雨と喪失
薄いねずみ色の空が広がる朝、私たちはロータリーで待ち合わせて日本海に向かった。
なぜか突然「海に行こう、日本海に」という話になって、その人と2人で出かけることになった。
車の中で何を話したかは、ほぼ覚えていない。
まだ免許を持っていなかった私は、自分で運転して好きな場所に行ける自由さを羨ましく思っていた気がする。
そして明確に残る記憶は、目の前に広がる海を見たときの高揚感と、車を降りて歩いた足の裏で感じる砂浜。
それともう一つ。
細かく細かく降る雨。
まるで銀の糸のように、しゃらしゃらと私たちの上に降ってきていた。
私たちはただただ糸を手繰るように海辺を歩いた。
空はずっと鈍色のままで、灰色の海と遠くで繋がっているように見えた。
帰りの車でも何を話したか全く覚えていない。
けれど気まずかった記憶はなく、ただただ2人で何かを話し続けていた。
自分の感じたこと、思っていることを話し、その人の感じていること、思っていることを聴いて、またそれぞれのことを話す。
どこまでも話し続けられた。
時折訪れる沈黙さえ、それぞれの時間を大切にしている気がして心地よかった。
もう何年もこうして同じ時間を過ごしてきたような気が、少しした。
流れる空気が、2人の間で創り出される空気に様々な色がつくようだった。
そして朝待ち合わせたロータリーで「またね」と言って別れ、私は家までの道を歩いた。
雨はまだ優しく降っていた。
もうすぐ梅雨が明けると聞いた、生ぬるい空気がまとわりつくような日のこと。
そのときには気づかなかった。
静かに静かに恋が始まっていたことを。
私がその気持ちに気づくのは7か月も後のことで、
想いが通じたのはそこから2か月後のことだった。
季節は春になっていた。
その日も柔らかな雨が降っていた。
それから一緒に過ごした年月も、それぞれが過ごした日々も過ぎ、もう会うこともないのだろうと思う今。
静かな雨が降る日には、真っ先にあの日の海が蘇る。
あのときの私は気づいていなかった、大好き、という気持ちとともに。
どれだけ雨が降っても、流れていかない記憶。