第10話_能登の千枚田m

小説『すずシネマパラダイス』第十話

【はじめに】

能登半島の先っぽの町「珠洲(すず)」を舞台にした町おこしコメディー小説『すずシネマパラダイス』第一話~九話を読んでくださった皆さま、ありがとうございます。
noteのコメント欄だけでなく、TwitterやFacebookの方でも連日感想をいただいています。

こちらの感想をくださった方のように地方にお住まいの方や、地方から上京されたという方々から「故郷を思い出す」というコメントをいただくことが多いように思います。
皆さま、今後とも応援よろしくお願い致します!

『すずパラ』は「火曜、金曜の週二回更新」とさせていただいており、本日は、第十話を投稿します。

☆第一話~九話をお読みになる方はこちら

☆前話までのあらすじだけをお知りになりたい方はこちらをどうぞ。
第九話までのあらすじ:

映画監督になる夢をあきらめ、故郷の珠洲(すず)に帰ってきた浜野一雄は、珠洲に暮らす老人・藪下栄一と共に町おこし映画を制作する事になる。
一雄は、栄一の余命が限られているらしいと知り、かつて珠洲の映画館の映写技師だった栄一をモデルに脚本を書き、珠洲の人々と撮影準備を始めた。
栄一は、この映画に大スター・吉原小織に出演してもらいたいと言い、一雄は卒業した専門学校の講師・香川に「吉原さんに渡してほしい」と脚本と出演依頼の手紙を預ける。
香川は脚本と手紙を捨てるが、一雄はそれを知らず撮影準備を続けていた。
すると市役所の総務課長である一雄の父の妨害により撮影頓挫の危機に…。
しかし専門学校の教務課長・白鳥から一雄に「吉原小織が出演を快諾した」という報せが飛び込んできた。

☆以下、第十話です。

【第十話】

 香川に捨てられたはずの脚本と手紙が、無事に吉原小織の手に渡ったのには、こんな経緯があった。
 几帳面な白鳥は、毎日仕事を終えると教務課内のごみを集め、校舎裏のごみ収集場に持って行く。
 ある日、いつものように収集場に行くと、積み上げられたごみ袋の中に、気になる物を見つけた。半透明の袋の中に原稿の束らしき物があったのだ。表紙には「『珠洲シネマパラダイス』脚本 作:浜野一雄」と書かれていた。

 前日に卒業生の浜野一雄と顔を合わせていたこともあり、白鳥はごみ袋を開けてみた。すると『吉原小織様』と宛て名が書かれた封筒も出てきた。
 教務課に持ち帰り、白鳥はまず手紙を読んでみた。そこには、一雄が町おこしの映画を撮ることになった経緯と、ぜひとも吉原小織に出演してもらいたいという切なる思いが綴られていた。

『珠洲パラは、町おこしのための映画です。でも僕にとっては、じいちゃんのための映画でもあります。東京にいる間、僕が考えていたのは、とにかくカッコいい映画監督になりたいということだけでした。だけど今は違います。カッコ悪くても、ヘタクソでも、みんなと一緒に映画を撮って、じいちゃんを喜ばせたいです。
 僕みたいなダメなヤツのことをじいちゃんは信じてくれています。「どんな巨匠よりも、お前に映画を撮ってほしい」と言ってくれます。なんとかして、その期待に応えたいのです。どうか、吉原さんのお力を貸してください。よろしくお願いします。』

 ――精いっぱい突っ張っているけれど、いつも寂しそうな子。
 白鳥の目には、一雄はそう見えていた。しかし今、一雄は年の離れた親友と出会い、仲間たちと共に映画を完成させようと奮闘しているという。
 脚本も読み終えると、白鳥は自分がすべきことを熟考した。
 ――この原稿を捨てた者がいる。
 それを考えたとき、すぐに香川の顔が頭に浮かんだ。一雄が「香川先生に用があって来た」と言っていたのを覚えていたからだ。

 講師が教え子の原稿をごみ扱いしたのなら、決して許されない行為だ。なぜそんなことをしたのかと、香川を問いつめなくては……。
 いや、そんなことをしても「故意ではなかった」などと言い逃れをするだけだろう。香川がそういう人間だということは、日ごろの言動からわかり切っていた。
 今、何より大切なことは、この原稿と手紙を確実に吉原小織に届けることだ。下手に香川をつついて、妨害されてはいけない。

 そこで白鳥は、香川には何も告げず、旧知の吉原小織に一雄の手紙と原稿を送った。
 しかし吉原小織のもとには、プロの監督やプロデューサーたちから、連日脚本が届く。彼女は仕事の合間にそれらを読み、出演するかどうかを判断するのだ。
 そういう事情があるため、返事をもらうまでずいぶん時間が掛かってしまったが、彼女は電話で「珠洲シネマパラダイスに出演します」と、はっきり約束してくれた。
 そんなわけで白鳥は、やっと一雄に朗報を伝えることができたのだった。

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 その晩、一雄は栄一に呼ばれて民宿やぶしたを訪ねた。二人で、小織ちゃんの出演が決まったお祝いをしようというのだ。
 栄一は酒とつまみを用意して居間で待っていた。
 一雄が栄一のグラスにビールを注ごうとすると、手で蓋をされてしまった。
「わしはこっちや」
 そう言って栄一はウーロン茶を注いでいる。一雄の胸に、急に不安が広がった。
「……じいちゃん、最近全然飲まんよな?」
「ん? ああ、まあな。お前はビールでいいな?」
「うん……」

 ビールを注いでもらい、いざ乾杯という段になると訊かずににいられなくなった。
「じいちゃん……もしかして、病気悪くなっとるんか?」
 栄一は目を見開いてこちらを見ている。図星だったのかと、一雄は愕然とした。
「じいちゃん……」
 とたんに涙があふれて来て止まらなくなった。
 泣きじゃくる一雄を見て、栄一はオロオロしている。
「お、おい、病気て、なんの話や。わしゃ、別にどこも……」
「やめてや、そういうの! 俺、風邪引いて、医者行ったときに聞いてしまってん……。先生がじいちゃんに……あと半年ぐらいって……」
 その先はもう言葉にならなかった。栄一は、気が抜けたような顔で黙り込んでしまった。

 だがしばらくすると栄一が、ぽつりと言った。
「なるほど……そういうわけか」
「えっ?」
「お前、わしが宮田先生と話しとるがを聞いたんやな?」
「うん」
「ハハハハ」
 一体、なにがおかしいと言うのだろう? 戸惑う一雄に、栄一はさらに理解不能なことを言ってきた。
「なあ、この辺は獣医がおらんやろ?」
「は?」
「うちのゴローも、わしと一緒で年寄りでなぁ。あっちこっち具合が悪そうやさけ、宮田先生に無理言うて、診てもろうたがや」
「えっ……ゴロー? じゃあ……あと半年って言うがも……」
「わしでなしに、あいつの話や」
「ええ~っ!?」
「ハハハ、とんだ早合点やったなぁ。ちゃんとわしに聞いてくれりゃ良かったがに」
「いや、でも……直接聞くとか、そんな……」
「ははぁん。さてはお前、わしが老い先短いと思うたさけ、『じいちゃんの話を映画にする』て言い出したんやな?」
「あっ……うん……」
 栄一は腹を抱えて笑い続けた。
「こりゃええわい! お前、早とちりのせいでえらい目に合うたなぁ! ハッハッハッ!」
「……そんなに笑わんでも……。俺、すげえ心配してんからな!」
「ああ、すまんすまん。ま、そういう訳やさけ、ゴローのことは最期まで精いっぱいかわいがってやろうと思うとる」
「うん……」
 ホッとした一雄は一気に体の力が抜けてしまい、テーブルにつっぷした。
 そんな一雄を、栄一はニコニコと見つめていた。

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 多忙な中、小織ちゃんは一日だけスケジュールを空け、ラストシーンの撮影のために珠洲に来てくれることになった。
 付き人の伊藤紗枝から連絡があり、
「十二月十五日ならば、なんとか調整できます」
 とのことだったので、一雄はこの日がクランクアップ日にもなるように撮影スケジュールを組んだ。

 衣装や小道具の手配など、事前の準備は順調に進んでいった。
 ところがクランクインを二週間後に控えた十一月半ば、問題が発覚した。西明寺の住職が、出演を取りやめたいと言い出したのだ。
 日曜の朝、住職は浜野家に訪ねてきた。晴香が客間に通したときから、住職はいつもと様子が違い、顔色がさえず、声にも力がなかった。

 一雄が出ていくと、住職は辛そうに事情を語った。
「今さらこんなこと言うて本当に申し訳ないんやけど、うちの寺の存続に関わる問題なんや」
「えっと……どういうことですか?」
「実は、うちの檀家さんが立て続けに『菩提寺を変えたい』て言うてきとって……。ほんな話が出始めたがは、ちょうどわしが映画の話、引き受けた頃からなんや」
 そう言われても、一雄はピンと来なかった。ごぼうさんが珠洲パラに出ると、どうして檀家が離れていくことになるのだろう?
「おそらく、わしだけが小織ちゃんと一緒に画面に映ることになるからや」
「えっ、それって……嫉妬ってことですか?」
 住職はうなずいたが、一雄は、にわかには信じられなかった。
「でも、菩提寺変えるって大ごとですよね? それをそんな理由で?」
「一雄君は若いさけ、わからんかもしれんけどな、小織ちゃんっちゅうがは、そんだけの人なんや」
 サオリストの情熱恐るべし、ということらしい。
 住職によると、珠洲パラの出演を決めて以来、檀家にお経をあげに行った折などに、同年代の男性からチクチクと嫌味を言われるようになっていたのだという。
「迷惑かけて悪いけど、なんとか頼むわ」
 ダンディーで通っている住職が、すっかり憔悴している。そんな姿を見てしまうと、一雄は「どうしても出てほしい」とは言えなかった。

 晴香と一緒に、玄関で住職を見送ると、一雄はため息をついた。
「どうしたらいいげんろ……」
「困ったねぇ。別の人にお願いしても、おんじようなことなるんやろうしねぇ」
 すると、背後から父の声がした。
「簡単な話や」
 父は居間にいて、一部始終を聞いていたらしい。
「お互い、珠洲のモン同士やさけ妬むようなことになるんや。最後のシーンだけ、プロに頼みゃいい」
 そう言われても、一雄にはプロの役者に知り合いなどいない。
「ちょうど、わしの知り合いにいい人がおる。悠々亭まん福師匠っちゅうてな、東京の噺家さんや。その人なら、芝居もできる」
「お父さん、なんでそんな人知っとるが?」
 晴香が聞くと、父は自慢げに答えた。
「観光課におった頃、イベントに来てもらったんや。すぐに連絡して、頼んどいてやる」
 あまりの急展開に一雄が驚いているうちに、父はさっさと部屋に引っ込んだ。
「お父さんも、協力してくれるんやねぇ」
 母はうれしそうに笑っているが、一雄は合点がいかなかった。
 通達書のことで殴ってしまって以来、父とはろくに口も聞いていなかった。それなのに、どういう風のふきまわしだろう?
「なんでいきなり……」
「とにかく良かった、良かった」

 一雄には話していなかったが、晴香は、耕平の気持ちが変わったきっかけを知っていた。
 一雄が珠洲パラ制作チームの面々と市役所を訪れた日、耕平は、吉原小織の出演OKの知らせを受けて一雄たちが盛り上がっているところを役所の中から見ていたのだ。
「うれしそうな顔して、みんなと大はしゃぎしとったわい」
 帰宅後、耕平は晴香にそう話していた。
「あいつみたいなモンが、町の人らとあんだけ仲良うなれるとはなぁ」
「映画のおかげやねぇ。東京の学校まで行って、勉強してきたおかげやわ」
「……ほうやな」
 晴香は、耕平が同意してくれたことがうれしかった。以前は「東京に行かせたのは無駄だった」と言い切っていた耕平が、今の一雄にとって映画がどれだけ大切か、映画のおかげで一雄がどれだけ変わることができたのかをわかってくれたのだ。

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 耕平のおかげで住職の代役も見つかり、珠洲パラ制作チームはついにクランクインの日を迎えた。
 その日、スタッフ、キャストは早朝から飯田商店街に集合し、「主人公の永吉が、自転車で出勤していく」というカットから撮影を始めた。

 永吉役の野村が衣装を身に付けて現れると、スタッフと見物の人々から歓声が上がった。ウェスタン風ファッションにテンガロンハット、肩に担いだギターも、渡り鳥シリーズの小林旭をイメージして一雄と栄一が選んだ物だった。
 リハーサルの後、ヘアメイク担当の理恵子が髪型を整えると、野村は自転車にまたがった。

 すべての準備が整い、助監督の清美が声を張り上げる。
「シーン1‐1、カット1!」
 続いて一雄が合図を出した。
「本番! 用意、スタート!」
 清美がカチンコを鳴らし、田中がカメラを回し始めると、永吉が自転車を漕ぎ出した。すると、ヒロインのマリが永吉を呼び止める。
「永吉さん、おはよう!」
 マリを演ずるのは、道の駅『すずしろ』のウエイトレス、宮坂奈緒、二十歳だ。
 永吉は、テンガロンハットのつばを指先で軽く上げ、マリに微笑みかけてから自転車で走り去った。
 そこに、マリが働く呉服店の店主がやって来た。
「マリちゃん。水まき、お願いできるかな?」
 店主の役は、実生活でも呉服店を営む商工会メンバー、広岡が務めている。
「はい、社長さん!」
 爽やかにマリが返事をしたところで、一雄はカットをかけた。
「カット! OK!」
 とりあえずファーストカットがうまく行き、一雄は小さく息をついた。
 そんな一雄を、離れた場所から栄一が見つめ、満足そうにうなずいていた。

 この日は、商店街で数シーン撮った後、市役所近くのスナック『シャトー』に移動した。
 ここで撮影するのは「マリをめぐってチンピラ同士が揉めているところに、永吉が颯爽と現れる」という場面だ。
 チンピラ役は魚屋の中尾と、理恵子の夫の谷内宏和が務める。この二人がマリをはさんでカウンター席に座り、小競り合いをするというわけだ。

 カチンコが鳴ると、中尾がマリの腕を掴み、自分の方に引き寄せた。
「硬いこと言わねえで、付き合えよぉ」
 セリフ回しは少々ぎこちないが、中尾はチンピラらしくふるまおうとがんばっていた。
 マリが怯えた顔をすると、反対側に座った宏和が、中尾に凄んで見せた。
「おい! てめえ、田代組のモンだろ? 大沢組のシマでチョロつくんじゃねーよ!」
 宏和の方はなかなか自然な演技だ。
「なんだと? いつから大沢のシマんなったってんだよ、バカヤロー!」

 そこに、永吉が登場した。トレードマークのウエスタンルックにギターを担いだ永吉は、テンガロンハットを指先で上げて、ニヒルに笑う。
「ずいぶんと盛り上がってるじゃねえか。俺も仲間にいれな」
 すると中尾が怒り、永吉に殴りかかった。
「うるせえ! キザ野郎が!」
 永吉は中尾を軽くなぎ倒し、続いて襲い掛かって来た宏和のこともあっという間に返り討ちにした。
 そして、無様に倒れたチンピラたちの前でギターの弾き語りを始めた。マリは、そんな永吉をうっとりと見つめるのだった。

第十一話に続く>

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※今回のトップ画像は、「能登の千枚田」です。

※この物語はフィクションです。「珠洲市」は実在する市ですが、作品内に登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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中川千英子(脚本家)
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