#7119に救われたはなし
「搬送が遅れていたら、命はなかったかもしれません」
ICUで医師から聞かされた言葉に私は背筋が凍った。
緊急手術の原因は大動脈解離。
しかし、母は痛みを訴え始めたとき、「横になれば治る」と言っていた。
異変が起きたのは午前3時過ぎ。
「心臓が痛い」と言い出した。元々高血圧を持っていて、疲れが溜まっていたのもあり、「一時的に血圧が上がっただけ、すぐに戻る」と言う。ひとまずゆっくり横になって様子を見ようと思ったものの、「背中も痛い」と言い出した。「心臓」と聞いて私は少し怖くなったが、本人はいたって普通に会話もできるし、自立歩行もできるので「平気」と言い張る。
救急車を呼ぶべきか
自力でタクシーを呼んで救急に駆け込むべきか
明け方まで待って外来に行くべきか
選択に迷った私が思い出したのは、「#7119」の存在だった。
救急車不足が叫ばれている昨今、呼ぶべきか、呼ばざるべきか迷う場面がある。そんなときに、アドバイスをしてくれる、119の判断を相談できる番号だ。
私はとっさにその番号にかけ、母の状況をオペレーターに伝える。すると「救急車を呼んでください」とはっきりと答えてくださった。私はすぐに119のダイヤルを押した。
「消防ですか、救急ですか」
「救急です」
人生初の119に緊張が走りながら母の状況を伝える。元々服用している薬や、通院状況、持病などを聞かれ、答えに詰まる。普段離れて暮らしている母の現状はなんとなくしか説明できないことを恥じた。
途中で母が電話を代わり自分で自分の状況を伝えていく。
そして母から恐るべき言葉を聞く。
「救急車、呼ばなきゃダメですか?」
母はあろうことか救急車を断ろうとしていたのだ。
「ばか!呼んで!来てもらって!」
私が叫んだのがオペレーターにも聞こえたのだろう。電話のスピーカーから「今向かってますから」と声が返ってくる。
「いや、だってサイレン鳴らしますよね。まだ明け方前だし、近所に迷惑かかっちゃう」
私はびびった。自分が緊急だというのに、いたって冷静に周りを「真面目」に気にして「本気」で救急車を拒否しようとする母に。
私は叫ぶ。
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。私が外に立って、気付いたらすぐに消してもらうとか交渉するから」
「電話、娘さんに代わってください」
とオペレーターの声を救いに私は電話を受け取る。母が自分で保険証の準備をしようとするのを焦って座らせる。
「とにかく今向かってます。家の中で安静にしていてください。今普通に喋っていても、次の瞬間意識が失われることがあります。救急車が来る前に意識が無くなったらまた119に連絡ください」
と言われて終話した。本人はまだ「迷惑じゃないかな?」と心配そうにしているが、終話とほぼ同時にサイレンが聞こえてくる。
「来た!」
私は家を飛び出す。
母は救急隊員に連れられて「自分の足で」「意識明瞭」で救急車に乗って行った。
2時間後。
知らない番号からの着信。
「今検査中ですが、緊急手術になる可能性があります。すぐにご家族の方に来ていただきたい」
私は急いで病院へ向かい、緊急手術の同意書にサインを書いた。
8時間を超える手術を終えて、ICUに通されて話は冒頭に戻る。
「大動脈の内膜が剥がれていて、破裂の可能性もありました。破裂していたら命は助からなかったでしょう。緊急性が高かったため緊急手術の判断を行いました」
説明されて震えが止まらなかった。
もしあのとき、救急車を呼んでいなかったらー
今でも身が凍る思いである。
#7119の 「救急車を呼んでください」の一言が無かったら、呼ぶのを躊躇っていたかもしれない。
119の「救急車向かってますから」の言葉が無かったら、断ってしまっていたかもしれない。
現在、無事に一般病棟で回復に向かっている母を見て、今でも私は泣きそうになるのだ。オペレーターの方に、救急隊員の方に、救急救命士の方に、言っても言い切れないほどの感謝の念でいっぱいである。
救急車不足のニュースに、呼ぶべきか、呼ばないべきか、悩む瞬間は誰にでも訪れる。その時はぜひ、#7119を選択肢に入れてもらいたいー
とここまで書いてふと気付く。
「これ全国共通?」
調べてみると令和元年12月現在、実施団体は全国で16。
そのうち全域で行ってるのが11ー
宮城・茨城・埼玉・東京・新潟・大阪・奈良・鳥取・山口・徳島・福岡一部地域で実施が5ー
札幌市周辺・横浜市・神戸市周辺・田辺市周辺・広島市周辺
別番号で独自で設けている団体が4ー
山形・栃木・千葉・香川
でした。
※出典:総務省消防庁(2020年10月4日閲覧)https://www.fdma.go.jp/mission/enrichment/appropriate/appropriate006.html
皆様のお住まいの地域は入っておりましたでしょうか?
消防庁は現在、#7119の更なる普及を目指しているようであります。
もしもに備えて自分の地域が該当地域か、代わりになる連絡先はあるか、調べておくことをおすすめしたいです。
「まさか」は誰にでもー自分に起こりうる話であったことを痛感したはなしでした。
蛇足ながら、本人の感覚より周りの方が冷静なこともあります。「いつもと違う」「今までにない」「呼んだ方がいい」そう思ったときはなにかしらの行動をとるべきだと思います。
最後まで読んでくださってありがとうございます。