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ご質問にお答えします!『葛藤を描くコツは?』

脚本家志望の方から、こちらのご質問をいただきました。

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ご質問、ありがとうございます!
「葛藤が弱いと指摘され、自分でもそう感じるのだが、改善方法が分からない」ということですね。
こういう場合はまず、「葛藤が弱いとは、どういうことなのか?」をもう少し掘り下げてみると良いと思います。
「葛藤」に関する理解が深まり、頭の中の解像度が上がれば、対処方法もわかりやすくなるはずです。


【「葛藤が弱い」とはどんな状態なのか?】

例えばある人物がセレクトショップに買い物に出かけたとします。
店内を一通り見たところ、「ほしい!」と思う服が2着ありました。
いずれも値段は1万円弱。
ところが今日の予算は1万円まで。両方買うことはできません。
一体、どっちを選んだらいいんだろう?

これも、葛藤の一種ではあります。
ですが、1時間のドラマや、2時間の映画の背骨になるほどの葛藤ではありませんね。
これが「葛藤が弱い」の極端な例です。

なぜこれが「弱い」のかといえば、どちらを選んだところで、当人に大した痛手はないからです。
後になって「あっちを買っとけば良かったかな~」と思うこともあるかもしれませんが、どの道、欲しいと思った服が1着は手に入るわけですし、「何とかあと1万円工面する」「買わなかった方の服が次の給料日以降にまだ店にあったら、そのときに買う」等、両方を手に入れる方法も割合すぐに思い浮かびます。

言い換えれば「強い葛藤」というのは、「選択肢のどちらを選んだ場合にも、大きな代償が伴う状態」を指すということになるでしょう。

ハーバード大のマイケル・サンデル教授が紹介したことで知られる「トロッコ問題」をご存知でしょうか?

以下、リンク先から引用します。

「暴走する路面電車の前方に5人の作業員がいる。このままいくと電車は5人をひき殺してしまう。一方、電車の進路を変えて退避線に入れば、その先にいる1人の人間をひき殺すだけで済む。どうすべきか?」

これは、運転士が非常に強い葛藤に苦しむ状況ですね。
「進路を変える」という選択をした場合、「犠牲者の人数を減らした」という観点で考えればプラスと言えるかもしれません。
ですが、運転士は今後の人生において「自分が手を下さなければ犠牲にならかったはずの人の命を奪った」という事実に苦しみ続けることでしょう。

「進路を変えない」という選択をした場合、「自分の選択によって、一人の人を死に至らしめる」という恐ろしい出来事は回避できますが、「犠牲者数を減らす手段があったのに、それを行わなかった。本当にそれでよかったのだろうか?」と悩み続けるのではないでしょうか。

どちらの選択肢にもプラスの側面があるが、代償も大きい。
二つの選択肢を乗せた運転士の”心の天秤”は、グラグラと、激しく揺れ動くはずです。
これに比べて、質問者さんがお書きになったシナリオで描かれている葛藤は「心の天秤の揺れが小さい」ということなのだと思います。


【「強い葛藤」を描くコツ】

では、どのように発想すれば自分の脚本の主人公に「強い葛藤」を与えることができるのか?
いろんな考え方があるはずですが、今回は私がよく実践しているコツをご紹介したいと思います。

私がよく使うのは、登場人物に「世間の大半の人が賛同するであろう常識的な選択肢」と、「非常識で、誰も賛同してくれないだろうが、自分にとって大切な物を守ったり手に入れたりする選択肢」を与えるという方法です。
具体的にご説明して行きましょう。

質問者さんは名作映画『ローマの休日』をご覧になっているでしょうか?
念のため、ざっとあらすじをご説明します。

さえない新聞記者のジョーは、ローマの街でひょんなことからヨーロッパ最古の王室のアン王女と出会う。
アン王女は窮屈な生活に辟易しており、滞在中のローマの大使館をこっそり抜け出してきたのだが、ジョーは彼女の正体に気づかない。
アン王女は医師に処方された鎮静剤が効きすぎて朦朧としており、ジョーは仕方なく彼女をアパートに連れて帰り泊まらせる。
翌日出社したジョーは、自分のアパートで寝ている女性が「急病で療養中」と報じられている(が、実は行方不明になっている)アン王女だと気づき、「王女に関する特ダネを取ったら特別ボーナスを出してくれ」と支局長に約束を取り付ける。
そして同僚のカメラマンに頼み、ローマの街で自由を謳歌するアン王女の姿を撮影させる。

ここで、想定外のことが起きます。
共に過ごすうちに、ジョーとアン王女の間に恋が芽生えてしまうのです。
その後、王女は大使館に戻ります。
果たしてジョーは、目論見通りスクープ記事を新聞に掲載するのか?

ジョーの選択肢は二つです。
「常識的な選択肢」は、「スクープ記事を掲載する」
破格のボーナスが約束されていますし、さえない記者から一気にスター記者になる千載一遇のチャンスです。これを逃す手はありません。
代償は、「王女との美しい思い出を、金と出世に変えた」という事実と生涯向き合わなくてはならないこと。
ですが、相手は王女様です。
どう転んだって一介の新聞記者と結ばれるはずはないのですから、仮に周囲に相談すれば、ほとんどの人は、
「美しい思い出じゃメシは喰えないだろ?」「大人になれよ」
と、ジョーにスクープ記事を書かせようとすることでしょう。

これに対する「非常識な選択肢」は、「スクープ記事をなかったことにする」。
こちらを選べば、ジョーは生涯、アン王女とのつかの間の恋を自分の心の中に大切に抱き続けることができます。
代償は、出世の大チャンスをみすみす逃すこと。
それでもジョーは、こちらの道を選ぶわけです。

「常識的な選択肢と、非常識な選択肢を与える」というのは、例えるならば、「高価なダイヤモンドと、自分にとってかけがえのない思い出のある石ころのどちらを選びますか?」と登場人物に迫るようなものです。
世間一般の常識で考えれば、ダイヤモンドを選んだ方がいいに決まっています。
それでもあえて、石ころを選ぶ。
そういう人物こそが主人公なのだと、私は脚本の師匠である芦沢俊郎先生から教わりました。
そのあたりのことがこちらの投稿にも書いてありますので、よかったら読んでみてください。

これからもお互いがんばりましょう!

ご質問のある方はこちらからどうぞ。
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中川千英子(脚本家)
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