間借りカフェから"ふんわりつながる”とりときハウス(府中市)
府中駅から7分。
飲食店の多いにぎやかな大通りから、ちょっとだけ住宅街に向かって歩いたところに「とりときハウス」はある。
ガラス張りの店内、中をのぞくと本棚や大きな絵画が。
一見するとカフェやギャラリーのように見える……。しかし、建物の脇にポストをいくつか見つけた。ぼーっと突っ立っていると、奥の方からぽつぽつと人がでたり入ったり。どうやらマンションでもあるらしい。
賃貸マンションでありながら、1階にはカフェやギャラリーなどのコミュニティスペースがある。「ふんわりつながる」をコンセプトとしたこの建物では、「住む場所」と「他人とつながる場所」が共存している。
なぜ、このような場所をつくろうと思ったのか。オーナーさんにお話を伺った。
満員電車からはばたく
オーナーである佐藤善久さん。
株式会社慈久舎(じきゅうしゃ)の代表であり、2019年にとりときハウスをオープンさせた。みんなから善(ぜん)さん、と呼ばれている。
もともと広告代理店に勤めていたという善さん。府中からの通勤は、いつも満員電車だった。
「肩がぶつかったら睨みあうような……なんでこんなに殺伐としているんだろう、という疑問が常にありました。」
都会に生きる人々のイライラ、モヤモヤ……。それらはひとつの”社会課題”として、危機感をもっていたそう。
その後、ベンチャー企業へ転職。
生活が安定していくなかで改めてその社会課題に向き合うように。
「人間関係の希薄さって住むところからはじまっていると思ったんです。『マンションに住んでいても隣に誰が住んでいるのか知らない』、『挨拶が返ってこない』というような……」
そこで、ひと同士が交流できるような環境づくりに自らチャレンジすることに。
府中の「とまり木」として
こうしてできたのが、「とりときハウス」。
ひと同士がゆるやかに交流できる、新しい賃貸マンションだった。
「とりとき」とは、鳥と木のこと。
ここでは、住人さんは”鳥”、マンションは”木”ということになっている。マンションの部屋には「かわせみ」、「めじろ」、「しじゅうから」と鳥の名前がつくという徹底ぶり。
鳥と巣、ではなく鳥ととまり木の関係値が「ちょうどいい」、と善さんは語る。
「他人のことなんか知ったこっちゃない、ていうコミュニティもあれば、逆にプライベートの全くないコミュニティもあったり、両極端なことが多くて。そのバランスがとれた環境ってなかなかないなって」
自分が望めばコミュニティに参加できるし、一人でいたければちゃんと一人でいられる。あくまで「とまり木」として出迎え、距離感をたもってくれる。とりときハウスのつながりは、他のコミュニティよりもゆるやかで、自由でやさしい。
「よく本屋と間違われるんですよ」
と、善さんが笑う。1階北側にはカフェスペースがあり、ガラス張りの開放的な空間になっている。店内には本棚があるため、外から見ると本屋にも見える。
ちなみに、私も見間違えていた。
「あの『駐輪禁止』のステッカー見て自転車屋さんかと思いました」
「それはね、2人目!」
さらに善さんが笑った。2人目かあ。どうやら、この世界のどこかに私と同じくらいぼーっとしてる”もう1人”がいるらしい。
でも、このカフェスペースには本当にいろいろな顔がある。
本が読みたいと思ったら本棚があって。
絵がみたいと思ったら絵画やオブジェクトもあって。
もちろん、コーヒーが飲みたいと思ったら注文できる。
どんな人に対してもとっかかりがある空間なのだ。
自転車はなさそうだけど。
”ふんわり”つながるシェアカフェ
このカフェスペース。実は”間貸しサービス”も行っているんだとか。
カフェのオーナーとなって、自慢のコーヒーやスイーツをお客さんに提供することができるのだ。
「お酒もあるんですね。」
カフェスペース内の冷蔵庫には酒類の瓶がいくつかあった。
「とりときとしては提供していないんですけどね。金曜日と土曜日の夜に貸している方がお酒をだしているので。」
どうやらこのスペースは借りる人によって、また表情を変えるらしい。
ちなみに、ワインを提供したい場合は相談ならのれるよと教えてくれた。以前ワインの学校通っていたそう。ソムリエの資格はもっていないのは善さん曰く「試験勉強がほんっとに苦手だから」らしい。わかるなあ。
シェアカフェのオーナーさんになった暁にはぜひ、コミュニケーションを楽しんでほしいという善さん。
「例えば、アクセサリーとかでもいいと思ってるんです。ここでアクセサリーを並べて、お喋りしながら販売する。飲食ができる人と一緒にやってもらったりとか……いろんな人を呼んで交流の場にしてほしい。」
これには、飲食業に全く関心のなかった私もどきっとした。
そんなに自由度が高いなんて。それだったら、と妄想を膨らませる。飲食と組みあわせてどんなことをしようかな。本とか、雑貨とか……。様々な人がゆるやかに循環し、心を通わしていくこの場所でなら、できることも多そうだ。
帰り際、改めて店内を見つめる。
そこかしこに善さんのこだわりが込められている、誰に対してもとっかかりのある、この空間。
鳥によっては、とまり木の枝を折って巣の材料にする種類もいるらしい。
私自身、とりときハウスでの時間を受けて”枝なるもの”を受け取ってしまったようだ。ひととのつながりから、いい枝だけを受け取って、少しずつ自分の巣をつくる。ずっと満員電車の中で過ごしていたら、そんな余裕は生まれなかっただろう。大切な時間だった。
「ふんわりつながる」という善さんの言葉を反芻する。まっすぐ帰るつもりだったけど、もうちょっと府中をまわろう、と思った。もう少しだけ、誰かと話をしてみたくなった。お店をでたとき、私はすでに鳥になっていたようだ。
執筆者:ことね
小鳥書房スタッフ。武蔵野美術大学 芸術文化学科4年。
すきな鳥はハチドリ。