小説『すずシネマパラダイス』最終話
【はじめに】
能登半島の先っぽの町「珠洲(すず)」を舞台にした町おこしコメディー小説『すずシネマパラダイス』第一話~十ニ話を読んでくださった皆さま、ありがとうございます。
2019年1月1日より投稿を始めた「すずパラ」も、今回で最終話となります。
本作のWEB公開に至るまでの経緯はこちらの投稿にも書きましたが、元々は映画脚本として執筆したものを小説にリライトし、どういった形で公開するか決められないまま、昨年末までPC内で原稿を眠らせていました。
暮れも押し詰まった頃、突然「noteで公開すればいいのでは?」と思い立ち、元日から公開し始めたわけですが、その直後から「面白い」「続きが気になる」「懐かしい感じがして好き」「最新話まで一気読みした」とうれしい感想をたくさんいただき、この投稿をする直前の時点で、PV数合計は12,756となりました!
前話(第十二話)投稿時にはツイッターで、こんなコメントもいただきました。
皆さん、本当にありがとうございます!
最終話もお楽しみいただけたらうれしいです。
☆前話までのあらすじだけをお知りになりたい方はこちらをどうぞ。
第十ニ話までのあらすじ:
映画監督になる夢をあきらめ、故郷の珠洲(すず)に帰ってきた浜野一雄は、珠洲に暮らす老人・藪下栄一と共に町おこし映画の制作を始める。
一雄は、かつて珠洲の映画館の映写技師だった栄一をモデルに脚本を書き、珠洲の人々と撮影準備を進めた。
栄一の憧れの人である大スター・吉原小織の出演が奇跡的に決まり、映画はクランクイン。
いくつものトラブルを乗り越え、ようやく撮影は終了した。
☆以下、最終話です。
【最終話】
翌年三月、飯田商店街の映画館「モナミ館」が三十三年ぶりに復活した。
モナミ館は閉館後、何人かの手に渡り、今は理恵子の夫、谷内宏和の持ち物となっている。
買い取った当初、宏和はモナミ館をすぐに取り壊すつもりだった。自宅と敷地が繋がっているので、両方とも壊した上で、広い土地に新居を立てようと考えていたのだ。
しかし、今の家にも、懐かしいモナミ館にも思い入れがあり、ふんぎりがつかないまま時が流れていた。
そんなモナミ館を一日だけ復活させてほしいと、宏和は一雄から頼み込まれた。映画「珠洲(すず)パラ」の完成を記念して、モナミ館で上映会を開きたいというのだ。
監督としての一雄の奮闘ぶりを見ていた宏和はこれを受け入れ、町の人々にも話をしたところ、館内のごみの撤去や掃除を手伝ってくれた。さらに宏和は、工務店に依頼して簡単な改装工事も行った。
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『珠洲シネマパラダイス』の完成披露試写会当日、モナミ館には多くの人が詰めかけ、映画黄金期を思い起こさせるような大盛況となった。
一階の客席は撤去されていたので、パイプ椅子をぎっしりと並べ、二階の桟敷席も開放した。それでも満席になり、立ち見客も大勢いる。
熱気でいっぱいの劇場内に上映開始を知らせるブザーが鳴り響くと、盛大な拍手が起こった。
ブザーが止み、長年閉ざされていたスクリーンのカーテンが開くと、野村演じる永吉のニヒルな笑顔と共に、タイトルが映し出された。
物語の序盤は、主人公の永吉と、呉服屋で働くマリとの淡い恋模様が中心だ。
オーディションで選ばれた主役とヒロインは別として、出演者たちは緊張のあまり動きがギクシャクしたり、セリフをとちったりしてばかりで、その姿がスクリーンに映る度に、客席から笑いが起きた。
物語中盤、永吉はマリと見付海岸でデートをしている。軍艦島を見ながら、永吉は自分が潜入捜査官だと打ち明けた。
「ええっ!? 永吉さん、あなた警察官だったの?」
「ああ。騙して悪かったな。だが、あんたにだけは本当のことを知っといてほしかったんだ……」
シリアスな顔で言った直後、永吉は、唐突に話題を変えた。
「ところで、明日は飯田燈籠山祭りだな。俺と一緒に行かねえか?」
海岸のシーンはそこで終わり、燈籠山祭りの映像に切り替わった。展開が無理やりな上に、海岸のシーンは冬だったのに、燈籠山祭りは夏祭りなので、観客たちはドッと笑った。
燈籠山祭りの映像は数秒で終わり、次は永吉とマリが須須神社の境内でデートするシーンに変わる。
「この前の燈籠山祭りは迫力があったなぁ」
「ええ、そうね」
「ところで、来週の宝立七夕キリコ祭りも一緒に観に行かねえか?」
そしてまたシーンが変わり、宝立キリコ祭りの映像が流れ始める。
一雄が、撮りためた祭りの映像をすべて使おうとしたため、強引な展開が続き、観客たちは、デートシーンと祭りの映像が繰り返される度に大笑いした。
終盤の飯田商店街での銃撃戦シーンになると、客席はさらに盛り上がった。
この場面の永吉は、田代組、大沢組の両方から銃で狙われている。マリと一緒に電柱の陰で銃弾をよけながら、永吉は必死で応戦していた。
脚本を書いていたとき、一雄は、息を呑む緊迫のシーンになると想定していたのだが、そうはいかなかった。
映し出された映像の中には、ヤクザだというのに銃から火花が出るのを見て怯えている者や、動きの段取りがわからなくなって右往左往する者がいて、観客席は爆笑の連続だ。
銃撃戦が続く中、一際大きな銃声が響いた。永吉とヤクザたちがそちらに目を向けると、広岡が演じる呉服屋の店主が、ライフルを抱えて立っている。鬼の形相の店主を見て、マリは震える声で言った。
「しゃ、社長さん……まさか……」
永吉は、ニヤリと余裕の笑みを浮かべている。
「へえ、お前さんが大沢組の黒幕だったってわけか」
温和な呉服店主というのは、この男の仮の姿だった。田代組も正体を掴めずにいた「大沢組長のバックにいる男」こそが、彼の真の姿だったのだ。
永吉は突然、電柱の陰から飛び出すと、呉服店主の方に向かって歩き出した。先ほどまでは永吉に向けて発砲しまくっていたヤクザたちは、永吉の迫力に押され、誰も手出しをしない。
「あんたの狙いは俺なんだろ? だったら、一対一で勝負しな」
そう言うと永吉は、呉服店主に向かって拳銃を放り投げた。相手がそれを受け取ったのを確かめると、永吉は懐からもう一丁、銃を取り出す。
「さあ、どうする?」
「……いいだろう」
そう答えると呉服店主は、ライフルを足もとに置いた。そして、永吉から受け取った銃をポケットに入れると、こう告げた。
「あんたもそいつをポケットに入れて、向こうにむかって好きなだけ歩きな。あんたが振り返ったら……勝負だ」
「OK」
それを聞いてマリが悲鳴のような声を上げる。
「永吉さん、止めて!」
永吉は、マリにニヒルな笑みを向けた。
「心配すんなって」
呉服店主に背を向けると、永吉はゆっくりと歩き出す。
マリもヤクザたちも、そして観客たちも、息を詰めて勝負の行方を見守った。
やがて永吉の足がぴたりと止まり、振り返った瞬間、二つの銃声が鳴り響いた。
「ううっ!」
声をあげたのは、呉服店主だ。一瞬早く放たれた永吉の銃弾が、呉服店主が手にした銃を弾き飛ばしたのだ。
勝負あった、と永吉は安堵の表情を見せた。永吉の願いは、マリとこの町の人々を守りたいということだけで、なにも呉服店主を殺したいわけではない。
だが呉服店主は、尚も食い下がってきた。足もとのライフルを拾い、永吉に銃口を向けてきたのだ。
「永吉さんっ!」
マリの叫び声とライフルの銃声、そして永吉が弾丸を放つ音が同時に響いた。
「うぐ……」
呉服店主は胸に銃弾を受けて、崩れ落ちた。
永吉の方はとっさに身をかわしており、無傷だ。
そこにパトカーのサイレンが聞こえてきた。一雄は、怯えているマリに歩み寄る。
「……これで、お別れだ」
「えっ……」
「こんだけの騒ぎ起こしたんだぜ? 大人しくお縄をちょうだいするしかねえよ」
「そんな! 永吉さんは、潜入捜査官なんでしょう?」
永吉は、またニヒルに笑った。
「とっくに辞表出したさ。デカの立場のまんんまじゃ、できねえことが多過ぎる。それじゃあ、あんたを守りきれねえからな……」
パトカーは永吉のそばに停まり、中から警官たちが降りてくる。
永吉は両手を差し出し、自ら手錠を受けた。警官たちは永吉をパトカーに乗せて走り去った。
遠ざかっていくパトカーに向かってマリが叫ぶ。
「永吉さん! あたし待ってる! ずっとずっと、いつまでも待ってるから!」
それから長い長い時が流れた。
夕暮れの仁江海岸に、海を見つめる女の姿がある。
マリだ。演じるは、吉原小織。夕日を見つめる瞳が、美しくきらめいている。
背後から足音が聞こえて、マリは振り返った。
そこには、ウエスタンルックにテンガロンハットの男がいた。帽子を目深にかぶっていて顔が見えないが、マリにはそれが誰だかはっきりとわかった。
「……永吉さん」
男は、昔と同じように人差し指で帽子のつばを上げ、ニヒルに笑って見せた。
長い刑期を終え、やっとマリのもとに帰ってきた永吉。演じているのは、一雄の父、耕平だ。
「待たせたな……」
代役の件はなんとかできると思う、と一雄に言ったときから、耕平の頭には「自分がやる」という考えがあった。演技などしたこともないが、自分が呼んだ、まん福師匠が怪我をした以上、責任があると思った。そして、その責任を果たすには、自ら代役を務めるしかない、というのが耕平の出した答えだった。
ただ、耕平はラストシーンの永吉を演じるにしては若すぎる。そこで理恵子に頼んで、老けメイクをしてもらった。おかげでスクリーンの中の耕平は、ちゃんと「年老いた永吉」に見えている。
耕平は、自分の雄姿を客席で妻と並んで観ていた。
「お父さん、カッコいい!」
晴香は耳元でささやいて耕平に腕をからめ、耕平は、まんざらでもない顔で晴香にうなずいた。
無事に永吉とマリが再会できたところで、スクリーンには大きな「完」の文字が現れ、エンドロールが流れ始めた。
一雄は、それを映写室の小窓から見つめていた。
「じいちゃん、ありがとな……」
そうつぶやいたが、映写室に栄一の姿はない。
一雄は、栄一の遺影を抱えている。写真の中の栄一に、一雄は語りかけていたのだ。
クランクアップから二か月後に、栄一は永眠した。ゴローの散歩中に倒れて救急車で運ばれ、そのまま入院となったとき、一雄はやっと栄一の嘘に気づいた。
騙されたとわかっても、腹は立たなかった。それよりも、「余命宣告されたのは自分じゃなく、ゴローだ」などという嘘を、よくとっさに思いついたものだと感心し、そのやせ我慢を栄一らしいと思った。
だから最期の日まで栄一の前では騙されたふりを続けた。ゴローを自分の家で預かって、
「さっさと退院せんかったら、ゴローがかわいそうやろ」
と、栄一に発破をかけ続けた。
映写室の小窓から見下ろすと、スクリーンの右半分に、キャスト、スタッフのクレジットが流れている。協力してくれた人全員の名前を乗せると、商業映画の大作にも負けないぐらい長いエンドロールになった。
その間、画面の左半分には、珠洲の人々の笑顔が次々に映し出されている。劇中では表情が硬かった人たちも、ここでは自然に笑っていた。
これには、ちょっとした仕掛けがあった。一雄は、エキストラのおばちゃんたちが、カットがかかった後の方がいい笑顔をしているのを見て、カメラマンの田中にこっそり頼みごとをしたのだ。
「田中さん、俺がカットかけた後も、内緒でちょっとだけカメラ回しといて」
こうして一雄は、みんなの笑顔を撮りためていった。
クレジットの最後に「監督 浜野一雄」の文字が流れてきた。そして画面いっぱいに、栄一の笑顔が写し出された。小織ちゃんの前で見せた、じいちゃんの最高の笑顔だ。
栄一の顔が映ると、観客席からワッと歓声があがった。大きな拍手が、映写室まで届いてくる。
そして、誰かがピィーッと指笛を吹いた。次々と後に続く者がいて、場内を甲高い音が飛び交い、「監督、ようやった!」「たいしたもんや!」という声も聞こえてくる。
――そうだ。初めてここに来たとき、じいちゃんが教えてくれた。
昔は映画が終わると、指笛や掛け声で大さわぎだったと。
「もちろん、いい映画のときだけやぞ」
栄一のその声が、一雄の耳の奥に響いていた。
〈了〉
皆さま、最終話までお読みいただき、本当にありがとうございます。
連載はこの投稿で最後となりますが、「すずパラ映画化への道」はまだ始まったばかりです!
今後の映画化を目指しての活動についても、noteでお知らせしていきますので、引き続き応援よろしくお願い致します。
※今回のトップ画像は、能登の冬の風物詩「波の花」です。
※この物語はフィクションです。「珠洲市」は実在する市ですが、作品内に登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。