第8話_能登キリコ祭m

小説『すずシネマパラダイス』第八話

【はじめに】

能登半島の先っぽの町「珠洲(すず)」を舞台にした町おこしコメディー小説『すずシネマパラダイス』第一話~七話を読んでくださった皆さま、ありがとうございます。
おかげさまでTwitterの方でも嬉しい感想をたくさんいただいています!

『すずパラ』は「火曜、金曜の週二回更新」とさせていただいており、本日は、第八話を投稿します。

☆第一話~七話をお読みになる方はこちら

☆前話までのあらすじだけをお知りになりたい方はこちらをどうぞ。
第七話までのあらすじ:
映画監督を目指して上京するも、挫折して故郷の珠洲(すず)に帰ってきた浜野一雄に、珠洲に暮らす老人・藪下栄一から「町おこしのためのご当地映画の監督を務めてくれ」と依頼が舞い込んだ。
脚本を書き始めた一雄は、栄一が病気で余命いくばくもないらしいと知り、「栄一のために」と、かつて珠洲の映画館『モナミ館』で映写技師として働いていた栄一の青春時代をモデルにした脚本を書いた。
栄一は、その作品に映画界の大スター「吉原小織」に出演してもらいたいと言う。
無茶だと思いながらも一雄は「死期が近い栄一の望みを叶えたい」という一心で、珠洲の人々と共に映画づくりに乗り出した。

☆以下、第八話です。

【第八話】

 次の日曜には二度目のスタッフミーティングが開かれた。その席で一雄はスタッフたちから、東京へ行き、正式に小織ちゃんに出演依頼をしてきてほしいと頼まれた。
 羽田までの航空券代は制作費から出すことに決まり、翌週、一雄は東京に向かうことになった。

 当日の朝、のと里山空港には一雄を見送りに撮影スタッフが集まった。
「しっかり頼むぞ!」
 一雄の手を握る遠藤は興奮しており、いつも以上に声が甲高かった。
「わしらがどんだけ小織ちゃんのこと待っとるか、ちゃんと伝えてきてくれな!」
 一雄はみんなの熱い視線を一身に受けていた。中でも栄一は、キラキラした目でこちらを見つめている。
「あの、別に俺、直接小織ちゃんと会うわけじゃないしね。学校の先生に頼んでみるだけで……」
 落ち着かせるつもりで言ったのだが、かえってスタッフ一同はいきり立ち、中尾がダミ声で吠えた。
「ほうやとしても、こういうときは気合いが肝心なんや!」
「あっ、はい、がんばります……」
 晴香が、一雄の背中をポンと叩いた。
「気ぃつけてね」
「うん。そしたら……」
 手荷物検査に向かおうとすると、栄一が声をかけてきた。
「無事に東京着いたら、すぐに連絡せえよ」
 栄一は昨日から、しきりにそう繰り返している。
「わかったって。東京慣れとるんやから、そんなに心配せんで大丈夫や。そしたら行ってきます」
 手を振る一同に一雄も応え、係員に鞄を渡すと、また中尾のダミ声が聞こえてきた。
「浜野一雄君の健闘を祈って、ばんざーい!」
 ぎょっとして振り返ると、みんなが万歳三唱をしていた。係員が笑いをこらえているのがわかり、一雄は頬が熱くなった。

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 羽田に降り立つと、一雄は約束通り栄一に電話を入れ、渋谷に向かった。
 一雄が卒業した映画専門学校は、渋谷駅から徒歩十五分のところにある。通いなれた道を行き、五階建ての校舎を見上げると、懐かしさがこみ上げてきた。
 ……と言っても、卒業してからまだ二ヶ月だ。懐かしいというには早過ぎるのだろうが、栄一から「映画を撮れ」と言われた日からは毎日がめまぐるしく、珠洲に戻ってから、もっと長い時間が過ぎたような気がする。

 母校に入っていくと、在校生たちがロビーを行き交っていた。
(やっぱり懐かしい)
 そう思っていると、声を掛けられた。
「浜野君」
 ハッとして足を止めた……というより、身がすくんで立ち止まった。振り返ると、ハイヒールの音を響かせ、教務課長の白鳥笑美が近づいてきた。

 白鳥は全校生徒に恐れられる存在だった。遅刻、欠席が目立つ者や、課題の提出が遅れがちな生徒はすかさず呼び出し、とことん説教をして、決してサボることを許さない。
「映画人に最も大切なことは人格です」
 というのが口癖で、学内の風紀が乱れていないか常に目を光らせている。年齢不詳だが、おそらく六十代。生徒たちは陰で「エミババ」と呼んでいるが、本人に向かってそれを口にする命知らずはいなかった。

「あっ、どうも……」
 モゴモゴあいさつをする一雄とは対照的に、白鳥は滑舌よく尋ねてきた。
「あなた、卒業して実家に帰ったんじゃなかったかしら?」
「ああ、はい。あの、今日はちょっと、香川先生に用事があって」
「あら、そうなの」
「ってことで、失礼しまーす」
 そそくさとエレベーターの方に向かうと、背後から白鳥のとがった声がした。
「お待ちなさいっ!」
 ギョッとしたが、呼び止められたのは一雄ではなかった。見れば在校生が、白鳥に捕まっている。
「大沢君。レポートの提出がまだのようだけど?」
 相変わらずだなと思いながら、一雄はエレベーターに乗り込んだ。

 講師の香川は、授業準備を行うための個室にいた。
「手短にね。こうしてる間に、僕の貴重な昼休みはどんどん過ぎてくわけだから」
 香川はちょび髭を生やし、いつも整髪料の匂いをぷんぷんさせている。年は五十代半ばといったところで、言動がいちいち気取っていて嫌味っぽい。
「あっ、はい。あの、実は僕、今、地元で町おこしのために映画を撮ろうとしてまして……」
 その作品に吉原小織さんに出演してもらいたい。それが町のみんなの願いなのだと一雄は手短に話した。
「脚本持ってきたんで、先生から吉原さんに渡してもらえませんか? あっ、出演依頼の手紙も書いてきました」

 差し出した脚本と手紙を、香川は受け取ろうとしなかった。
「小織さんねえ……。ちょっとねぇ、しばらく会ってないんだよねぇ」
「えっ、そうなんですか?」
「ほら、お互いスケジュールがタイトだからさ。僕が現場にいた頃は、彼女とは苦楽を共にする盟友って感じだったんだけどねぇ」
「あの……何とかなりませんか? 先生しかお願いできる人いないんです」
「そりゃあ君に他に伝手があるとは思わないけどさぁ、そもそも小織さんに出演依頼なんて無茶にもほどがあるよ。ただの自主映画でしょ?」
「無茶なのはよくわかってます。でも、とにかく吉原さんに読んでみてもらいたいんです。珠洲のみんな……特にプロデューサーのじいちゃんが、吉原さんに会うのどれだけ楽しみにしてるか手紙に書いてあるんで」

 そのとき、香川のスマホが鳴りだした。
「じゃあ、何かついでがあったら渡しとく。それでいいよね?」
 返事も待たずに香川は電話に出た。
「どうも、どうも~。ご無沙汰。最近どうなの~?」
 一雄への態度とは打って変わって、香川はにこやかに話している。
 脚本と手紙を机の上に置き、一雄は一礼して部屋を後にした。

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 その日の夕方の便で、のと里山空港に戻ると、一雄はまっすぐ民宿やぶしたに向かった。羽田にいるときに栄一から電話があり、西明寺の住職が出演を了承してくれ、キャストがすべて決まったので、今夜はお祝いの宴会をすることになったと聞いたのだ。

 東京ばな奈の袋を提げて民宿やぶしたの食堂に入っていくと、スタッフ、キャストがそろっていた。
「おお、お疲れさん!」
 待ちかねた顔の栄一が、早速尋ねてきた。
「どうやった? 小織ちゃん、出てくれるがか?」
 にぎやかだった一同が静まり、一雄の方を見つめている。
「それはまだ……。とにかく、脚本と手紙預けてきただけやから」
 あからさまにみんなが落胆するのを見て、一雄は慌てて付け足した。
「あっ、でもまあ……手ごたえは割とあったかな」
 みんなを元気づけたくて苦し紛れに言ったのだが、「おお」と歓声が上がった。栄一も、うれしそうに笑っている。
 あとはもう、香川がなんとかしてくれるのを祈るしかない。
 須須(すず)神社にお願いに行こうと、一雄は心に決めた。

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 その頃、香川は一日の仕事を終え、帰り支度をしていた。
 ふと机の上を見ると、卒業生の浜野一雄が置いていった脚本と手紙が目に留まった。
(『珠洲シネマパラダイス』ねえ。)
 タイトルを読んで鼻白み、香川は脚本も手紙もごみ箱に投げ入れた。

 三十年前、香川は確かに吉原小織の主演作のスタッフとして働いた。だがそのときの仕事の中身は、弁当の発注や、ロケ先での駐車場の誘導係といった雑用だった。
 それでもいつかは監督に、と意気込んでいた。だが月日が流れるにつれ、それは夢に過ぎないと思うようになった。
 雑用係から始まって、何とか助監督まではたどり着いたが、チーフ、セカンド、サードといるうちの、セカンド止まりだった。監督デビューのチャンスを得られないまま四十代半ばを過ぎ、香川は古くからの友人の薦めでこの学校の講師の職を得た。しかし、生徒の教育には情熱を持てなかった。

 そんな香川には、業界の現実をまだ知らない生徒たちに、誇張まじりの自慢話をするのが、ささやかな楽しみだった。
 甘っちょろい夢を見ている卒業生の脚本を捨てたぐらいで、香川の良心は痛まない。
 部屋の明かりを消して、香川はさっさと帰路に着いた。

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 そうとも知らず一雄は、香川から「小織さんに脚本を渡した」という連絡が来るのを心待ちにしていた。
 だが、ただ待っているだけというのももったいない。小織ちゃんに出演をOKしてもらえたら、すぐにでもクランクインできるよう準備をしようということで、一雄たちは六月のある日、ロケ―ションの練習をすることにした。

 当日は、一雄と栄一、カメラマンの田中、照明の三橋、音声の遠藤に、助監督をすることになった清美などが、中尾鮮魚店に集まった。中尾が店で仕事をする様子を撮影してみようというわけだ。
 練習とはいえ一雄は緊張し、撮影の準備中からそわそわしていた。
「田中さん、カメラ絶対壊さんといてくださいね! 壊れても修理費ないから!」
「わかった、わかった」
「遠藤さん。マイク、画面に入ってしまうんで、もうちょっと上げてください」
「はいよ、こんなもんか?」

 準備が整う頃には見物人も集まっていた。一雄は、中尾に声をかけ、店頭に立ってもらった。
「そしたら、お願いします。いつも通りで大丈夫なんで」
「お、おう」
「よーい、スタート!」
 一雄の合図と共に、清美がカチンコを鳴らす。すると中尾が、見物している女性に声を掛けた。
「奥さん……イ、イカのいいの、入っとるよぉ……」
 ふだんの威勢の良さはどこへやら、その声は消え入りそうなほど弱々しかった。
「カット!」
 一雄は思わず苦笑した。
「中尾さん、ただの練習やから」
「ほんでもカメラ向けられると、調子出んわいやぁ」
 とたんに見物の人々から「情けないねえ」「しっかりせえよ」と、叱咤の声が飛んだ。

 その後も一雄たちは、ロケハンも兼ねて珠洲市内のさまざまな場所に出かけて撮影の練習を繰り返した。
 さらに一雄は絵コンテの作成と、コンビニでのアルバイトを始めた。バイト代は『珠洲パラ』の制作費に充てるつもりだ。
 商工会が用意してくれた金と、町の人々からのカンパはあるが、あわせても予算ギリギリというところだ。バイト代の分、少しでも余裕ができれば、映画のクオリティーを上げられる。

 撮影スタッフは仕事の合間を縫ってロケの練習に取り組み、キャストも自主的に集まっては脚本の読みあわせをしてくれている。みんなの熱意を目の当たりにすると、一雄は、自分にできることは何でもしようという気になった。

 ある晩、一雄が自室で絵コンテを描いていると、母がコーヒーを淹れてきてくれた。
「監督、お疲れさま」
「ありがと」
 母はコンテを見て尋ねてきた。
「あら、これ燈籠山(とろやま)祭り?」
「うん」
 毎年夏から秋にかけて、珠洲市内では約五十もの祭りが行われる。その多くは、奥能登発祥の「キリコ祭り」だ。
 キリコは、ひと言でいうと巨大な御神灯だ。数十人から百人もの担ぎ手を必要とする大きな行燈に、文字や美しい武者絵が描かれている。
 祭りの夜、灯りがともされたキリコが、神輿と共に練り歩く姿は勇壮で、幻想的でもある。
 一雄の絵コンテは、母が言うとおり「飯田町燈籠山祭り」の風景を描いたものだった。

 「飯田町燈籠山祭り」は、珠洲の祭りの中で一番早く、七月に行われる。燈籠山とは、キリコの上に巨大な人形を乗せたもので、木遣り歌と共に、それが夜中まで曳きまわされるのだ。
「クランクイン、いつになるかわからんけど、祭りの映像撮っとけば、編集のときに映画に組みこめるし」
「なるほどねえ」
「珠洲のいいとこ、全部観れる映画にしたいげん!」
 勢い込んで言ってから、急に照れくさくなった。慌てて母から目を逸らし、またコンテを描き出すと、母に、くしゃくしゃっと頭を撫でられた。
「がんばらし!」
 驚く一雄を残して、母は鼻歌まじりで出ていった。

 その年の夏、一雄率いる珠洲パラ撮影隊は、祭りの度に出かけていき、撮影をした。
 飯田町燈籠山祭りが終わると、次は「宝立七夕キリコ祭り」だ。この祭りでは、まず見付海岸に巨大キリコが集まる。沖合には柱松明が設置され、そこを目指してすべてのキリコが海の中を突き進んでいくのだ。迫力満点の映像が撮れて、一雄たちは大満足だった。

 八月は各地の夏祭りが続き、そのまま九月の秋祭りラッシュへと繋がっていく。
 須須神社の秋祭り「寺家の秋祭り」や、地域の人たちが狂言を演じる「蛸島の秋祭り」など、九月の間は毎週どこかで祭りが開かれるため、一雄たちは大忙しだった。

 十月の長橋のキリコ祭りを最後に、珠洲の祭りの季節が終わった。
 一雄は祭りの映像の編集とバイトに打ち込み、撮影隊とのロケの練習も続けていた。その間、専門学校の香川からは何の連絡もなかった。
 最初のうちは、時おりこちらから電話をかけて状況を尋ねていた。しかし香川は、「人づてに脚本は渡してもらったが、返事は来ていない」と繰り返すばかりだった。

 一雄は、祭りの撮影に追われてしばらく連絡をしていなかったと思い、また香川に電話をかけてみた。
「あの、浜野ですけども……」
「小織さんの件でしょ? 返事が来たら、こっちから連絡するって言ったよね?」
 しつこいと言わんばかりの口ぶりだったが、一雄は引き下がらなかった。
「手紙と脚本、読んでくれたかどうかだけでも、先生から聞いてもらえませんか? 協力してくれてる人みんな、ずっとお返事待ってるんで」
 ため息が聞こえ、香川の口ぶりが一層ぞんざいになった。
「この際はっきり言うけどさぁ、返事が来ないってこと自体が、小織さんの返事なんだよ」
「えっ……」
「脚本読んで、こんなの話になんないって思ったに決まってるだろ? それとも、小織さんがグッと来るようなホン書けたって、自信でもあるわけ?」
「いや、それは……」
 自信など、あるはずがない。じいちゃんは褒めてくれたが、所詮「致命傷レベル」とまで言われた自分の脚本だ。
 それでも、じいちゃんと自分たちの熱意が伝われば、小織ちゃんは来てくれるんじゃないかと、望みをかけていた。
「じゃ、そういうことで」
 電話を切られ、一雄は途方に暮れた。

第九話に続く>

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※今回のトップ画像は、「能登のキリコ祭り」です。

※この物語はフィクションです。「珠洲市」は実在する市ですが、作品内に登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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中川千英子(脚本家)
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