第12話千枚田のイルミネーションs

小説『すずシネマパラダイス』第十二話

【はじめに】

能登半島の先っぽの町「珠洲(すず)」を舞台にした町おこしコメディー小説『すずシネマパラダイス』第一話~十一話を読んでくださった皆さま、ありがとうございます。

引き続き「読むと、懐かしい気持ちになる」「昔の自分を思い出す」といった嬉しい感想をいただいています!

『すずパラ』は「火曜、金曜の週二回更新」とさせていただいており、本日は、第十二話を投稿します。

☆第一話~十一話をお読みになる方はこちら

☆前話までのあらすじだけをお知りになりたい方はこちらをどうぞ。
第十一話までのあらすじ:

映画監督になる夢をあきらめ、故郷の珠洲(すず)に帰ってきた浜野一雄は、珠洲に暮らす老人・藪下栄一と共に町おこし映画の制作を始める。
一雄は、かつて珠洲の映画館の映写技師だった栄一をモデルに脚本を書き、珠洲の人々と撮影準備を進めた。
一雄が卒業した専門学校の教務課長・白鳥の計らいで、栄一の憧れの人である大スター・吉原小織に奇跡的に出演を了承してもらい、映画はクランクイン。
トラブルはありつつも撮影は進み、残るは、吉原小織が出演する夕暮れの最終シーンのみとなった。

☆以下、第十二話です。

【第十二話】

 撮影最終日は、珠洲中の人々が浮足立っていた。
 小織ちゃんが来る。
 小織ちゃんに会える。
 その期待が、町中にあふれていた。

 万全の準備をして小織ちゃんを迎えようと、一雄たちは午前中のうちから仁江海岸に集まった。
 小織ちゃんの休憩場所にするためにパイプテントを設置したり、『歓迎! 吉原小織様』の横断幕を張ったりしているうちに、見物の人々が集まり始め、その数はあっという間に百人を超えた。
 じいちゃん、ばあちゃんたちもいたため、長時間待つのは大変だと思い、一雄は「撮影、夕方からやよ」と伝えたが、誰一人帰ろうとしない。
「いい場所で見たいさけねぇ」
 小織ちゃんのためなら、半日がかりの場所取りも辛くないというわけだ。

 一雄が作業に戻ろうとすると、清美が近づいてきた。
「監督、市長さんから電話あったけ?」
「ううん、まだや」
 空港への小織ちゃんの出迎えは、市長に任せてある。
「もう飛行機、着いとるよねえ」
 そう言われて時計を確認した。時刻は午前十時半。確かに、到着の連絡があってもいい頃だ。
 こちらから市長に掛けてみようスマホを取り出すと、着信音が鳴りだした。
「市長さんや。もしもし?」
「監督、大変や! 小織ちゃんがおらん!」
 取り乱した市長の声に、一雄の鼓動が一気に速くなる。
「予定の飛行機に、乗っとらんかったがや!」
「ええっ!?」
「付き人さんの電話も繋がらんし、事情がわからん。監督の方にも連絡は行っとらんがやね?」
「はい、何にも……」
 市長は、ほかに連絡を取る方法はないか考えてみると言い、電話を切った。

 一雄は、小織ちゃんが行方不明だということを、栄一、清美、遠藤ら、一部のスタッフにだけ伝えた。誰もが顔色を変え、一雄自身も途方に暮れていた。あまりにショックが大きく、まん福師匠の怪我のときのように、前向きに解決しようという気力が湧いてこない。
「万事休すか……」
 栄一がつぶやいたのと同時に、一雄のスマホが鳴りだした。
「あっ! 付き人さんから!」
 一雄は慌てて電話に出た。
「はい、浜野です!」
「監督、ご心配かけて申し訳ありません」
「伊藤さん! どうされたんですか?」
「実は私たち、海外ロケからとんぼ返りして、すぐに能登行きの便に乗り継ぐはずだったんです。それが帰国の便が遅れてしまって、今、羽田に着いたところなんですよ。次の飛行機に乗れるよう、すぐに手配しますので」
「次の便……それやと、こっちに着くのが夕方四時になります。一日に二便しか飛んでないんで」
「四時ですか……。それじゃ、夕暮れに間に合いませんよね?」
「はい。日没が四時半で、のと空港からここまで一時間ほどかかるんで……」
「そうですか……。本当に申し訳ありません。あの、これからどうしたらいいでしょう?」

 一雄は必死に気持ちを落ち着け、考え始めた。
 永吉とマリの再会シーンは、どうしても夕暮れの仁江海岸で撮りたい。オレンジの光に包まれた永吉とマリの姿は観客たちの心に残り、この場所を訪ねてみたいという気持ちにさせるはずだ。「珠洲のいいところを全部見られる映画にしたい」と決めて制作してきた以上、仁江の夕日の場面がないなんて、あり得ない。
 それに、このラストシーンは栄一のアイデアで生まれたものだ。
 どうしてもじいちゃんが思い描いた通りの絵を撮りたいと、一雄は思った。

「あの、伊藤さん……改めて明日撮影ってことでお願いできませんか? 夕暮れの小織さんとの再会シーンがないと、珠洲パラは完成しないんです」
「それは……すみませんが、無理です。今日一日空けるだけでもどれだけ調整が大変だったか……。吉原は、二年先までスケジュールがぎっしりなんですよ」
 それでも、一雄はあきらめられなかった。
「じゃあ……ダメもとで、夕方の便で来てもらえますか? 空港から車ぶっ飛ばせば、もしかしたら、奇跡的に間に合うかも……」

 そのとき、電話の向こうで異変が起きた。こんな状況でも冷静さを失くしていなかった伊藤が、あからさまに取り乱し出したのだ。
「えっ? ええっ!? あっ! 小織さん! ちょ、ちょっと!」
「もしもし? どうしたんですか?」
「あの、すみません、後でかけ直します!」
 伊藤は一方的に電話を切ってしまった。

 その後、待てど暮らせど伊藤から連絡はなかった。一雄の方から電話をかけても繋がらない。
 そうするうちに時間が過ぎていき、日が傾き始めた。見物人の数はさらに膨れ上がり、ざっと見ても三百人を超えている。どこで聞いてきたのか、テレビ局や新聞社の取材カメラまで来ていた。

 期待に満ちた顔で小織ちゃんを待つ人々を横目に、一雄たちはパイプテントの下に集合した。
 一雄は、市長の携帯に電話をかけてみた。伊藤との電話が切れる直前、一雄は「夕方の便に乗ってほしい」と頼んでいた。それきり音信不通になったのだから、今、一雄たちにできるのは、小織ちゃんが四時着の飛行機に乗ってくれているの信じることだけだ。
 市長には再度、出迎えのために空港に行ってもらっていた。しかし、電話に出た市長は、「四時の便にも乗っていなかった」と力なく答えた。

 一雄はスタッフたちにそれを報告し、腹を決めた。
「集まっとる人らには、俺から説明する」
 栄一は心配そうに一雄を見つめている。
「……大丈夫か?」
「うん……。これも、監督の仕事や」
 そして一雄は、拡声器を手に人だかりの方へ向かった。

「みなさん、ご報告があります!」
 ざわついていた人々が静かになり、なにごとかという顔で一雄を見ている。
「……申し訳ありません。今日、吉原小織さんは、いらっしゃれなくなりました」
 一斉にあがった驚きの声は、すぐに怒声へと変わった。
「おい、どういうことや!」
「ちゃんと説明せいま!」
「どんだけ待ったと思うとる!」
 それを一人で受けとめながら、一雄は話を続けた。
「すみません……。あの、こちらでも詳しいことはわかっとらんくて……本当にすみません」
 詫びれば詫びるほど、非難の声は大きくなっていく。怒号に包まれるうちに、一雄は頭が真っ白になった。

 栄一は、そんな一雄をいたたまれない気持ちで見ていた。
 わしが映画を撮らせたせいで、あいつをこんな目に合せてしもうた……。
 後悔の念がつきあげて、胸が苦しくてたまらなかった。

 ――そのときだ。
 栄一の隣にいた清美が、海岸線の道路を指さして言った。
「ねえ、あれ」
 見ると、タクシーが猛スピードでこちらに向かってくる。もしや……と栄一は思った。
 清美も同じ気持ちだったようで、一雄のところに駆けていき、タクシーが近づいてきていると知らせている。
 見物人たちの視線も、清美が指さす方に集まった。

 皆が注目する中、タクシーが停車した。
 栄一はパイプテントの下から、まばたきもせず見つめている。
 タクシーの扉が開き、降りてきた人物を見て、栄一は息を呑んだ。
「小織ちゃん……」
 まぎれもなく、吉原小織だ。
 見物の人々からわっと歓声が起こり、小織ちゃんは、そちらに向かって笑いかけた。
 そのまぶしい笑顔に、皆の興奮は一層高まった。

 小織ちゃんが、道路から海岸の方へと降りてくる。
 付き人も連れておらず一人きりだが、気安く小織ちゃんに触れる者など誰もいない。皆、小織ちゃんのオーラに圧倒されているのだ。
 人だかりが二手に分かれ、大女優のための花道ができた。そこを、小織ちゃんが足早に進んでくる。
 あまりの美しさに人々は言葉を失くし、じいちゃん、ばあちゃんたちは手を合わせて拝み続けていた。

 海岸に降り立つと、小織ちゃんは一雄たちに向かって頭を下げた。
「大変お待たせして、申し訳ありません。吉原でございます」
 そして顔を上げると、テントの下の一人の人物に目を留めた。
 栄一だ。
 栄一は、小織ちゃんの視線を受け止めると、硬直してしまった。
 小織ちゃんがまた歩きだす。栄一の方に向かってまっすぐに……。
 栄一の耳には、自分の鼓動だけが響いていた。ドクドクと激しく鳴り続ける音で、波音さえも、かき消されていた。

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 それから約一時間後。一雄は、薄暗い仁江海岸に座り込んでいた。
 周りではスタッフたちが撮影の後片付けをしているが、一雄は放心状態だ。
(終わったのか……。)
 まだ実感がない。しかし、つい三十分ほど前に『珠洲シネマパラダイス』は間違いなくクランクアップした。
 小織ちゃんの突然の登場で、栄一同様、一雄もフリーズしてしまったが、小織ちゃんのひと言で我に返った。
「監督、急ぎましょう。日が落ちてしまいます」

 それからは、ともかく無我夢中だった。超特急でラストシーンの準備を整えると、リハーサルなしの本番一発勝負でカメラを回した。それでも、日本を代表する女優、吉原小織の演技は完璧だった。
 ラストシーンは奇跡のように美しく、一雄は初めて「カットをかけるのが惜しい」という気持ちを知った。このままいつまでも、目の前の光景を見ていたいと思った。

 一雄がカットをかけ、ついにクランクアップとなると、小織ちゃんは栄一に駆け寄り、いたずらっぽく尋ねた。
「藪下さん。私、昔より少しはうまくなったかしら?」
 栄一は、小織ちゃんが現れてからずっと、ガチガチに緊張していた。カメラが回る前、「お久しぶりです」とにこやかにあいさつをされても、まともに返事もできないほどだった。
 そんな栄一が、小織ちゃんの思いがけない言葉に大笑いし始めた。
 その顔は、一雄がこれまでに見てきたどの瞬間よりも輝いていて見えた。
 一雄は、栄一の笑顔に向けて、慌ててカメラを回した。

 めまぐるしい一日のことを一雄が思い返している間に、助監督の清美が、付き人の伊藤に電話をかけていた。無事に撮影が無事に終わったことを報告すると、伊藤もホッとしていた。
「ご心配をおかけしまして、本当に申し訳ありません」
「いいえ、ちゃんと来てくださったんですから、もう謝らんといてください。あっ、吉原さんはもう、ホテルの方に行かれましたんで」

 清美が伊藤から聞いたところによると、一雄と伊藤が電話で話している間に、小織ちゃんは財布だけを持ち、いきなり羽田のロビーから飛び出して行ったのだという。
 そのまま小織ちゃんはタクシーに飛び乗り、東京駅へと向かった。飛行機では日暮れに間に合わないのなら、東京駅から北陸新幹線に乗って金沢で降り、珠洲までタクシーを飛ばしてはどうかと、とっさにひらめいたのだ。
 その判断のおかげで、珠洲パラは無事に撮影を終えることができた。

 ただ、小織ちゃんはスマホを伊藤に預けたままだった。伊藤は連絡の取りようがなく、真っ青になって小織ちゃんを捜す羽目になったというわけだ。
 伊藤の話を一通り聞き終えると、清美はため息まじりで言った。
「さすが、大女優さんはやることが大胆やわぁ」

最終話に続く>

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※今回のトップ画像は、能登の千枚田のライトアップ「あぜのきらめき」です。

※この物語はフィクションです。「珠洲市」は実在する市ですが、作品内に登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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中川千英子(脚本家)
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