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理想と現実と本屋讃歌

「本屋なんていう儲からない商売、大変でしょう、続けるのは」

小鳥書房の本屋を開店してからしばらくの間、私はこの言葉に滝行のごとく打たれ続けることになる。滝行と違って心身が浄められるどころか、不安が掻き立てられるだけなのだけど。“本屋=儲からない”の方程式を追究して答えあわせしようとするより、1日でも長くこの店が続くように1冊でも本を買ってくれたらいいのに…。そう思いながら、「たしかにそうですね。でも50年続けたいので、よろしくお願いします」と繰り返し返答し続けた。

“売上げ=利益”かと思いきや

本屋を開くべき建物(元スナック)を縁あってダイヤ街商店街に購入することができ、2019年1月26日に小鳥書房の本屋ははじまった。とはいえ一筋縄ではいかない。土地・建物の購入費用と、内装外装の工事費用、運転資金などのローン返済は月に20万円近くにのぼり、当然ながらそれはあくびでもしながら返せる金額ではない。店を構え、在庫を抱える商売を東京でするのはほんとうに大変だ。

しかも私が選んでしまったのは本を売る仕事。本は薄利多売の代名詞のような商品で、日本においては一般的に、本屋にとっての利益は新刊なら定価に対して2割ほど。定価1,500円の新刊が月に100冊売れたとしても、利益でいえばわずか3万円なのだ。3万円…。時給1,000円のアルバイトを1日8時間するなら週1勤務で稼げる金額だ。ローン返済の20万円を新刊を売るだけで稼ごうとするなら、月100万円を売り上げなければいけないことになる。こんなふうに考えていると、思わず「本屋なんてあまりに酔狂!」と叫びながら走り出したくなる。それでも私は本を売りたいのだ。求めてくれる人に本を届け、届けることで人とつながり、人と人をつなぎ、人と地域をつなぎ、育まれていく地域の変化をずっと見ていたい。行列ができなくてもいいから、なんとか店を維持して、地域の人にとっての「なくてはならない、なんでもない場」をつくりたい。

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“本屋=儲からない”の方程式は概ね正しい

理想はあっても、現実は思い通りにならないもの。本屋業を甘く見ていたわけでは決してないのだけど、当初は売上げを見てびっくりする月末ばかりだった。店が狭く、外の人通りも多くなく、やっている作業が多いため手が回らず、しかも店主の性格がのんびりしているためか、雨の日は高確率で売上げ0。晴れでも古書1冊しか売れない日も多々あった。

実際、「儲からないでしょ」とか、新刊と古書の区別がわかりにくいとか、店が狭くて本が少ないとか、そういったことをわざわざ伝えてくれる人は、概して本を買ってくれない。たぶん棚すら見ていない。なのにどうして店の欠点だけは店主に言ってあげようと思えるんだろう、と不思議だった。でも親切心で意見をいただけるのはとても貴重なことだから…とすべてを受け止めて、書棚を見上げて立ち尽くし、自信をなくして落ち込んだ。そしてそのうち心に決めた。「本を買ってくださるお客さんの言葉だけを信じよう」と。棚を見てくれない人による“儲からないでしょ経典”を聞きながら瞑想する術を身につけた。だんだん何度も訪れてくれるお客さんが増え、そのお客さんの言葉と存在を頼りにしながら、店としてのあるべき姿を模索できるようになった。

ちなみに小鳥書房は本屋でありながら、6年前にひとり出版社としてスタートした小さな出版社の事務所でもある。ほかにも別の出版社や地方自治体から編集仕事をお受けしたり、地域に開かれたシェアハウス「コトナハウス」の運営をしたりする、いわば「超地域密着のものづくり・まちづくりの現場」といえる。本の売上げだけでは到底ローンの返済分と生活費を稼げないけれど、得意なことと組みあわせることで場を維持しようとしている。独立書店と呼ばれる多くの個人の本屋さんと同じように、さまざまな工夫をしているのだ。それでもカッツカツだから、通帳残高に怯える日々を乗り越えるべく、今日もとにかく目の前の仕事と向きあう。

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本を信じて売る

本屋に限らず、どんな商売でもそうかもしれないけれど、はじめた当初は不安だらけなのだ。とくにひとりで店をやっていると。多くの人のなにげない言葉に一喜一憂し、暗闇のなか腹這いになって進んできたはずの道を簡単に見失う。だから、お客さんの言葉を信じて、そこから必死に考えた自分のやり方を信じて、自分が売っている本を信じる。それしかない。なにが正しいかなんて考えてもわからないのだから、信じるものを灯りに変えてとにかく歩き出すしかない。本屋としての完成形なんてない。ずっと店のあるべき姿を考え続けて、その模索は永遠に終わらないのだろう。

ありがたいことに、現在は小鳥書房にはすばらしいお客さんたちが来てくれて、いい仲間ができて、幸せな本屋業を営むことができている。でも、コロナ禍の煽りもあって客足は多いとは言えない。本を棚に差しておけば自動的に売れるわけではないから、つねに人の手を加える必要もある。「本屋さんって自由そうで憧れます」と言われることもあるけれど、本屋が自由なのはたぶん精神のほうで、肉体はむしろ不自由な部類の仕事だろう。それでも本屋であろうとしてしまうのだ。お客さんに手渡しするその本に、不器用な魂を込める。

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この記事を読んでくださっているみなさんは、そもそも本屋好きの人かもしれない。でももし「最近本屋に行ってないんだよね」という人がいたら、近くの本屋さんに足を運んで、じっくり見てみてほしい。POPを手書きして本の魅力を伝えたり、展示スペースを設けたり、喫茶やバーを併設したり、イベントを仕掛けたり、間借り本屋やシェア本屋の形をとったり、事務所と併設したり自宅の一部を開いたりと、それぞれの店の個性やスタイル、続けていくための工夫があるはずだ。客としての楽しみ方は無限にある。そして本を売るという酔狂な仕事の根幹には、火傷しそうにほとばしる店主の情熱がある。その情熱に触れたなら、気に入った本を見つけて1冊買ってほしい。地域と人との関わりが積み重なれば、その本屋は50年後もきっとそこにある。


*小鳥書房の本屋は4/29にリニューアルオープン。同日、お隣には新たに「書肆 海と夕焼」の実店舗が開店します!

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