日本語を硏究する (4): 發音に關する調査
まづは見出し畫像をご覽ください (福山市神邊町にある廉塾の近くで2021年8月に撮影)。「ランゼリー」といふ文字列が氣になりませんか?
(A)
jelly [ˈdʒɛl.i] → ゼリー
(米國アニメのネズミ キャラ Jerry [ˈdʒɛɹ.i] はジェリーですね)
は今も健在ですが、
(B)
lingerie [lε̃ʒʁi] (佛) [ˈlɒn.ʒəɹ.i] (英) [ˌlɑn.ʒəˈrei] (米英) → ランゼリー (參考: ランジェリー)
は珍しいですね。僕は初めて見たやうに思ひます。ある言語において、他言語から(どの時期に)取り入れた單語がどのやうに發音されるかも、言語學の硏究對象です。
前囘記事
前囘は方言調査の種類を示しました。方言調査を調査項目の面から分類すれば、(i) 語句の發音や意味を調べるためのものと、(ii) それ以外のものとに分かれます。今囘は (i) のうち、發音に關する調査を具體的に記していきます。
音便 (= 音聲の交替現象)
日本語諸方言の發音に關して言へば、音聲の交替現象に興味があります。この現象は專門的には「音交替」、日本語學では特に「音便」と呼ばれてゐます。これがどのやうな現象であるかはあまり認知されてゐないと思ふので、まづは、例を擧げつゝ、解說します。
$$
\begin{array}{r:lll}
\text{(A)} & \text{a.} & \text{b.} & \text{c.} \\
\hline
1. & 分からない & 來るの & 文句あるか \\
2. & 分かんない & 來んの & 文句あっか \\
\end{array}
$$
(餘談ながら、noteで表かタブ文字かゞ使へれば、(A) のやうな例を綺麗に書けるのですが。と書いたところ、AyumiKatayamaさんに表の書き方を敎へていたゞきました。感謝感激雨霰)
人によっては、(A1) を (A2) のやうに發音しますよね。自分は言はないといふ人も、(A2) の發音を一度は聞いてゐるのではないでせうか?
(A1) と (A2) とを比べると、次のやうな音便が起こってゐることに氣づきます。
$$
\begin{array}{r:ccc}
\text{(A')} & \text{a.} & \text{b.} & \text{c.} \\
\hline
1. & ら & る & る \\
2. & ん & ん & っ \\
\end{array}
$$
音便の條件
音便 (A) は常に起こるわけではありません。たとへば、次のやうな音便は許容されません。
$$
\begin{array}{c:lll}
\text{(B)} & \text{a.} & \text{b.} & \text{c.} \\
\hline
1. & 分からず & 來るしか & 文句あるまい \\
2. & *分かんず & *來んしか & *文句あっまい \\
\end{array}
$$
("*" は不適格を意味します。)
前述の音便 (A) には發生條件があるのです。たとへば、音便 (A1)「ら → ん」は、ナ行音が續く時[*]にのみ起こります。
さらに言へば、音便 (A1)「ら → ん」は、出來事や狀態を表す單語群 = 動詞にのみ生じます。次のとほり、事物を指し示す單語群 = 名詞には、ナ行音が續いても、音便 (A1) は起こりません。
$$
\begin{array}{r:lll}
\text{(C)} & \text{a.} & \text{b.} & \text{c.} \\
\hline
1. & からのコップ & のらねこ (野良猫) & カツラに見える \\
2. & *かんのコップ & *のんねこ & *カツンに見える \\
\end{array}
$$
自然音類 (= 音聲のグループ)
個人的には、これだけでも充分面白いのですが、音便を通して、音聲のグループをとらへることもできます。鹿兒島縣中西部にある串木野といふ地域 (いちき串木野市の北部) の伝統方言を例に取って、このことを確認しませう。
$$
\begin{array}{l:lll}
\text{(D)} & \text{a. 黴} & \text{b. 勝ち} & \text{c. 柿} \\
\hline
\text{1. -は} & かびゃ & かちゃ & かきゃ \\
\text{2. -に} & かび & かち & かき \\
\text{3. -が} & かっが & かっが & かっが \\
\end{array}
$$
單語 (Da–b) の發音は (D1–2) のとほり違ひます。ところが、(D3) では3者閒の發音差がなくなるのです。(D3) を、(D1–2: 太字部)「び(ゃ)」「ち(ゃ)」「き(ゃ)」が「っ」に交替する音便と見れば、(D1–2: 太字部) の子音[*]/b/, /t/, /k/ は、特定條件下で同樣にふるまふ仲閒同士なのではないかとの見込みが立ちます。このやうな音聲のグループを「自然音類」と言ひます。
つゞく
しご]た ちん]ちん そつぁ たん]たん。もろ]た ぜんな] そつい] かえ]て [に]かと かっ とっの] がそりん]に しもん]で '仕事はテキトー、酒はグビ〴〵。貰った錢は酒に替へて、新しいのを書く時のガソリンにします' 薩摩辯 [/]: 音高の上がり/下がり