ニジダイコクコガネの魔力
ニジダイコクコガネとは?
ニジダイコクコガネとは何か、と問われるとまずは「糞虫の中の1グループ」という答えになるでしょうか。
糞虫とは、哺乳類等の糞を餌として生活するコガネムシの総称です。動物の糞には他にも陸生のガムシやハネカクシ等も集まりますが、これらを糞虫と呼ぶことはほとんどありません。
有名なところで言えば、かの昆虫記を記したファーブルが観察したスカラベ(フンコロガシ/タマオシコガネ)が知られるところでしょう。
もちろん、日本にも糞虫はいます。
特に奈良県奈良市の奈良公園付近には、天然記念物にも指定されている奈良のシカが排泄する糞に依存した糞虫ワールドが成立していることが知られています。
そんな糞虫の中でも、ニジダイコクコガネは北米〜南米大陸にかけて分布する糞虫です。
そして、一番の特徴はその色と形。
ニジ(虹)の名にふさわしく、きらきらと煌めく金属光沢をもつ種、まるでカブトムシのような角を備えた種など、魅力的な形態をした種が数多くいるのです。
今回は、そんなニジダイコクコガネの魅力、もとい魔力に取り憑かれた方、さらにこれから沼に足を突っ込む予定の方に向けて、少しでも役に立つかも…という情報を書き連ねます。
なお色々とリサーチした上で書き上げていますが、殆どの文献が海外モノのため、誤訳や解釈の誤りがあるかも知れません。
もし内容に誤りがありましたら、こっそりご指摘くださいませ。
ニジダイコクコガネの分類
一般にニジダイコクコガネというと、ニジダイコクコガネ族 Tribe Phanaeini を指す形で使われることが多いように思います(広義のニジダイコクコガネ)。
一方、狭義のニジダイコクコガネというとニジダイコクコガネ属 Genus Phanaeus を指すようですが、これらの用法にこだわる場面は普通に生きていたら無いでしょう。
今回の記事でニジダイコクコガネと記す際には広義のニジダイコクコガネを指すと思ってください。
あらためて、ニジダイコクコガネ族に含まれる主な属としては以下が挙げられます。
Dendropaemon
Coprophanaeus
Diabroctis
Oxysternon
Phanaeus
Sulcophanaeus
その他だと、Gromphas、Megatharsis、Borbitesなど6属をニジダイコクコガネ族に含めるようです(2024 8/5編)。
Dendropaemon
よくご存知の方からすれば、「なんでこれからやねん」とツッコまれそうですが、実はかなりカワリダネなニジダイコクコガネです。
というのは、糞に集まるのではなくアリの巣に居候する、好蟻性の糞虫であるためです。
この属のニジダイコクコガネは、脚の跗節に大きな特徴があり、種を同定する際には、後脚跗節の数や形状が重要になります。
生活史が不明な種も多く、得られる数の少ない「珍品」とされる種も多いです。
小さくマニアックな属ですが、写真の通り美しい金属光沢をもつ種がおり、ニジダイコクコガネに含まれるのも頷けます。
Coprophanaeus
さて、ここからが本番?、ニジダイコクコガネの本領発揮です。
この属には、かの雑誌BRUTUSの表紙を飾ったエンシフェルオオニジダイコクコガネCoprophanaeus (Megaph.) ensiferも含まれます。
このエンシフェルとランキフェルC. lanciferとボナリエンシス C. bonariensis の3種をあわせて、私は勝手にCoprophanaeus御三家と呼んでいます。
この3種ともう1種C. bellicosusは本属の中でも亜属Megaphanaeusとして分類されます。
また、サファイアニジダイコクコガネの名で知られるC. (Metallophanaeus) saphirinus もこの属です。
これらは有名な種ですが、他の大多数の種は暗くて地味な形をしています。
ですが、地味ながらさりげないポイントに金属光沢があったり、奇妙な形の頭角を備えていたりするため、コレクション欲をくすぐられます。
Sulcophanaeus
続いてはSulcophanaeus、この属には大変有名なインペラトールニジダイコクコガネ S. imperator や、ファウヌスニジダイコクコガネ S. faunus が含まれます。
ですが、これ以外の種については、あまり認知されていないのが現状でしょう。S. batesiやmenelas、leander辺りはたまに見掛けます。
まあ、美しさで言えばインペラトール、形の格好良さで言えばファウヌスが抜きん出ていますかね。
インペラトールは私も大好きな種で、色の変異個体を見つけては、ちょこちょこ集めています。
Phanaeus
お待たせしました。真打登場です。
ニジダイコクコガネと言えば、な種が多く含まれます。
例えば、デーモンニジダイコクコガネ Phanaeus (Ph.) demon は最も有名で人気のあるニジダイコクコガネと言ってもよいでしょう。
ゴールドグリーンの体色にも惚れ惚れします。
デーモンは入荷数も多く、入手は容易ですが、人気種ゆえ、やや高価です。
この属は挙げるとキリがありません。代表的かつ入手難易度が低い種を貼っておきます。
ニジダイコクコガネのコレクションを始めるとなれば、まずこの辺りの入手が容易で、かつ美しい種から入るのがオススメです。ニジダイコクコガネの「魔力」を十二分に感じられることでしょう。
Oxysternon
この属では、ミドリツヤニジダイコクコガネ Oxysternon (Oxy.) conspicillatum やフェスティブムツヤニジダイコクコガネ O. festiuvumが含まれます。特に前者は流通も多く、お財布にも優しいお値段ですので、ニジダイコクコガネ収集の取っ掛かりに、ぜひゲットしたい種ですね。
ただ、それ以外の種の多くは入手難度がグッと上がるため、見る機会も少ないと思います。
この属の特徴として、中胸の腹側から長い棘が前方に向かって伸びることが挙げられます。
この特徴から本属を「ハラトゲニジダイコクコガネ」と呼ぶ方もいます。
Diabroctis
5種のみが認められている小さな属ですが、有名なミマスニジダイコクコガネ Diabroctis mimas が含まれる属です。胸部から「ひさし」のように突き出る突起から、「ミマスヒサシニジダイコクコガネ」と呼ばれることもあります。
前胸の縁の部分だけがイエローグリーンに煌めく、控えめながら大変美しいニジダイコクコガネです。
さて本属、「5種ならコンプリートできるのでは?」と思うことなかれ。
日本で入手するとすればあと1種…ミラビリスニジダイコクコガネ Diabroctis mirabilisくらいでしょう。
しかもなかなかの珍品です。
大型個体では頭部にV字型の頭角が発達します。
ニジダイコクコガネ収集のてびき
さて、ここまで一般的にニジダイコクコガネと呼ばれる糞虫に含まれる属を簡単に紹介しました。
では、ここからは…どのように集めるか?です。
そもそも生きた状態では輸入されませんので、標本を入手することになります。
最近は便利な時代になったもので、ヤフオク、むしオークションと言ったオークションサイトでも入手できますし、今は個人で販売サイトを作り糞虫の標本を販売されている方もおられます。
また特に関東には標本を購入できる専門店も複数ありますから、そうしたお店に出向くのが一番のオススメです。
お店の方と話をすると、新しい知見も得られますし、なにより楽しい時間を過ごせます。
さらに、年に数回行われる標本即売会では、たくさんの標本をお値打ち価格で入手するチャンスです。
大きなところでいくと、9月秋分の日の大手町インセクトフェア、2月末から3月頭の浜松町インセクトフェスティバル、また関西でしたら3月春分の日に大阪インセクトフェアが行われますし、その他にも中小規模の即売会が行われます。
即売会については、以下をご参照ください。
インセクトフェア公式X
https://x.com/insect_fair?t=y_2Run5-h6y_ZUTypmngcg&s=09
インセクトフェスティバル公式HP
ニジダイコクコガネ収集時に役に立つ文献
ニジダイコクコガネにハマりたい!方向けの本
『きらめく甲虫』(丸山宗利 著)
昆虫本界のヒットメーカー、丸山氏による一冊。
多種多様な「きらめく甲虫」が掲載されているため、ニジダイコクコガネの掲載数はけっして多くはありませんが、「これがニジダイコクコガネかあ」と眺めるには、もってこいの一冊です。
『たくましくて美しい 糞虫図鑑』(中村圭一 著)
奈良市に「ならまち糞虫館」を創設された中村圭一氏による一冊。糞虫そのものから知りたい方には入門書としてオススメしたい一冊です。
本気でコレクションする方向けの本
『Les Coleopteres du monde The Beetles of the World vol.28 Phanaeini』(Patrick ARNAUD)
フランスの図鑑シリーズから。
2002年の出版とやや時間こそ経っていますが、今なおニジダイコクコガネ収集における必携書とされる一冊です。
美しい図版と簡潔に記された情報は、同定時に大変有用です。また、近年出版されているレビジョンとは異なり、ニジダイコクコガネ族を包括的に取り扱っている点でも他にありません。
ただし、特にPhanaeus属やOxysternon属などは近年、分類の大幅な再検討がなされており、注意が必要です。
その他文献
※ここで挙げる文献は、あくまでニジダイコクコガネを同定する際の検討材料としてご紹介するものです。分類の妥当性については言及しません。
また、拾いきれていない文献があるかも知れませんし、今後も再検討がなされていくものとお考えください。
Dendropaemon属のレビジョン。
出版は2016年。
Coprophanaeus属のレビジョン。
出版は2009年。
Sulcophanaeus属のレビジョン。
ただし出版が2001年なので、先に挙げたArnaud氏の著書の方が、単純に新しい
Phanaeus属のレビジョン。
出版は2012年。
Phanaeus arnaudiの記載文。
出版は2020年。
Phanaeus endymionの近縁種について、分類の再検討をしたもの。出版は2021年。
Phanaeus tridensの近縁種について、分類の再検討をしたもの。出版は2021年。
Oxysternon属のレビジョン。
出版は2004年とやや古めですが、以降分類の再検討がなされた話は聞きません。
Diabroctis属で現在知られている5種全てが図示されています。出版は2018年。
おわりに
これでもかと詰め込みましたら、とても長くなってしまいました。
ここまで読み切っていただいた皆さんは、既に底なし沼に浸かっている方か、浸かる覚悟を決められた方でしょうか。
この記事が特にこれからニジダイコクコガネを集めてみたいという方を、底無し沼に突き落とすきっかけになれば嬉しく思います。