12. 無我の境地で細密スケッチ
白水滝の周りは柱状節理の岩壁だ。[1]さらにその周りを微妙な色違いの緑が取り囲むようで美しい。左に目を移すと険しい谷筋に5月下旬というのに雪渓が残っている。
116年前の石崎光瑤は、落下する水を幾度かじっと観察した後、周囲に目を転じた。この滝見台に立つ人はだれもがまず主役に目を奪われ、そのあと周囲を眺めて景色の壮大さを感じるのである。
このとき光瑤は無我の境地に入っていたとも記している。
明治41年10月18日、夕暮れは早かった。午後4時に写生を切り上げ、宿泊先に向かった。2キロほど離れた鉱山事務所跡である。川下の近くにある温泉に浸かり、体を温めた。当初、運が良ければ新雪の白山に登ろうと考えていた光瑤だが、「労多くして功少ない」と登頂を断念し、翌日も白水滝の写生に出掛ける。
おそらくその写生の成果が、雑誌『山岳』の口絵になったものだろう。ちょうどはがきほどのサイズしかなく、しかも白黒印刷なので素通りしてしまいそうになる作品だ。が、よくみると線描がかなり細密であり、光瑤の執着心がよく伝わってくる。
瀑身を中心から外した意図は何か。これに秋色をつけたとしたらどんな作品になるのか。原作があるのであればぜひ見てみたくなった。[2]
この明治41年の秋の旅では、白水滝はもっぱら滝見台からの写生で、写真撮影という記述はない。
(つづく)
[1]『日本名勝地誌 第四編』(1894年)によれば、屏風を立てたようなこの岩壁を「俗に衣ヶ岩と称す」という。
[2]《白山裏山白水の瀑》は、光瑤と山に関心がある人は必見である。国会デジタルコレクションで見ると、緑系の単色刷りのようだが、実際はほぼニュートラルに近い白黒である。閲覧する際に画質調整で「白黒にする」を選び、「明度-4、コントラスト50、シャープネス2、ガンマ補正1.2」ぐらいで鑑賞するといい。
また、日本山岳会がWeb公開しているものは白黒のコントラストが強すぎて参考にならない。
富山県立図書館の中島文庫の『山岳』は、保存状態が極めて良好な状態で確認できる。
表紙は、光瑤の《白山裏山白水の滝》。白黒でやや濃いめに仕上げた。実際の絵の色調は不明である。