三十路の上海留学8日目

9月16日(月)留学8日目

 台风来了!
 朝起きると部屋の外は既にめちゃくちゃ雨が降っていた。

 部屋の外に頼りない木が三本ほど生えているのだが、左からの風に全力で木をしならせている。
 かわいそう。

 我が部屋の窓は、取っ手を横にすると鍵が閉まり、縦にすると窓を開けられる仕様になっていて、真ん中のガラスは嵌め込まれていて開けられず、両側2枚が窓を10センチほど開けられる仕組みになっていた(窓の外に鉄の柵があって、まどを全開に出来ない&窓からの侵入者を防止する役目を担っている)。

 ところで我が部屋の窓であるが、左側の取っ手が壊れていて、入寮当初から鍵が閉まらなかった。
 窓の外に柵があるお陰で外からの侵入を気にする必要がなかったのでほったらかしていたのだが、外の惨状を見るに、急にこの壊れた鍵をどうにかしたくなってきた。

 とはいえ、「窓の鍵壊れています」とフロントに申し出たとして、「じゃあお部屋を変えましょう」となるとめちゃくちゃ面倒くさい。
 
 結果、外からの雨なら窓は閉まることはあっても開くことはないはず、と結論付け、私は部屋着に着替えた。

 起床から約1時間後、私の住まう寮の微信に動きがあった。
 寮生の一人が「我的房间的窗户把手坏了,处于一个未上锁的状态」と投稿したのである。
 「おっ?これはもしや…!」と思いながら、念のため私はその文章を翻訳アプリにかけた。
 「取っ手が壊れてて鍵がかからん」、まさかの同じ事象の寮生を発見する。

 すぐにそれに対して寮の受付のスタッフが、「受付に補修依頼に来てください」と返していた。
 受付行くのはなんか面倒くさいな…。
 私は再びドラマを見る作業に戻った。
 昨日から「亲爱的柠檬精先生」というドラマに鬼ハマリしていた。

 10時半ごろ、外から「キィ…キィ…」と言った音が聞こえる。
 ごおごおという風の音もしていたので、このときは特に気にも留めなかった。

 そのメッセージから二時間ほどして10時50分、もう一人がまたメッセージを送った。
 「受付に誰もいませんか?修理してほしいです、窓壊れた!」
 という内容だった。向かいの棟の4階417号室の寮生であった。
 それに対して寮の受付からの返事は「了解、でもいまは511号室のエアコン直してるからちょっと待って!」であった。
 受付は修理依頼に溢れているらしく、受付の人が出払っているので、ここから先は全て微信上で寮生が修理依頼を出してくるようになった。

 続いて、私と同じ棟の4階の411号室の生徒からも修理依頼が飛んだ。
 「窓の外の板(なんというか分からない)が外れちゃってる!」という内容で、彼女は動画付きで状況を訴えた。
 そこに別の寮生が「なんの音?ずっとカキカキ言ってるね」とレスを送っている。

 音というのが気になって、私も動画を再生する。
 するとそこには、板の下の蝶番が外れ、緩んだ上の蝶番が扉が左右に揺れるたびにキィキィと音を上げている動画であった。
 そう、先ほどから数十分、部屋でずっと聞き続けていたあのキィキィいう音!

 私はその部屋のある棟の一階なので、下手したらこれ飛んでくるんじゃ…とゾッとする。この恐怖から、ここにきて初めて、「やっぱり窓の鍵直してもらおう!」と決意した。
 
 その間にも、「窓が割れた、水が入ってくる!」「窓壊れた」「エアコンの調子が悪い」などガンガン修理依頼が流れていく。
 「窓が割れた、水が入ってくる!」に対して受付が「すぐ行けないからタオルでなんとか頑張って!」「もうやってるけど無理!」「頑張って!」とやり取りしているのには笑ってしまった。

 みんな一刻を争う被害を受けているなか申し訳ないな…と思ったが、もう一人同じ事象を訴える寮生もいるのを見かけ、意を決して私も修理依頼を出す。
 
 他所が深刻なぶっ壊れ具合なので、30分くらい来ないかな?と思ったが、依頼して10分経たずに受付のスタッフと修理士がやってきてささっと直してくれた。
 たいへんありがたい。

 よしこれで出来ることはすべてやった…。
 あとは流れゆく微信のログを対岸から眺めるのみであった。

 昼食を摂り、ドラマを見ていると、突然受付のスタッフが温度感高めに発信した。
 訳すと
 「4階のトイレの窓を開け放ったのはどこの誰?!台風が起きたときの生存戦略として、窓を閉めるのは常識中の常識!あなたの身勝手な行動で他の生徒を危険に晒して責任がとれますか!命を弄ぶ行動はやめなさい!」
 と書かれていた(たぶん脚色なし。訳す過程でバイアスはかかっているかも)。

 英語の場合、読んでもあまり温度感が分からないのだが、中国語は羅列だけでも温度感伝わってくるな~、と謎の感動を抱く。

 私はこれに対して「まあ寮の責任者として正論よね」と思って見ていたが、一人の寮生が
 「まあまあ、そんなに怒らないでよ。トイレの窓が開いてるのなんて通常だったら当たり前のことじゃない?そうでしょ?僕らはこんな風に厳しく指導されるためにここにいるわけではないし、とはいえ他人の命を弄ぶためにいるわけでもないんだからさ」
 と返している生徒がいて驚いた。
 
 先日、新入の留学生が全員入っている微信チャットでも生徒同士が
A「先生、これからの四連休、どこにも出掛ける予定はないし、勉強をしたいので先にテキストをいただけませんか?」
B「もらえないと思うよ」
A「なぜ?納得は出来ないけど分かった」
B「生徒は270人以上いる上に、今は金曜日の17時半。あなた一人の要望のために、こんな時間から対応できないと思うと言ったの」
A「どうしてそんなに感情的になっているの?私はただテキストをもらえるか聞いただけなのに」
B「あなた一人のワガママを聞くためにこのチャットがあるわけではないし、あなたのワガママを叶えたら、他にも同じことを言い出す人が出てくるでしょ」
A「申し訳ないけど、あなたさっきから役に立ってないわ…。ワガママを言ったわけではなく、ただ質問しただけ。このチャットは質問のために開かれている」
C「Bを悪く言うのはやめて。彼女はあなたの力になりたくて答えただけ。感情的なのはあなたの方だと思う。Bは私の同室だけど、初日からとっても優しくしてくれた人です」
D「こんなくだらないやり取りに混ざる必要はないよ、C」
A「どうしてBやその友達にまで責められないとならないの?私はきちんと先生をメンションして、ただ質問を投げただけなのに…」
みたいな喧嘩が200人の衆目を集めていた。

 すごい。
 なんかこういうのを見ていると、日本人って喧嘩慣れしてないよな。
 対岸の火事なのでめちゃくちゃおもしろい。

 話を戻して、受付のスタッフへの寮生の反論は、その後別の寮生の「まぁ…風で開いてしまったのかもしれないし」という言葉と共に流されていった。

 以上、上海に到来した台風「贝碧嘉」とそれに伴う寮でのあれやこれやでした。
 17日分はインド人とドイツ人との昼食と、タイ人とベトナム人と日本人×3と一緒に食べた夕食について!

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