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北白川の深夜喫茶でラムココアとレモンケーキを。【フードエッセイ】

京都北白川のあるビルの2階。
百万遍の角にピザ屋があるのだが、その筋を北白川方面に進んでいくと店は急に現れる。
目の前の壁にはレコードと何も書かれていない木のふだが。それが深夜喫茶しんしんしんへの入り口だ。

奥まった細い階段をのぼり、重みのある扉をあたらないようにゆっくり開ける。
そこに待っていたのはオレンジ色の薄明かりの空間と流れるレコードの音だった。目の前にはえんじ色でベロア素材の小さな椅子2脚と太く短い木のカウンターがある。使い終わった煙草の箱がフィギュアのように綺麗に丁寧に並べられていた。

空間は10畳も満たないくらいといったところか。
左を見るとソファーがずどんと真ん中に置かれている。一番奥には窓があって、窓下には小さな細いカウンターのようなテーブル席、その横には謎の畳とちゃぶ台、そして私たちが座った小さなテーブル席。
まるで日本版不思議の国のアリスのようなレトロルームだ。

しばらくすると、店奥の暖簾をひらりとめくって店員さんが、静かに落ち着いた柔らかい声で”失礼いたします”と、お水とメニューを持ってきてくれた。暖簾はおばあちゃんの家にあった台所のレースのようなもので、なんだか懐かしさを覚える。

絨毯、とても素敵な柄

色々あるメニューに悩み、ふと左を見たら壁一面に占めている緑黒板の掲示板を発見。そこにおすすめの「ラムココア」と「レモンケーキ」が書かれていたので、なんだかそういう気分になったのでそれにすることに。
掲示板には「犬散歩できる人募集中」というようなものが書かれていた。どうやらここにはメニューだけでなく、お客さんが自由に書けるようなシステムになっているらしい。

待っている間、テーブルの横の壁にはハシゴがかけられていたのが気になった。その上には何が置いてあるのだろうかと少しワクワクする。
子供の頃、家に2段ベッドがあって、弟とどっちが上になるかよく揉めていた。上の方が秘密基地感があって楽しいから、私は何がなんでも譲らぬ精神で弟をどかしていた記憶がある(弟すまない)。

そうこうしているうちにラムココアとレモンケーキが運ばれてきた。
ラムココアはほんのりと温かい感じで猫舌の私でもすぐに飲むことができた。ココアの甘さとほんのりと効いたラムのダークさが絶妙で心奪われる。
そしてレモンケーキには2つフォークが添えられていて、店員さんの心優しさを感じた。

2つのフォークが店員さんの愛

そんな2つをおともに、互いの両親のこととか今年こそ行きたい旅行計画を話し合った。
レコードからは大滝詠一の風立ちぬが心地よく流れていて、京都の夜の喫茶店にとても馴染んでいた。
あっという間に時は流れ、気がつけば23時前だった。
もう明日の仕事に向けて家に帰らなければいけない。

お会計を済ましたらお姉さんが静かにゆったりと「おやすみなさい」と言ってくれた。
しんしんしんという名にふさわしいような細やかな言葉。
店を出ると北白川の凍える夜の寒さで、さっきの時間が幕が閉じてしまった焦燥感を抱いたが、あのお姉さんの「おやすみなさい」の声で浸ることができ、夜の京都を少し急足で帰った。

おうちに着いたらダイソンが首を振って待ってくれていたので、部屋中が暖かさに満ちていて、静かだったお家は暖かさに満ちていた。

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