蒼歌表紙版

蒼空の歌謳 -1-

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大陸最東端にある、水と緑の村と呼ばれる『フィンラの村』。
村全体を森に囲まれ、村の中心部には大きな川が流れている。
そのため、水にも恵まれていることからこんな名前で呼ばれてる。
そして・・・・・・って、そんな呑気に説明している場合じゃない!!

「うわー!! 遅刻遅刻ー!!」

まったく、右足の次に左足、左足の次に右足という簡単な「走る」という行動はどうしてこうも時間がかかるんだ。
それに比べ、となりのルミネはふわふわと飛んでるし、俺も元素霊を使おうかなぁ・・・・・・いや、止めておこう。
この前使ったら学校とは正反対の方に飛んでいったからな。
状況を簡単に説明すると、俺は今、遅刻しそうだ。
今走っているのは村の中心部。学校は村の東のはずれ近くにある。

「ルーミーネー!! 何で時間を教えてくれなかったんだよ!!」
「ボクは何度も言ったよ~。聞いてないリーンが悪いんでしょ~」

確かに聞いてないのは俺のせいだけど・・・・・・。
だが、現在の状況ではただイライラさせるだけの、そののんびりとした口調は一体どこの誰に似たんだ!!
さっきののんびりした声でとうとう俺の怒りは頂点に達した。

「だー!! いい加減黙れ!! さっさと走るぞ!!」
「走るのはあんただけでしょ」

この鋭く、相手をみじん切りのように細かく切り刻む口調は、あいつか!!
止ーまーれー!! 急いで動かし続けていた足を村に唯一ある鍛冶屋の前で無理矢理止めた。足が痛い痛い。
そして、そのまま視線を前へ向ける。そこには、やはり・・・・・・

「フォノ!! お前だって急がないと遅刻するぞ!!」

俺が立っているのは村に唯一ある鍛冶屋の前。
そこには、鉱石を入れたかごを持ちながらこっちを見るフォノがいる。

「あら、言わなかった? 昨日から親方が王都の方に行くことになってて、私が店番をしているの」

人を嘲るようなこの冷たい笑い!! こんな女がこの世にいていいのか?
しかし、羨ましい。
一度でもいいから、俺もそんな風に言ってみたいよ。
「今日は自警団で村の外の警護に行くから学校へはいけないんだ」って。
まあ、俺は見習いだからそんなことはまず無い。
師匠であり、俺達の所属する自警団の団長であるヴィア先生が許さないから。

「ところで、今は八時三分前だから、急がないと遅刻するわよ」

フォノは工房の方を見て、窓から時計を確認する。
確かに、時計の針はもう少しで八時を指すところにきている。

「分かってるよ、そんなこと。んじゃな!!」

俺はまた「走る」という動作を開始する。
本当に急がないと遅刻確定だ!!
ふと後ろを振り返ってみると、フォノはもう工房の中に入っていた。
一体、何のためにあそこにいたんだ?
まあいいや。それよりも、今は遅刻を避けることが最優先すべきことだ!!

「リーン=ファーリウム。
遅刻をするということは、相手の約束の時間に遅れることであり、人として行ってはいけないことだと思うが?」
「先生、遅刻という言葉は決まったの時刻に遅れることでありますが、個人の都合というものを時には考慮するべきだと思います。
例えば、どこかの誰かから素振りをいつもより百回追加されると言う極めて非道なる扱いを受け・・・・・・」

ガツン!! いてて、頭から釘みたいに床に沈み込みそうだ。

「言い訳無用。さっさと席に着け」

ヴィア先生は俺を力いっぱい殴った後、席の方に軽くトンと俺の背中を押し出した。
あともう一言追加したかったが、結局止めた。
俺は仕方なく、一番前の列の一番右端の席に着く。
結局学校へは始業三十秒後に着き、遅刻とされた。
俺の席の左隣にいるシャレン、後ろにいるダンはいつものように笑いながら俺を指差す。

「おいおい、また遅刻か」
「遅刻か?」
「今日はれっきとした理由があるんだよ。朝早くからいつもよりも百回多く素振りをやってたんだ。
・・・・・・どこかの誰かのせいで」

ガツン!! うわっ、小声で話していたのに聞かれてたみたいだ。
真正面から、そおっと近づいてきた先生に不意打ちされた。
これは、まだ修行が足りないみたいだな。
相手の気配を感じ取るという能力が、俺にはまだ無いみたいだから。

「これで全員そろったな。じゃあ、授業を始めるぞ」

先生は黒板の方に身体を向け、板書を始めた。

カツカツカツ・・・・・・
カリカリカリ・・・・・・
教室は先生が黒板にチョークで文字を書くときに出る音、生徒がノートに鉛筆もしくは羽ペンでその文字を書き写す音しか聞こえない。
これこそまさに、理想的な教師と生徒の授業の様子と言うべきだろう。
ビリッ!!
うわっ、シャレンがノートを破った。雰囲気が台無しになっちまったじゃねえか。
まあ、授業中そんなことを考えている俺も俺だが、しかし状況というものを把握してもらい・・・・・・
ドタドタドタドタ・・・・・・
ん? 遠くの方の廊下から、誰かが走ってくる音が聞こえた。
しかも、こっちに近づいてくる。
俺は、すぐに机の左側にある扉を見たが、まだ誰も入ってこない。
徐々に近づいてくる音にクラス中の人も気づき、扉の方に視線を集める。
黒板に文字を書いていたヴィア先生も、チョークを動かすのをと止めて黒板下の溝に置く。
そして扉の方を向いたその瞬間、
バン!!
扉は勢いよく開き、そこから村人、自警団の正式なメンバーの一人が飛び込んできた。
顔がすごく真っ赤で、汗が吹き出ている。息も切れていて、近くの空気を一人で全部吸い込んでしまいそうなぐらい必死で息をする。
どうやら、かなり長い距離を全速力で走ってきたらしいな。

「団長!!」
「どうした、ラク。何かあったのか?」

先生は本を教卓の置き、その場に座り込んでしまったラクの側に駆け寄った。

「ハァ・・・・・・と、隣村が、魔物に、襲われて・・・・・・自警団の、人達が、ほとんど壊滅状態との、れ、連絡です・・・・・・」

う、ウソだろ? 隣のリティカ村の自警団と言えば、フィンラの村の自警団の連中と張り合えるほどの実力を持った連中だぞ。
俺もそいつらと何度か稽古で戦ったことがあるが、あいつらはすごく強い。
俺とフォノが二人がかりでようやく正式メンバーの一人とやりあえるくらいだ。
特に、団長は先生とほぼ互角の勝負をしたくらいの実力を持っていた。

「どれだけ強い魔物が村を襲ったのかは知らないが・・・・・・分かった、すぐに行く。
お前は、すぐに出発できるようにメンバーを集めてくれ」
「先生!! 俺も行く!!」

俺は椅子から立ち上がり、先生に叫んだ。
だが、先生は少し顔をうつむかせ、首を横に振る。

「駄目だ。お前はまだ見習いだ。あいつらが苦戦しているくらい強い魔物、お前が倒せるわけ無いからな。
俺達が援護に向かっている間、村の警護をしておけ」

ちくしょう!! これだから「見習い」は大嫌いなんだ!!
まあ、そう返事はくると思ってたけど。でも・・・・・・いや、俺はまだ弱いからな。
俺は、仕方なくゆっくり頷いた。
それを見た先生は、少し表情が和らいだ。そして、生徒の方を向く。

「状況は一応理解していると思うが、隣村が魔物に襲われた。
自警団の連中も危ないみたいだから、先生はこれから援護に向かう」
「せんせー、授業はどうなるんですか?」
「それが困ったことなんだけどなぁ・・・・・・」

先生は一瞬考えた後、もう一度顔を上げた。

「じゃあ、今日勉強するところを全部宿題にするか」
「えー!!」

クラス全員が悲鳴にも近い声をいっせいに上げた。

「何だ、そんなに嬉しかったのか?
今日勉強する予定だったのは、『現の世(うつつのよ)を除く四つの世界と属性についての関係』だったんだ。
一人レポート十枚!! 忘れたヤツは廊下にバケツを持ったまま二時間立つこと!!
いいな?」

ウソだろー!!
それだけを言い残すと、先生はラクと共に教室から走り去ってしまった。
廊下に響く音が徐々に遠くなる。そして、やがて聞こえなくなった。
残っているのは呆然と二人が出て行った後の扉を眺める生徒達、そして先程先生から伝えられた膨大な宿題だけだった。
あんな木でできた扉を全員見つめるなんて・・・・・・あの扉、そんなに魅力的なのか?
いや、失礼。

授業は隣村が魔物の急襲に遭ったということで見事に中断。今日は終わり。
ほとんどの生徒は大量に出された宿題を終わらせるべく、学校の資料を少々借りて急いで帰宅した。
だが、俺はまだ教室に残っている。いや、正しくはシャレン、ダン、フリアのせいで残されている。
しかし・・・・・・何だ? この状況は。
俺は自分の席に座らされ、右側にはシャレン、真正面にはフリア、左側にはダンが俺を見下ろしている。
まるで、尋問みたいじゃねえか!!

「なあリーン、どうするんだ?」
「ん?」
「宿題だよ、しゅ・く・だ・い!!」
「ん、普通に家で」
「家でどーやって四つの世界と属性についての関係なんて調べんのさ!!
今日はフォノがいないから『宿題賭け』ができないんだぞ!!」

フリアは机をバンッと力いっぱい手のひらで叩く。
残っている理由。それは、『宿題をどのように終わらせるか』だ。
宿題賭けと言うのは、男子代表の俺と女子代表のフォノが組み手で戦って負けた方が勝った方の宿題を全て請け負うというもの。
宿題が出された日は必ず行われている学校での恒例行事なんだけど、今日はフォノが学校を休んだためにそれが出来ない。
しっかし、そんなことを考えてたのか? お前ら。
フッフッフッフッフ・・・・・・何も知らないみたいだな。
知らないなら教えてやろう!! 現在、生徒の中で俺とフォノしか知らない驚愕の事実を!!

「実はさぁ・・・・・・今日は帰ってくるんだよ」
「帰って来るって・・・・・・誰が?」
「お前ら、忘れたのか? 白夜だよ、白夜」

三人の顔から、いきなり生気が戻ってきた。ようやく気付いたらしいな。
白夜、本名白夜=ヴェイカントは今、王都にあるフィンリヴィア学園という大きな学校に通っている。
だけど、小さい頃から体が弱いからたまに村に戻って薬を取りに来る。
それがちょうど今日から一週間というわけだ。

「リーン!! 何でそんな重要なことを教えてくれなかったんだよ!!」
「あ、先週連絡が来てたんだけど、忘れてたんだよなぁ」
「忘れるなよ!! だけど、これで助かったなっ!! あいつが戻ったんなら百人力だよ!!」

フィンリヴィアは、普通の頭のいいヤツでも入るのが難しいっていうエリート中のエリートが通っている学校らしい。
(俺は良くわかんないけど)
その学園の一番偉い人が、直々に白夜を学園に入れたいって頼み込みに来たぐらい、あいつはすごい。
そのことについては俺は断言できる!! なぜかって?
それは・・・・・・あいつはいつも宿題をスラスラと解いちまうんだからな!!

「ところで、いつ頃帰って来るんだ? 夕方までには来るよな?」
「話によると、昼には戻ってくるらしいからな。そろそろ門の方に行ってみるよ」
「おう!! 早く帰って来いよー!!」

俺はようやく三人から解放され、勉強道具を抱えて教室を出た。
そのまま廊下を走りながら、学校の入り口へと向かう。
俺は学校の入り口を出てから、止まった。

「ルミネ、白夜は今どのへんにいるんだ?」

俺が小さく呟いた後、髪を束ねている布と共に垂れている小さな黄色い石の塊、霊石がほんのりと光る。
そして、ぽわんっと光が一瞬強くなり、ルミネが出てきた。
ルミネは頭の部分らしきところを左右に振り、俺の方を向く。

「う~ん、そろそろ門の近くに来てるみた~い」

この霊石は、俺と白夜とフォノがそれぞれ持っている。そして、呼び出せるのはこの光の元素霊ルミネ。
二人、もしくは全員で同時に呼び出すと通信機みたいになるし、一人で呼び出しても他の二人が今どこにいるかというのが分かるんだ。
そして、話によるとこいつは別世界に行く術まで使えるらしい。
元々は白夜が呼び出したものだけど、白夜が俺とフォノにも召喚に使う霊石を分けてくれたんだ。
結構便利なヤツなんだよな!! 一応。

「本当か~? 信用していいんだな」
「当たり前だよ~。ボクは白夜のことについては絶対に間違えないんだからね~」

目的地である村の門は西側にある。そこだけが唯一のフィンラの村の出入り口。
俺は、そこへ向かって走り出す。
朝とは違って、急いでいないからそんなに早く走らなくてもいい。俺は軽く走る。
学校の門を抜け、学校近くにある水車小屋の側を走り抜けた。
そのまま走り続け、村の中央にある大きな川にかかる石橋を渡る。
橋を渡って左側。そこに、フォノがいる工房がある。
俺は、そこで止まった。白夜を迎えに行くんだから、やっぱりフォノも一緒の方がいいよな。
今も開いている、今朝も開いたままだった窓の方を見たが、中には誰にもいない。

「フォノー!! いるかー?」

窓の中の方に叫んでみたけど返事が聞こえない。
ま、多分フォノは工房の作業場にいて、熱い炎が燃え盛る炉の近くで汗をかきながら鉄を打ってるんだろうな。
こんなところで叫んだ声なんて聞こえないだろうし。いや、またはわざと聞き逃しているとか・・・・・・うん、それもある。
結局、俺はフォノが出てくるのを待たずにまた走り出した。
無理に仕事の邪魔をしたくないし、邪魔をしたらうるさいからな。
邪魔をしたら・・・・・・またハンマーが飛んでくるな。いや、もぐら叩きみたいに潰されるな。
うわー・・・・・・やけにリアルで嫌な想像した。今日の夢にでも出てきそうだ。
とりあえず、走って忘れよう。うん、それがいい。
そんなことを考えている間に、門から少し離れたところにあるシャレンとダンの家が見えた。
そして、目的地である門が見えた。
村の門は、魔物から村を守るためにとても頑丈に作ってある。どんなに丈夫かって?
大人五人がかりでようやく開け閉めできるくらい、すごく丈夫に作られているんだ!! 誰が作ったかは知らないけど。
噂では、先生が特殊な術をかけているとかいないとか・・・・・・。
昼間は大抵開いてあるから、白夜が戻ってくるには問題ないだろう。

「リーン~、白夜いたよ~」

少し先を走って・・・・・・いや、訂正。浮いていたルミネが俺の方を振り返る。
門の二つの扉、その側に見覚えのある淡い緑色の髪を長く伸ばした少年がいた。
間違いない。あいつだ!!
俺は走りながらバランスを崩さない程度に思いっきり手を振りながら、そいつの名前を叫んだ。

「おーい!! 白夜ー!!」

俺の声に反応して、白夜=ヴェイカントは振り返った。

「あ、リーン~」

白夜は俺の方に大きく手を振り返しながら、周りの空気が鉛みたく重い感じの非常にとろんとした声で返事をする。
ルミネのあの口調は、きっとこいつからきたんだろうな。アハハ・・・・・・。
白夜の方に近づいてみると、あいつの近くに一人青年が立っていた。
白夜の付き添いか? 王都からこの村までは約一週間ぐらいかかるらしい。
正確な距離は俺は村から一度も出たことがないから分からないけれど。
とりあえず、俺は白夜の側まで行った。

「久しぶりだねぇ~」
「ああ、半年振りだろ?」
「うん」
「白夜=ヴェイカント」

思い出話に花が咲きかけた途端、白夜の背後から氷のような冷たい声が聞こえた。
白夜ははっと気が付き、急いで振り返ってきちっと気を付けをした。
俺は、白夜の後ろから声の主の姿を見た。
背はすごく高い。先生といい勝負だな。
銀色に近いようなまっすぐな髪は一切束ねず、風に任せてなびいている。
ローブのような大きな外套を羽織ってて、目は・・・・・・俺は、一瞬視線を動かせなくなった。
髪と同じ色の目が、すごく鋭い。一瞬でも気を許すとあいつに心のうちを全部見透かされそうなぐらいだ。
そんなヤツを、白夜は真正面からしっかりと見ている。

「はい」

いつもとろんとした口調が一切消え、真面目でまっすぐな声。

「ここが、目的地でいいのだな?」
「はい、ありがとうございます。リカー先生」
「ここでの滞在期間は今日を含め一週間。来週には戻ってこれるな」
「はい、大丈夫です。ご同行ありがとうございました」

しっかりとした声でお礼を言った後、白夜は深々とリカーと呼んだ人に礼をする。
へぇ、こいつ、礼儀をフィンリヴィアできっちりと身に付けたみたいだなぁ。
まあ、俺が礼儀知らずなところが多いせいで『普通』ってモノを知らないだけだと思えるな・・・・・・。
リカーは、ローブを翻し門の外の方に歩き出した。その間、俺達の方は一切見なかった。
あいつが見えなくなるまで、俺と白夜は一切動かなかった。いや、俺の場合は動けなかった。

「リーン~? 大丈夫~」
「・・・・・・? あ、ああ・・・・・・」

白夜が俺の目の前に右手を広げて左右にヒラヒラさせてくれなかったら、きっと俺は一日中動けなかっただろうな。

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