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いつでも、流れている「現実」の世界:4


目には見えないけど、

「気」と言われれば
日本人には「なんとなく」

たまには感じる、
わかる気がするものだと思う。

昨年の11月に
「完全に風の時代に」入った、と。

精神世界、
スピリチュアリズムに関心がある方なら

2025年からの変化についても

それなりに感じていたり
情報を取り入れていたりしていることと思う。

50代になって
私もここまでの体験から

ようやく人に話せるくらいまで
目には見えない世界を把握してきた。

表現は、人それぞれ。

アートになったり、文章になったり
声の伝達になったりするんだろうけど。

「左脳優位」「効率主義」で
社会人生活を送ってきた立場で

さらに実家の家族は
そもそも見えない世界のことを

信じていないわけじゃないだろうけど
会話に出してくることがない。

目の前の現実的な生活が何かと忙しくて
それどころじゃないんだろうとも、思う。

そんな中で、
把握しやすい表現方法を

私なりに選択すれば
「自然界」を尊重しつつ

龍という存在にフォーカスして
彼らと仲良くしていく。

その言葉を用いる方が
「宇宙人」を表現するよりスムーズだ。

実際に私は自分自身を
生粋の地球人だと思っているし

宇宙由来かもしれない
龍の話を聞いても、

ただの左脳的な情報としてしか
今のところは受け入れていない。

お星さまを眺めていても
「帰りたい」とも
「仲間たちがいる」とも感じることはなく

地球の窓から夜空を眺めて
「今日は晴れているんだね〜、綺麗だな〜。」

そう鑑賞するに留まる。

星読みの学びは
それなりに続いてきたけど

どれがどの星なのか?
眺めてわかるのは

オリオン、シリウス、火星、金星くらい。
(10代で視力を大切にしなかったことは、後悔。)


それでも、思う。

人間は「ただの生き物」かもしれないけど、
精神力を高めることで「できること」は増えるし

人に影響を与えるほどの活動も、
地球生活をしながら、叶えられるはず。

人それぞれに
「お役目」が違うというだけのことで

だからこそ
「私」を大切にしながら

周囲の状況を把握する以上に
「自分自身」を知っていくことになる。

答えが外側に表現されることがあっても、
それが自分自身にとって正解なのかどうか?

それは常に「私」の内側にしかない。

長く「考えて」行動することに慣れて
「感じる」ことがわからなくなっていたものだけど。

入院生活という状況によって「感じる」しかなくなり
おかげさまで「考えられなくなりつつ」

感じて、行動を選択していくのが
現在の「通常モード」になった。

考えることが、大切なこともある。

今のところ、それは
「行動を決めてから」の話じゃないかな?と

私なりには、答えを出している。


続く。


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