小説『すずシネマパラダイス』第二話
【はじめに】
昨日(2019年1月1日)から、小説『すずシネマパラダイス』の連載を始めました。
第一話の投稿後、さっそくコメントやシェアをしてくださる方々がいらして、本当にうれしく思っています!
ありがとうございます!
『すずシネマパラダイス』は、石川県能登半島の先っぽの町「珠洲(すず)」を舞台にした町おこしコメディーです。
「ふだん小説は読まないんだけど……」という方にも気軽に楽しんでいただけると思います。
☆まずは第一話をお読みになる方はこちら
☆第一話のあらすじだけをお知りになりたい方はこちらをどうぞ。
第一話あらすじ:
「映画監督になる!」と東京の映画専門学校に進学した一雄。
だが夢の糸口さえ掴むことができず、卒業と同時に帰郷した。
一雄の故郷は能登半島の先っぽの町「珠洲(すず)」。
そこで民宿を営む老人・藪下栄一から一雄に、「商工会からの依頼で珠洲のご当地映画をつくるので、監督を務めるように」という依頼が舞い込む。
毎週火曜、金曜の週二回、最新話を投稿していきます。
お楽しみいただけたら嬉しいです。
☆以下、第二話です。
【第二話】
「いいお話やがいねぇ。カズちゃん、よかったねぇ」
母は、居間のテーブルでいんげんの筋を取りながら喜んだ。
「ほんでも、あのジジイがプロデューサーって」
寝転んだまま一雄が文句を言うと、ぴしゃりと尻を叩かれてしまった。
「ジジイなんて言ったらダメ!」
「ジジイはジジイやろ。っつうかあいつ、昔から超ウザかってんて」
「ほんなこと言わんと、がんばってみさし。大丈夫! カズちゃんなら出来るわいね!」
母はそう言うと、本棚から映画雑誌を取り出した。こんな物を読むのかと一雄が意外に思っていると、母は付箋を貼ったページを広げて見せてきた。見出しには『現代の巨匠特集』とあり、有名映画監督の経歴が紹介されている。
「ほら、この人も、こっちの人も自主映画監督出身やって! カズちゃんも、珠洲の映画で巨匠の仲間入りかもよ? ヨッ、未来の巨匠!」
「ええっ? ほんな簡単に行くかいや」
口ではそう言ったものの、一雄は思わずにやけてしまった。
「楽しみやなぁ、カズちゃんがタキシードでレッドカーペット歩くとこ!」
母はすっかり妄想の世界に浸り、うっとりしている。
「っつうか商工会も、なんでわざわざ民宿のジジイにプロデューサーなんてやらせるげんろ?」
「まあねえ、商工会のみなさんらもお忙しいやろし……。藪下さん、奥さん亡くされてから、民宿のお客さんほとんんど取っておいでんみたいやし、昔は映画のお仕事しといでたっていうしねえ」
「は? 映画の仕事? あのジジイが?」
「藪下さん、お父さんが亡くなって民宿継ぐまで、映写技師されとったがやって」
「映写技師って……金沢でか?」
「ううん。昔は、珠洲(すず)に映画館あったから」
「えっ!? マジか?」
「確か、昭和六十年頃までやっとったんじゃないかなあ……。今じゃ映画観ようと思ったら、金沢か、河北(かほく)辺りまで行かんなんがにねぇ」
「映画館なんて、どこにあったん?」
「飯田の商店街や。ほら、美容室の横、入ってったとこ」
「えっ、あのボロい倉庫みたいなヤツ?」
「そうそう。あそこ映画館やってんよ。懐かしいわぁ。お母さん、昔あそこでチェッカーズの映画観たなぁ」
思い出に浸り始めた母は、いんげんの筋を取りながら鼻歌を歌い始めた。
「なぁみだぁの~リクエ~スト♪ 最後ぉ~の~リクエ~スト♪」
ノリノリの母はいんげんを持ったまま右手を掲げクルクルと回している。どうやらこの曲の振り付けらしい。
それにしても、珠洲に映画館があったなんて。
一雄は、生まれ育った町の知らない顔を見せられた気がしていた。
******************
その日のうちに一雄は、原付バイクで飯田商店街を訪ねた。そこは市役所近くの商店街で、珠洲のメインストリート……と言いたいところだが、いつ来ても静かで、淡々と時が流れている。この日も一雄は、誰ともすれ違うことなく『シャンゼリゼ美容室』の前にたどり着いた。
――珠洲にシャンゼリゼ関係ないやろ。
心の中でツッコみつつ、一雄はバイクにまたがったまま、店の脇の駐車スペース奥をのぞいてみた。
古びた建物は、外壁を覆うトタンがあちこち錆びて、物悲しい雰囲気を漂わせている。二階建てで真四角の味も素っ気もない建物は、やはり倉庫にしか見えない。もっと近づいて見たかったが、人の家の敷地なので気が引けた。
迷っているうちに、美容室のドアが開き、店主の谷内理恵子が顔を出した。
「あらぁ」
理恵子は一雄の母より十歳ほど年上のはずだが、顔立ちも服装も華やかで若々しい。子どもの頃、母がここにカットに来るときよく連れられてきたが、その頃とまったく印象が変わらなかった。
「一雄君、東京から帰ってきたが?」
にこやかに話しかけられたが、一雄は小さくうなずいただけで、バイクのエンジンをかけ、走り去った。
就職が決まらず、珠洲に帰るしかないとなったとき、一番気が重かったのは、町の大人たちと顔を合わせることだった。
おしゃべりな母は、一雄が映画監督になるために上京したのだと触れ回っているに決まっている。何の成果もなく帰郷した自分に、珠洲の人々は無頓着な言葉をぶつけてくるだろうと思った。
「どんな映画撮っとるが?」
「有名な俳優さんとかに会うがけ?」
「一雄君の映画、早く見たいわぁ」
「今のうちにサインもろといた方がいいがでない?」
映画を撮ることの難しさを知らない人間は、気軽にそんなことを言う。おそらく、「映画監督」と聞けば、全国ロードショウ作品を撮り、有名俳優と一緒に舞台あいさつに登壇する、華やかな姿を思い浮かべているのだろう。
だが彼らは、映画監督になりたいと願う星の数ほどの者たちの中から、何度となくふるいにかけられ選ばれた、特別な人々だ。ずば抜けた才能と実力はもちろん、強靭な心と体、気が遠くなるほどの強運も持っていなければ映画監督として生き続けていくことなどできない。それどころか、生涯でたった一本、商業映画を撮ることさえ、監督を目指す者の99%以上は叶えられないのだ。
専門学校に通った三年間で、一雄はそれを思い知らされた。「センスの古い連中と働くのが嫌で就職しなかった」などというのは、虚勢に過ぎなかった。
だからこの町に戻って来ても、できる限り人と顔を合せないようにしようと決めていた。そしてできるだけ早く、またどこか別の場所に行くつもりだった。それがどこで、自分が何をするのかはまだ、まったくわからないけれど……。
そんな自分に、思いがけず「映画を撮ってくれ」という話が舞い込んだ。華々しく宣伝されるような商業映画ではなく、町おこしのための自主映画だが。
いや、自主映画だからと言って、甘く見る資格なんて自分にはない。だって俺は――。
******************
とにかく、やれるだけやってみよう。
そう決めて、一雄はバイクで自宅に向かった。
帰宅すると自室にこもり、東京から送った段ボール箱を開けてパソコンを取り出した。まずは、映画のプロットを書こうと決めたのだ。
プロットとは、映画やドラマのあらすじ書きのようなものだ。全体の見通しを立てずにいきなり脚本を書くと迷走してしまうので、まずはプロットを立てることが大切だと専門学校で教わった。
プロットに取りかかる前に一雄は、段ボールから数枚のポスターを取り出し、部屋のあちこちに貼った。どれも、一雄が尊敬する映画監督クエンティン・タランティーノの作品のポスターだ。
『レザボアドッグス』に『パルプフィクション』、『キル・ビル』など、タランティーノ作品の魅力は、容赦のない暴力描写や度肝を抜くどんでん返しにある。高校時代に初めて観て以来、一雄はタランティーノ作品に夢中になった。
俺も、タランティーノみたいな映画を撮りたい。
そう思って、東京の映画専門学校への進学を決めた。
一雄は『レザボアドッグス』のポスターに目をやった。宝石強盗を企む男たちのモノクロの写真の上に、赤字でタイトルが記されている。右下にさり気なく「LET'S GO TO WORK」と書かれているのが、たまらなくカッコいい。
やってやる。
そうつぶやいて、『珠洲 町おこし映画プロット』とタイプしたところで、階下から母の呑気な声が聞こえてきた。
「カズちゃ~ん、ごはーん!」
やる気に水を差された気がして、一雄は苛立った。
「今、要らん!」
「ええ~、一緒に食べよぉ~」
甘えるような母の声に続いて、父の声も聞こえてきた。
「ほっとけ、ほっとけ! わがまま言うがなら、食わさんでいい!」
聞こえよがしの言葉に、一雄は舌打ちをした。
今に見とけよ、クソ親父。
そう思ったとたんに、ひらめきが訪れた。
******************
その晩は夢中でキーボードを叩き続け、外が明るくなる頃にプロットが完成した。書き上げた興奮が治まらないまま朝食を済ませ、すぐに栄一に読ませようと、一雄は民宿やぶしたを訪ねた。
「ほう、もうできたがか! えらい早かったな!」
栄一の驚き顔を見ると、気分が良かった。
また食堂に案内されたが、今日も客の姿はなかった。やはりこの民宿は、廃業同然なのだ。
テーブルを挟んで向かい合い、持参した原稿を渡すと、栄一は老眼鏡をかけて読み始めた。
「ゆうべ、いきなりイメージ湧いてきて、一気に書いたって感じで」
一雄が言っても返事もせず、栄一は読みふけっている。
とたんに、さっきまでの高揚感がしぼんでいった。
一雄は専門学校時代にも、何度もこういう経験をしていた。一人で頭をひねり、ひらめいたときには「これだ!」と確信する。だが、目の前で人に読まれると、とたんに自信が消えていく。相手がどう思っているのか、表情から読み取ろうとするうちに、息苦しくなり、じんわりと汗がにじんで来るのだ。
窓の外の見附島を見るふりをしながら横目で様子をうかがうと、栄一の眉間に深いしわが刻まれた。
「……よう、わからんな」
「えっ、どこが?」
「要するにこれは……珠洲の商店街の宝石屋に、強盗団が来るっちゅう話やな?」
「うん、そうやけど」
確かめるまでもなくそう書いてあるだろうと、一雄は苛立った。
「ほんで、その強盗団は、全員アメリカ人やと」
なんでため息まじりだよ、ジジイ。
内心毒づきながら、一雄はうなずいた。
「アメリカの強盗団が、なんでわざわざ珠洲に来たんや?」
「えっ……」
それは、お前が珠洲を舞台にしろと言ったからだろう?と、言いたい気持ちを堪えて、一雄は答えた。
「それはほら、ロスの高級宝石店とかやと、セキュリティー厳し過ぎて、襲うがも大変やし」
うーん、とうめくと、栄一は黙り込んでしまった。
しばらく沈黙が続き、それに耐えかねて一雄は口を開いた。
「いや、あの、あんまりリアリティーにばっかこだわっとると、スケール感が……」
「ほんならまあ、それはいいとするか」
言われてホッとしたのもつかの間、栄一は次なる疑問を投げかけて来た。
「なんでいきなり、銃撃戦が始まるんや? 飯田の商店街で」
「えっ、ちゃんと書いてあるやろ? 一味の中に、珠洲警察の潜入捜査官がまざっとって、そいつに強盗計画が漏れとったから、警察が宝石屋の前で待ち伏せしとって……」
一雄が説明しおわらないうちに、栄一はさらに質問を続けた。
「潜入捜査官なんちゅうモンが、本当におるがか? 珠洲警察に」
「いや、それはまあ、映画やから……」
そんな硬いことばかり言ってたら、面白い映画なんかできねえよ。タランティーノの作品だって、常識にとらわれないで大胆に発想してるから面白いんじゃないか。
と、思っていると、栄一が険しい顔でこちらをにらんでいた。
「そもそもやな、アメリカの強盗団に、珠洲の刑事がどうやって潜入したんや」
「あっ……それはちょっと、盲点やったかも……」
栄一に深いため息をつかれて、一雄は焦った。映画を撮るためには、なんとかジジイに、このプロットの面白さをわからせなくてはいけない。
「と、とにかく、その一味の一人が、途中で撃たれて死んだはずやってんけど、実は生きとって……血みどろで、いきなり起きあがってバーンッ!って」
一雄は指をピストルの形にし、衝撃のどんでん返しのシーンを演じて見せようとしたのだが、あっさりと遮られた。
「もういい。こんなもん、映画でもなんでもないわい。お前のうわごとみたいなもんや」
一気に頭に血がのぼり、一雄はとっさに言葉が出なかった。
人が寝ずに書き上げたプロットを「うわごと」だと?
怒り心頭の一雄に、栄一は平然と原稿を突き返して来た。
「やり直しや」
<第三話に続く>
※今回のトップ画像は、能登半島の最先端にある「禄剛埼(ろっこうさき)灯台」(通称:狼煙(のろし)の灯台)です。
※この物語はフィクションです。「珠洲市」は実在する市ですが、作品内に登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
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