「肩車」は「SHOULDER car」ではないんですが
本日、8月16日に配信された記事です。
『年俸は232億円!アル・ヒラル加入が決定したネイマール、なぜ31歳でサウジ行きを決断したのか 「望ましい場所だと信じている」』
https://www.soccerdigestweb.com/news/detail/id=137462
最近、有名サッカー選手が続々とサウジアラビアに移籍する流れがありますが、最新の事例ということになります。
そんなネイマール選手が7月に当時の所属チームの一員として来日した折のこと。
大阪のお好み焼き店で彼がカウンターに立ち、両手にコテを持ってチームの仲間に焼いてあげている姿が配信され、SNSで話題になったそうです。
こちらの映像です。
https://twitter.com/psgcommunity_/status/1683385971297992704
次に別の有名人、俳優の阿部寛さんにご登場願いましょう。
今夏放映中のテレビ・ドラマの1場面で、阿部さん演じる人物がもんじゃ焼きを作るところがあったそうです。
過去に出ていたドラマでも同じくもんじゃを焼くシーンがあったそうで、その繋がりが反響を呼びました。
『「VIVANT」阿部寛、“もんじゃ焼き”演出に過去作思い出す視聴者続々「伝説だった」「久しぶりに観れた」』
https://news.yahoo.co.jp/articles/a78848e92fea14eedca7be69cb43dfed3e982301
「阿部が主演を務めたカンテレ・フジテレビ系ドラマ「まだ結婚できない男」(2019年)では、阿部演じる桑野信介が、稲森いずみ演じる岡野有希江とのデートでもんじゃ店へ。桑野は焼き方にこだわりを持ち、ダイナミックで素早いコテさばきを見せたが、有希江がそれを受け入れられず、崩して作り直していた。
このリンクに、視聴者からは(中略)「阿部さんともんじゃの組み合わせ久しぶりに観れた」(中略)「『VIVANT』でもコテさばきが観れるなんて」(中略)といった反響が寄せられた。」
お好み焼きでももんじゃ焼きでも、サイズこそ違えどコテが調理器具として使われます。
コテはヘラの一種です。
「へら【篦】竹・木・象牙 (ぞうげ) ・金属などを細長く薄く平らに削り、先端を少しとがらせた道具。布や紙に折り目や印をつけ、または物を練ったり塗ったりするのに用いる。」
(小学館デジタル大辞泉)
この「箆」が今回投稿で取り上げる単語の数々への入口です。
「箆」から「剣」へ
箆は英語でspatulaスパチュラです。(「パ」を強く読んでください)
ヘラジカ(箆鹿)という動物がいますが、角(つの)が箆のように平たいことから名付けられました。では英語では「spatulaナントカ」と称するのか、と言うとそれは別の話で、elkとかmooseと呼びます。
spatulaは例えばこんな感じで文の中に出てきます。
「Add the oil and deep fry the pork, stirring with a spatula to break it into small pieces.
(油を加えて豚肉を揚げてください。箆を使って掻き混ぜ、豚肉が細かく分かれるようにしてください)」
(sentencedict.com)
spatulaはラテン語から来ていますが、spadeスペイドと語源的つながりがあります。
「踏みすき,スペード 《★【比較】 spade は通例幅広い刃のついたシャベル状の農具で,足で押して土を掘るのに用いる; shovel は石炭・砂などをすくって移動するのに用いる》.」
(研究社新英和中辞典)
トランプの「スペード」、つまり「♠」はこの道具から来た名前です。
すき(鋤)には刃物的要素がありますが、本格的な刃物である「両刃の剣」をフランス語でépéeエペと言い、やはり語源的なつながりがあります。
フェンシング競技の種目の1つとしてその名をお聞きになったことがあるかもしれません。(他の2種は「サーブル」「フルーレ」)
「剣」から「肩」へ
spatulaやépéeと語源的なつながりを持つ別の単語として、フランス語の「肩」であるépauleエポルが挙げられます。
文字通りに体の部位「肩」としても、責任を担うという文脈で比喩的に使われる「双肩」としても使えます。
「【porter】un fardeau《sur les épaules》
重い荷物を《肩に》【担ぐ】
La responsabilité【repose】《sur ses épaules》.
責任は《彼(女)の双肩に》【かかっている】.」
(小学館プログレッシブ仏和辞典;カッコ類は引用者が付けた、以下同様)
このépauleに、「小」のニュアンスの接尾辞-etteを付け加えた単語がépauletteエポレットであり、「肩パッド」や軍服の「肩章」を意味します。
これは英語にも輸入されてepauletteあるいはepauletというつづりで使われます。
shoulder
語源的つながりはありませんが、「肩」ということで英語のshoulderを見ていきましょう。
ジーニアス英和大辞典によると「平たいもの→肩甲骨」が原義であるそうですよ。
基本的な使い方
こちらもフランス語épaule同様、文字通りの「肩」、責任を担う「双肩」のどちらもありえます。
「He【was carrying】the child《on his shoulders》.
(彼はその子供を《自分の肩に》【担いでいた】)」
(Kernerman English Multilingual Dictionary)
「The future of our country【rests】《on your shoulders》.
わが国の将来は《諸君の双肩に》【かかっている】.」
(研究社新英和中辞典)
語源的つながりという点ではドイツ語のSchulterシュルタがshoulderの仲間です。(以下の例文に出てくるSchulternシュルタンは複数形です)
「Er【nahm】ein kleines Kind《auf die Schultern》.
(彼は小さな子供を《肩に》【担いでいた】)
「Die ganze Verantwortung【ruht〈liegt〉】《auf seinen Schultern》.
全責任が《彼の双肩に》【かかっている】」
(小学館プログレッシブ独和辞典)
比喩的な方のshoulderが歌詞の中に出てくる曲で最も有名なのはThe Beatlesの『Hey Jude』かもしれません。
「Don't【carry】the world《upon your shoulders》.」
次の動画を字幕をONにしてご覧になると、1:55辺りからその一節が現れます。
『The Beatles - Hey Jude』
https://www.youtube.com/watch?v=A_MjCqQoLLA
これを仏・独訳するとどうなるか、検索してみたら以下のような文がヒットしました。
「Ne【porte】pas le monde《sur tes épaules》.
【Trag'】nicht die Welt《auf deinen Schultern》.」
先程まで見てきたのと同じ構図です。
慣用表現
辞書を引くとshoulderにはいろいろな慣用表現がありますが、「shoulder to cry on」というのを取り上げてみます。
直訳すると「そこに顔を押し当てて泣くための(他人の)肩」ということになります。
こちらのページの写真のようなイメージでしょう。
https://www.linkedin.com/pulse/search-shoulder-cry-digital-life-has-deprived-us-our-social-joshi
英英辞典にはその意味合いがこう載っています。
「1: a person who gives sympathy and support
(同情・支えを与えてくれる人)
2: sympathy and support
(同情・支え)」
(Merriam-Webster)
というわけでこの表現は、見た目上shoulderという①「体の部位」でありながら、内容は②「人」であったり、同情などの③「与え・与えられる抽象的なもの」であったりするわけです。
いくつか実例を掲げます。
「I am so lucky that my mother is my shoulder to cry on.
(母が、同情して支えてくれる存在なので私は幸運だ)」
この場合はmy motherとbe動詞で結ばれてイコールの関係であるので、shoulderは内容的に②「人」として使われています。
「He offered me a shoulder to cry on when my husband left me.
(夫が私のもとを去った時、彼は同情・支えを私に与えてくれた)」
(Merriam-Webster)
ここではofferの直接目的語なのでshoulderは③「与え・与えられる抽象的なもの」であると言えます。
ここで再びThe Beatlesの登場です。
『Any Time At All (Remastered 2009)』
https://www.youtube.com/watch?v=WuB7F-gRdJo
歌詞の中に次の一節が出てきます。(1:22辺り)
「When you need a shoulder to cry on, I hope it will be mine.」
when節の中の「a shoulder to cry on」が主節ではitで受けられていて、それがbe動詞でmineとイコールで結ばれています。
「私」ではなく「私のもの」なので、②「人」として扱われているのではなさそうです。
それでは、③「与え・与えられる抽象的なもの」だとして訳を作ってみます。
「君が1つの【同情・支え】を必要とする時、その【 】が僕のもの[=my sympathy and support僕の同情・支え]であることを望む」
あるいは単純に、①「体の部位」としてみます。
「君が1つの【そこに顔を押し当てて泣くための(他人の)肩】を必要とする時、その【 】が僕のもの[=my shoulder僕の肩]であることを望む」
①と③のイメージを重ね合わせて考えればいいでしょうか。
動詞用法
shoulderを動詞として使うと、➊「肩に担ぐ」と➋「肩で押す」の2種類の動作に使えます。
➊の例
「【shoulder】a heavy load
重い荷物を【背負う】.
You must【shoulder】the future of the company.
諸君はわが社の将来を【双肩に担わ】なければならない.」(同)
➋の例
「He【shouldered】the swing door open.
彼は【肩で押して】そのスイングドアを開けた.
He【shouldered】his way through the crowd.
彼は群衆を【肩で押し分けて進んだ】.」(同)
肩を「竦(すく)める」
肩に関する動作として「竦める」というものがあります。英語ではshrugという動詞を使います。
「(両肩を)すくめる(◆両方の手のひらを上にして;無関心・軽蔑・疑問・不快などを表す)」
(小学館プログレッシブ英和中辞典)
この画像のような、あちらの映画・ドラマなどでよく見かける動作です。
https://pixabay.com/illustrations/shrug-shrugging-woman-confused-7360167/
例文をどうぞ。
「He only shrugged his shoulders when we asked for directions.
私たちが道順をたずねたら彼はただ肩をすくめただけだった.」
(大修館書店ジーニアス英和大辞典)
「'I don't know,' Anna replied, shrugging her shoulders.
(「知らないわ」とアンナは応えて、肩を竦めた)」
(オックスフォード現代英英辞典)
ロシア生まれのアメリカの作家・思想家であるAyn Randアイン・ランドの作品に『Atlas Shrugged』というのがあります。
直訳すれば「アトラスは肩を竦めた」となりますが、アトラスとは例のギリシャ神話の神であり、天球を担いでいる姿で描かれます。
「ティーターン神族がゼウス達との戦い(ティーターノマキアー)に敗れると、アトラースはゼウスによって、世界の西の果てで天空を背負うという役目を負わされる事となった。この役目はアトラースにとって、苦痛を伴うものであった。」
(ウィキペディア)
この小説では、傑出した能力を持っていて世界を支えている個人という意味合いの喩(たと)えとなっています。
そしてアトラスが「肩を竦める」とはどういうことか。
「このタイトルの意味は、登場人物フランシスコ・ダンコニアとハンク・リアーデンの会話で明らかになる。ダンコニアはリアーデンに「もし努力すればするほど世界が肩に重くのしかかってくるアトラスに出会ったら、どうしろと言うか?」と尋ねる。リアーデンが答えれずにいると、ダンコニアは「自分なら肩をすくめろと言う」と言う。」(同)
肩を竦めながら「知るか!もう担ぐのは御免だね」と言うのでしょうか。
この作品は非常に売れるそうで、西暦1957年/昭和32年の発売にもかかわらず、
「2009年の総販売部数は50万部を超え、2011年には44万5千部が売れた」(同)
というロング・セラーぶりです。
もう1つ『The Fountainhead』(水源の意)という人気小説をカタログに持っている作家ですが、作品群が我が国で翻訳出版されたのは非常に遅かったようです。
『The Fountainhead』(西暦1943年/昭和18年)が『水源』という邦題で、『Atlas Shrugged』が『肩をすくめるアトラス』として出たのがどちらも西暦2004年/平成16年のことでした。
内容が日本人の感覚に合わなくて売れないだろう、とでも思われたのでしょうか。
お読みいただき、ありがとうございました。ではまた。