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『どうせ殺すなら、歌が終ってからにして』に関して:その2 マイム・マイムと民主主義

初めまして。『ゴリラ裁判の日』で第64回メフィスト賞を受賞しました、須藤古都離(すどうことり)と申します。
前回に引き続き、メフィスト2022SUMMER VOL.4に掲載されました短編、『どうせ殺すなら、歌が終ってからにして』に関して書きます。

今回の短編では過激派組織アル・シャバブの支配が残るモガディシュを舞台にしました。アル・シャバブはソマリアの首都であるモガディシュから撤退しつつあるものの、人々は彼らの恐怖にさらされているという状態です。そのような状況下で、なぜ国連がタレント発掘番組を行おうとしていたのか、短編では書きませんでした。ここの部分を簡単に触れてみたいと思います。

前回紹介して、参考文献にもあげたNPRのラジオ番組では、タレント発掘番組に民主主義の価値を伝える要素があると指摘がありました。審査員、一人一人が投票によって勝者を決めるという点であったり、厳しい審査員のコメントを前に素直な感情を表現できる点などが、大事な要素だと語られています。
つまり、歌を取り戻すことでアル・シャバブによる心理的な支配を弱めるという側面だけでなく、ここには民主主義の導入という明確な目的がありました。

これはソマリアだけの話ではありません。戦後の日本でもGHQによって民主主義の導入が行われました。
私はこの分野の専門家でも、詳しいわけでもありません。政治的な主張をするつもりもありませんが、つい先日、偶然に面白い話を目にしたので、それを共有したいと思います。

マイム・マイム、と聞けば、多くの日本人は不思議なノスタルジアを抱くのではないでしょうか。
私は小学生の頃にとにかく踊らされた覚えがあり、ステップこそ覚えていないものの、永遠に続くメロディは未だに完璧に思い出せます。

ですが、このマイム・マイムがユダヤの音楽だと知っている人は意外と少ないのではないでしょうか?
ユダヤ人からすると、多くの日本人がマイム・マイムを知っていることがかなり不思議なことのようです。よく考えれば、「フィンランド人はみんなソーラン節を踊れる」みたいなことを言われたら信じられないですよね(もちろん嘘ですが)

上の記事から軽く要約してみます。
1920年代からの反ユダヤ運動によりヨーロッパのユダヤ人たちが、住み慣れた土地を離れざるを得なかった。シオニズム運動により様々な国・文化から集まったユダヤ人たちには共有できる文化がなかった。文化を共有するために典礼でしか使われていなかったヘブライ語を再び使うようにし、さらに既に忘れられてしまった古い文化を蘇らせる運動の機運が高まった。そのようにして古くもあり、新しくもある文化の中で最も成功したのがフォークダンスだった。
振付師によると、マイム・マイムとは「水よ、水よ」というような意味で、最初のステップは波を表し、輪になって踊るのは井戸から水が溢れてくるようなイメージだとのこと。このマイム・マイムはイスラエルが独立宣言をした1948年には既にとても流行っており、文化として根付いていたそうです。

一方、戦後の日本は軍国主義から民主主義への移行がGHQにより行われていたものの、国民の精神的な疲弊、虚脱状態が問題化しつつあったようです。そんな時に日本人を元気づけ、海外文化と良好な交流ができるように期待された活動が、なにあろうフォークダンスだったそうです。米軍のウォーレン・ニブロ氏はフォークダンスが民主主義の導入として効果があると考えていたようです。三笠宮崇仁様は1949年にニブロ氏のパーティーに招待され、それ以来、フォークダンスの普及に努められたそうです。

三笠宮様のような方が海外の方や、一般人と一緒に手を取り合って踊っている姿こそ、当時の日本人には考えられなかった、民主主義の第一歩だったのかもしれません。
1958年にはリッキー・ホールデンというダンス講師が来日して、マイム・マイムを伝えたそうです。この方は日本に来る前には台湾でフォークダンスを教えていたそうで、台湾でもマイム・マイムはヒットしていたとのこと。

とりあえず政治的なスタンスは置いておくとして。
民主主義の導入と、戦後日本人の慰安を目的として流行ったフォークダンス。そしてユダヤ人の文化再興を目的としたフォークダンスであるマイム・マイム。
この二つが結びついて、私たちの頭の片隅に残っているというのは、なんとも面白い話だと思いませんか?

こういった政治的、文化的な干渉は過去の話だけにとどまらないのでしょう。
ちょっとした小話でしたが、私たちの生活の一部分がこうした歴史的な動きの延長にあるというのは不思議な感じがしますね。

ところで、今の小学生もマイム・マイムを踊らされているのでしょうか?

それではまた。

須藤古都離





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