三十路の上海留学6日目

9月14日(土)留学6日目

 我が寮には、共同の洗濯機と乾燥機があり、寮生は性別問わず共有でそれを使う。 私の部屋は一階で、私の部屋のすぐ近くに一部屋、もしかしたら他の部屋にもあるかも、といったところである。
 一階にある洗濯機&乾燥機は各三台ずつで、乾燥機は一律4元、洗濯機は脱水のみ2限、小物、標準、大物がそれぞれ3元、4元、5元である。

 わが校の各寮では、グループチャットで「洗濯終わってるよ」「いま乾燥機空いてるよ」と有志なのか知らんがとにかく連絡が飛び交う。
 そのうえ、洗濯や乾燥が終わっている場合には、「この台のやつが終わったよ」と分かるように洗濯槽のなかが見えるように写真を撮られたうえで300余の人に共有されるうえに、最悪の場合中身を出されてバスケットに収納されるのである。

 普通になんかいやだ。

 それを避けるべく、私はパジャマのまま、決済用のスマホだけをぶら下げて洗濯部屋へ向かった。洗濯乾燥合わせて2時間くらいかかるので、朝御飯を食べたり、鏡を磨いたりだのをする。

 淘宝を確認したが、到着は明日になりそうだった。

 なんだかんだで正午、乾燥機で乾ききらなかった洗濯物をハンガーにかけて部屋干しし、前日分のnoteを書いたりしてから部屋を出る。
 今日は銀行へ行きたかったのと、ちょっとした机を拭く布巾、皿を洗うスポンジを買いたかった。
 西門を出て右へ、前回よりは慣れたそぶりで歩く。相変わらずクラクションは煩いが、それも聞き流せるようになってきた。

 銀行の用事を済ませ、私は学外のスーパーに入った。
 ここは前回入店しておおよその価格帯は掴んでいたのだが(学内のスーパーより安い)、レジの強面おじさんも青果担当の気の強そうなおばさんも一様にスマホをいじっており、QR決済にまだ自信のなかった私には敷居が高くてなにも買わずに出たところであった。

 まずは布巾を物色する。とにかく安いもので良かったので、値段だけで3枚1セットのものを買う。スポンジは見当たらず、諦める。ついでに上海は15日・16日に台風が来そうなので、カップラーメンも手に取った。いざとなったらの非常食である。

 レジは以前いた強面おじさんで、今日はなにかを読んでいた。
 「你好」と軽めにジャブを打つ。「你好」と意外にも優しい返事が返ってきた。

 「用支付宝付款(支付宝で払います)」
 「可以可以(いいよ)」

 ここはQR読み取るのか、読み取らせるのか、かざすのか…。そうするとおじさんがバーコードリーダーを軽く振ったので、バーコード画面を見せた。

 「日本?」
 「是的,日本」

 そう答えるとおじさんは「どのくらいこっちにいるの?」と聞いてきた。
 一瞬聞いた内容を処理するのに時間がかかったが、「9月9号到了上海(9月9日に来ました)」と答えると「5天(5日)」と言われる。
 またその言葉の意味を理解するのに詰まったが、「…5天!」と繰り返した。

 おじさんは「はい」と袋を渡してくれたので、「親切な人ありがとう」というと「サヨナラ」と笑ってくれた。
 え、まじで上海の人優しい…。

 勝手なイメージ、中国の人って日本人そんな好きじゃないのかなと思っていたので、日本人と答えたら冷たくされるかな?とまで思っていたのに、結構みんな日本語話してくれるやん…。 
 絶対また来よう。
 ステップを踏みそうな勢いで帰寮。

 買った布巾は、なんとなく洗ってから使いたかったので、日本から持参したバケツに洗剤を入れてもみ洗いしたらすこし水が灰色になった。
 嘘じゃん、新品よ?これ。

 上海の人たちのことは好きだが、上海の住環境や製品に関してはまた今一つ信用ならぬ。

 この日は、16時から大学の中秋节のお祭りに参加する予定だったので、昼を適当に済ませて少しだけ単語の勉強をする。

 デスクにライトがないので机が暗いのが気になったが、まあ4ヶ月だしな…と我慢する。

 16時、先生から示された場所へ行くと、様々な部屋で催しが始まっているのか人でごった返していた。

 建物の名称までは指示があったものの、どの部屋に入れば良いのか分からない。

 ふと回りを見回すと、新入生ガイダンスでよく見た、双子のようなロシア人(たぶん)2人も困り顔で立ち尽くしている。

 「会場についたのですが、どこへ行けば?」

 私は意を決して200人ばかりが入っているチャット上に質問を投げた。 
 するとしばらくして、私がメンションを飛ばした相手とは違う先生から「このイベント、留学生は参加できないんじゃなかった?」と私がメンションした先生宛にメッセージが飛び、「留学生は登録要らずで遊べるの」と私がメンションした先生がその先生へそう返した。

 そしてそのあと、「その建物一帯がイベントだから、自由に楽しんで😉」と返ってくる。

 よし、帰ろう。
 私は手元のスマホで「谢谢」と送りながら踵を返した。
 お祭り自体は本課生中心にわいわいと楽しんでいる。そんな中にそんなテンションの我々がなじめようはずがない。

 しかし。

 せっかくここまで来たのに手ぶら帰宅かあ…。
 なんかもったいないな、と私は建物と私の寮がある方の道を繋ぐ橋の真ん中で、もう一度イベントに戻ったのである。

 しばらくスマホ片手にイベントを端から観賞していると、青いポロシャツの生徒が運営側として動いていることが分かった。
  
 ある部屋では、台紙から紙(もしくは薄いプラスチック板)を切り離して組み立てると提灯が出来上がるワークショップをやっている。
 客寄せのためか、部屋の外にも大きな机がひとつとその机を取り囲むように椅子が6脚ばかり置いてあって、私はひとまずこれに参加することにした。

 「你好,请问。我可以参加这个活动吗?(すみません、私もこれに参加できますか)」
 「可以!里面和外面都可以(出来ますよ。部屋の中でも外でもどうぞ)」

 後半の意味がわからず、私は聞いたことあるな…と「りーみえんわいみえん…」を呟いた。ワークショップ中、「里面外面!」ようやく意味を理解した。
 さて、私が着席すると、部屋の中から声をかけた女子生徒が色々なデザインの提灯の型紙を持ってくる。が、彼女はそれをど真ん中にボン!と置くと、そのまま部屋の中へ入っていった。

 おお、勝手に取っていいのかな?
 大半は素材が紙だが、ひとつだけ、紙ではなく薄いプラスチックのような素材のものが混ざっていた。私はそれにした。

 袋の中には、蝶がパーツごとに描かれたプラスチックのような素材の板×3と、赤い紐(たぶん首や手首から提灯を下げるのに使う)、木の棒(背面にぶっ刺して持ち運ぶ)、ライト、金の金具×4。
 カップラーメン作り方書いてない事件の時も思ったが、中国のこういうやつまじで説明少ない。

 作り方の説明書はないし、パーツには1.2.3.4の数字(呼応する番号同士をはめる)と、「ここに棒を刺す」「羽の位置」のみ。
 完成形は立体型になるが、どこを山折谷折、そんなもんは無い。ひぇえ。
 とりあえず、ひとつパーツを型紙から外してみる。
 誰かに作り方を教えてもらいたいが、中国語で言われても分からん。

 とここで、プラスチックのような素材にもQRコードが書かれていることに気づく。
 ま、まさか?!
 どきどきしながらQRコードを読み込むと、商品紹介ページのようなところに飛ばされる。

 宣伝か…と思ったが、下にスクロールすると動画が出てきて、そこに自分の持っている型紙に似たデザインの動画を見つける。
 あった、作り方!
 しかしこの動画、一切の言葉も、どのパーツとどのパーツをどう繋げるのかも、表裏どちらの向きで配置するのかも一切無い。

 なんなら字幕には「作り方早送り」と書いてあって、モノ作り系YouTuberのショート動画みたいなものだった。
 私はスマホとにらめっこしながら、15分くらい格闘してようやく半分を作り上げた。

 そのとき、この建物の事務員のようなスキンヘッドのおじさんがこちらにやってきて何か言っている。
 全然分からない。
 困ったときの切り札、「我是留学生(留学生です)」というとスキンヘッドは「あぁ!」みたいな顔をした。
 スキンヘッドは、私の腕を指差して「很好看(きれいだね)」という。

 この留学にあたって私が持参したアクセサリーは、NEWSの増田貴久が愛用しているトライアングル形のイヤーカフと、成田山新勝寺近くのパワーストーン屋で買った不動明王を模した、琥珀のような茶色い玉が連なる数珠のようなブレスレットの2つである。
 ブレスレットにかんしては、玉のひとつが木で「不動明王」と彫られた結構いかついやつで、完全に加護を目的に持ってきたものだ。

 「どこで買ったの?」と聞かれ、「日本的…(日本の…)」寺社?神社?ってなんていうんだっけ。   
 「神→社↘」と適当なピンインで発音すると、「啊?(え?)」といわれる。

 だよな、たぶんピンイン違うよな…。
 「等一下(ちょっと待って)」
 私がスマホに「神社」というと、「あぁ、神↗社↘」と教えてくれた。

 ついでスキンヘッドは「いくらだった?」と聞いてくる。
 先日複数の中国人とチャットをしていたら大体の人から「へぇ、そうなんだ。いくらだった?」と値段を聞かれたので、中国で値段を聞くのは割と普通の文化なのだろうか。
 いちいち買ったものの値段を覚えてないので「3,000…日元」と言うと、中国元だといくらだと聞かれる。

 パッと計算出来なくて、適当に「150元」という。
 スキンヘッドはふんふんとうなずいた。
 「✕✕✕✕✕✕✕?」
 「は?…听不懂」

 全く聞き取れない。「听不懂」を繰り返しまくると、スキンヘッドは「✕✕✕✕、✕✕money?」と言ってくる。
 すまない、英語も聞き取れないんだ……!
 なんかmoneyとか言うてる。「give me money?金くれ」ってこと?あ、そういうジョークか?

 笑いながら「No」と言うと、スキンヘッドは困った顔をした。
 「ちょっと英語が出来るやつ連れてくるから」
 と中国語でスキンヘッドが言う。なぜかこれは聞き取れた。

 いや、連れてこられましても…?!
 中国語と英語ならまだ中国語の方が分かるのに!

  連れてこられたのは青いポロシャツの青年で、「俺英語出来ないけど…」と中国語でいいながら私の前に着席した。
 奇遇ですね、私もです。

 スキンヘッドがポロシャツに中国語で言いたいことを伝えると、
 「あなたの、ブレスレット、とても良い。彼も、同じものが欲しいから、お金を払うから、買ってきてくれないか」
 と単語単語で区切りながら話してくれた。

 あ、それでマネーね!
 「あー…可以。但是我在日本买了这个…(いいよ。でもこれ日本で買ったから…)」
 私が中国語で返すと、スキンヘッドはそれを聞いてまたポロシャツの青年に何か言った。

 ポロシャツの青年はまた英語で「あなたの留学は、いつまでですか?」とゆっくりと言う。
 「四个月。所以明年一月我会回去日本(4ヶ月。来年1月には日本に帰ります)」
 すると青年はまたスキンヘッドの言葉を英語に翻訳して
 「帰国したら買って欲しいです」
 と言われる。

 そんなに欲しいか?これ。

 「可以。但是,怎么办(いいよ、でもどうしたらいい?)」
 と言う。
 2人とも「は?」みたいな顔をする。伝わらない。

 「回去日本的以后,我没有签证。所以寄的话,可以(日本に帰ったらビザがない。だから郵送でいいならいいですよ)」
 頑張って話す。
 「は?」という顔をされる。心くじける。

 またスマホを取り出して上記を打ち込むと、彼らは「ああなるほどね!」みたいな顔をする。
 求・正しい中国語の発音。
 「可以可以!(それでいいよ)」

 そう言ってスキンヘッドはどこかへ行こうとする。
 いやいや、終わってない終わってない。
 「どこに置くったらいいの?あなたの名前は?」

 そういうと相変わらず発音が悪すぎて伝わらないので、またスマホに打ち込む。
 なんでこっちが必死になってんだ。

 スキンヘッドは「大学に送って」と言って大学の住所を伝えると、またどっかへ行こうとするので、私はポロシャツに「私、彼の名前知らないんですけど?!?!」と訴える。
 いやなんでこっちが必死になってんねん(2回目)

 その後スキンヘッドが自分の名前を言うが、申し訳ない、私は聞いた単語を正確にピンインで打ち込むことができないのだ。
 「あー違う違う…ちが…あー」

 見かねたポロシャツが代わりにスマホに入力してくれた。
 途中たぶん、「ビンの字それじゃない、✕✕のビン。だから違うって(笑)!そうそれだよ」とスキンヘッドとポロシャツがやり取りしているのはなんとなく聞き取れた。

 「送ってくれたらお金どうやって払ったらいい?」とスキンヘッドに聞かれ、「用微信…(wechatで…)」と答えると「OK!」と言われる。
 連絡先交換してないから送金できませんがな…。と思ったけどもはやつっこまなかった。
 あとあと考えたら帰国後にwechatで中国元送金されてもどうしようもないことに気がついた。要らない。

 もしかしたらスキンヘッドは留学生の私に気を遣って話を膨らませてくれただけで、別に本当に欲しいとは思っていないのかも知れないな…。
 勝手にそう思うことにした。
 それから再び作業を開始する。

 このイベントは学内の一般人も参加可能なので、気がついたら近くの席にマダムが座っている。
 ばち、とマダムと目が合うと、彼女はなにかを言ってきた。聞き取れない。「留学生です、聞き取れなかったです」と言うと、マダムは私の未完成の提灯を見て「……很好看(綺麗ね)」とだけ言った。
 困らせて申し訳ない。

 しばらくして、マダムから熱い視線を感じる。
 「これどうやってつけるのかしら」
 提灯にいれるライトをどうやって取り付けたらいいのか分からないらしかった。

 私はマダムに「不知道…(分からん)」と答えたあと、教室に一番近い席に座っていたので、さっきの気まずさの贖罪に、手を上げて「你好,请问(すみません、ちょっと聞きたいんですけど)」とポロシャツに向かって手を上げたあと、マダムを指差した。

 まさかの後から来たマダムの方が先に完成させて席を立ったあと、私は黙々と作業して、最後は適当に木の棒も刺して一息つくと、他の大学生をさばいていたスキンヘッドがまた戻ってきた。
 「留学生!✕✕✕✕!flower !」
 生け花教室をさしている。

 はい分かりました、やります。
 生け花は先生がいて講義形式でやるらしい。

 三人一組のテーブルで、隣には中国人の学生2人組が座り、先生の指示などガン無視で着席早々花をぶっ刺し始めた。
 講義の方は、講師の気の強そうなマダムが配布物の確認から始めた。
 ぎりぎりなんとかついていく。

 講義が始まる。
 わー当たり前だけどオール中国語や!なに言ってんだろ。

 唯一聞き取れたのは「叶子(葉っぱ)」と「三分之二(2/3)」のみ。「百分之✕✕(✕✕%)」は知っていたけど、「分之」を使うと「✕分の✕」を表せるのか、ということを学んだ。

 さて、オールフィーリング生け花の方はと言えば。
 まあそれっぽい形になったので満足して写真を撮る。
 生け花は桶?ごと持ち帰っていいと言う。

 教室を出ると、はたまたスキンヘッドがいて「✕✕✕✕」と私の生け花の感想を言った。
 聞き取れない。
 「很好看吗?(上手いですか?)」
 「ジエン✕✕✕✕」

 同意を得られなかったのでおそらくダメ出しであろうと推察される。
 帰り道、彼の言った「ジエン✕✕」の単語がなんだったか調べようとして、音もピンインも忘れてしまったことを反省した。

 さて、生け花に提灯と手元が一杯になったので、まだまだ堪能していないイベントはあったが一度帰宅することにする。
 このイベントに参加する前に立ちよった全家(ファミマ)が、お弁当ひとつ8.8元(195円くらい)で売っていたので、一度寮にものを置いてもう一度出掛けた。

 お弁当195円は価格バグってる。
 ファミマからも帰寮して、どうしようもなく食器洗い洗剤とスタンドライトが欲しくてたまらなくなった。
 割と机が暗いの耐えられない。
 また出掛けんのか…と思いながら、現在上海に近づく台風の存在を思いだし、明日明後日とてつもなく欲しくなっても、台風来てて買いに行かれんかもしれんよな…ともう一度部屋を出た。

 「桌灯(テーブルライト)」が発音が悪すぎて店主に伝わらず、検索画面を見せて店主にも発音を教えてもらう。
 「sh」だとか「zh」だとかは相変わらず発音できないのだった。

 さて、そんなこんなでいろんな人に発音を教わった6日目である。
 7日目8日目は台風で外出しないと思うので、もっと簡素な日記になりそう。

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