
雪のように真っ白な、やや波立った長い髪と鈍い金色の瞳の少女と、深い緑の長髪の青年。
少女は、座っている青年の背後から抱きしめるような動作をしている。
写真の中の青年は、どこか照れくさそうな戸惑いの表情を浮かべていた。
そんな二人の写真を見て、ヴィアの口元が僅かに緩む。
「リア・・・・・・お前の子も、随分と立派になった。
あいつに会う度に、お前の面影が見え始めてきたよ。
正直、俺がお前と見間違えるぐらい似ているぜ」
写真の中の少女に話しかけるヴィアの口調、表情は、おそらくこの村の人間全員が見たことが無いほど、優しいものだった。
そんな彼の側に、淡い光が現れる。
『サヴィア様~』
「ん、どうかしたか? ルミネ」
写真から視線を逸らさず、『ヴィア』は答える。
光の正体は、本来リーン、白夜、フォノの三人しか呼び出すことが出来ないはずの光の元素霊のルミネ。
ルミネは、そのまま『ヴィア』の周囲をしばらく漂った後、ちょこんと目の前の机に着地する。
そして、頭を傾げながら問いかける。
『良かったのですか? リーン達に、転送術を使わないで。
彼のために使うと口実を繋げたら、使えるんじゃないんですか~?』
「・・・・・・俺は、『人間』には関与できない。そういう決まりだ。
白夜は半精霊だからだ。分かっているな?」
ルミネの尻尾らしき部分が、力無く垂れる。
そして、ルミネは更に質問を続ける。
『それに・・・・・・そろそろ、白夜に知らせた方がいいんじゃないですか~?
サヴィア様は・・・・・・』
一旦言葉を切ったルミネは、その先の言葉を続けていいのか戸惑う。
だが、その先の言葉を発する隙を『ヴィア』は与えなかった。
「あいつは、リーンと一緒に暮らして幸せなんだよ。
・・・・・・そんな幸せな生活を、俺が壊しちゃいけねぇだろ?」
ポツリポツリと呟く『ヴィア』の言葉と表情は、どこか悲しげだった。
真実を知っている。だが、それを告げずに留めておく事は苦しい。
それを知った上で、『ヴィア』は覚悟を決めたのだから・・・・・・。
『分かってますよぉ・・・・・・白夜はシュレリア様の大事な忘れ形見ですからね。
でも、何だか嫌な予感がするんです・・・・・・』
「・・・・・・お前の予感は、よく当たるからな。念のため、こっちでも調べてみるさ。
それと、リーンの事も少しな」
写真立てを机の上へ戻し、『ヴィア』は再びそれを静かに伏せる。
まるで、それは誰にも見られてはいけない秘密を隠すかのように・・・・・・。