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『りかさん』と 澱のようなエネルギーを癒すということ

縁があって、最近友達から『これ好きだと思う』と
梨木果歩さんの『りかさん』を手渡された。
『りかさん』は、
ある女の子に祖母から送られた市松人形。
不思議な力を持っていて、
他の人形やその持ち主が経験した人生の場面や
強すぎる感情の澱のようなものを
吸い取って、整理する力を持っている。

普通のリカちゃん人形を欲しがっていた女の子が
日本人形の『りかさん』に出会い
他の人形を通して
いろんな人が体験した経験を
人形を通して見て感じる物語だ。

中でも、
戦前の日本にアメリカから親善大使として
送られた青い眼の人形が経験した
かわいがられる対象だった人形が体験した
残忍な経験が人形という形魂にのこした
怨嗟のような疼きを
『りかさん』とともに女の子が
ほどき、解放していく場面が圧巻であった。

国という集団の
集合意識同志の戦いがもたらした
重く、醜いエネルギーのぶつかり合いが
人形という形魂の中にどのように残り、
その重さが
その人形にゆかりの係累に
形を変えてのしかかる様子は、
寓話の中の出来事にとどまらない。

今、私たちが体験している
目に見えないものを仮想敵とし、
無益な混乱を引き起こしている原因の根っこを
解きほぐすには、
善悪や、好し悪しの二元論から抜けていくしかない。
正義のための戦争も
真偽のための分離ももういらないのだから。

『りかさん』とこの少女が見出した
ひりひりする痛みを溶かすような
癒しの場面。

現代の私たちの奥底にある
重く醜い集合意識の疼きを溶かし変容させ
対立による分離と恐怖に踊らされぬよう
成長するための
手掛かりになるのではないかと思う。


梨木さん語録による『よい人形とは』


りかちゃん人形を欲しがっていた女の子のところに
祖母のところから、お人形が送られてきた。
少女の思いに反して、送られてきた人形は、
黒い髪の市松人形の『りかさん』
少女ががしみじみとその箱を見て
悲しくて溜息をもらすところから始まるこの物語。
そして祖母は、少女にこう書いて伝えている。

「りかは、とてもよい人形です。
それは、りかの今までの持ち主たちが、
りかを大事に慈しんできたからです。
ようこちゃんにも、りかを幸せにしてあげる責任があります」

そして作者は『人形』の役割をこう説明するのだ。

「人形の本当の使命は、生きている人間の、
強すぎる気持ちをとんとん整理
してあげることにあるの。
木々の葉っぱが夜の空気を露にかえすようにね」
「気もちは、あんなり激しいと、濁っていく。
いいお人形は、吸い取り紙のように感情の
濁りの部分だけ吸い取っていく。
これは技術のいることだ。
なんでも吸い取ればいいというわけではないから、
いやな経験ばかりした、修練をつんでいない人形は、
持ち主の生気まで吸い取りすぎてしまうし、
濁りの部分だけ持ち主にのこして、
どうしようもない根性悪にしてしまうこともあるし」

大昔、まだ祖父の古い家があったころのこと。
床の間にポツンと飾られていた日本人形。
あの人形が妙に不気味で、泊まりに行ったときに
怖くて足を延ばして眠れなかった、小さな時のことを思い出した。

小説「りかさん」の前半は、こうして少女のもとに届けられた
りかさんのいわば人形の形に宿った
形魂(かただま)を通して、少女がいろんな人形の
経験してきた思いを見て、感じる。



黒こげの西洋人形『アビゲイル』の見せるもの


少女が、最後にであったのは
黒こげの西洋人形の『アビゲイル』。
両腕と片足がもげ、
片目がつぶれ、もう片目は閉じることができなくなった
満身創痍(まんしんそうい)の人形。

「りかさんの」が少女に見せたものは、
戦前に日米の親善大使として送られ
あこがれの的として送られた
青い眼のお人形の誇らしい姿。喜び。
そして少女たちの憧憬(しょうけい)のまなざし。。。

両国の関係の悪化によって
人形に火の粉がかかりそうになるのを
そっとかばう教師。
『あんたみたいなかわいらしい人形をつくる国が
鬼畜の国だとは、どうしても思えないわ』とつぶやく少女。

おなじ時期に送られた人形たちの行く末を示す
『米人形を火あぶり。あっぱれ小国民の決意高揚』
と書かれた新聞記事。

そして人形のアビゲイルに起きた場面。
ー敵愾心高揚(てきがいしんこうよう)のために、
この人形を使って刺殺訓練を行う
として少女たちが人形を竹やりで刺す場面。

そしてアビゲイルに、ことさらの親近感を抱いていた
少女が、ひるんでいる。
すると男性教師からビンタをされて、強制されて
人形の痛みを感じながらも、
無理やりに竹やりで刺す場面へと続く。

途中、人形のアビゲイルは
絶え入りそうな声で
『ママ~』と鳴くのだ。

ことのほか、アビゲイルに思いを寄せていた
多感な少女は、その後、急速に体調を弱らせ
後を追うようになくなるのだ。


作者が描くのは、
70数年前の日本とアメリカの間に起きた
重い歴史のはざまにあったであろう人形に形を変えた
人の闇だろう。

作者の描くこの話では
70年昔にさかのぼる人形の『アビゲイル』が経験した
感情が焼け焦げたままにその人形に残り、
戦争が終わり、
時代を経ても、人形に関係する人が
今その思いを受けて病を得て苦しんでいる。


人形の『りかさん』の癒しの場面

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ー この子を楽にしてあげよう。
  と、人形の『りかさん』は少女にいうのだ。
ー でもどうやって?
 
ーアビゲイルは、かわいがられることが使命なの。
 かわいいって言って、抱きしめてあげて。
 りかさんの声が懇願するように届いた。
 
アビゲイルは、煤けた、真っ黒の体。かろうじて頭髪二、三本が残っている。かっと見開いた瞳が恐ろしい。どうやったらかわいいって言えるのか。
かわいそうには見えても、かわいくは見えない焼け焦げた人形を前に
たじろぐ少女に「りかさん」はいう。

かわいいという言葉を胸の奥に抱いてみて。そして、かわいいという感じがどんどん広がって行くように、力をだして。
中略
「りかさん、なんだかあったかいものがいっぱい詰まってきた感じだよ」
そしたら、アビゲイルを抱いてあげて。包み込むように抱いてあげて。

傷ついた人形を抱き上げた少女が感じたものは、
焼けつくような痛み。
そして、やけどのあとのようにひりひりとしてきた。
自分のどこか奥の方から、
決して絶えることのない泉のようにあるれるものがあり、
それはしばらくアビゲイルの「ひりひり」と拮抗していた。
やがてあまりにも「ひりひり」がはげしくなり、
声を上げそうになるのだが、
やがて前にも増して温かく、
穏やかな慈しみの川のようなものがながれだし、
アビゲイルの存在の痛みまでくるんで流していったかのようだった。




人間がこの世に存在させてしまったものは、
人間が溶かしていく

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「りかさん」に描かれる魂の癒しの場面をみて
これは、果たして70年をさかのぼる
過去のことだけだろうかと思った。

人間が敵と味方に分かれて対立させられることから来る
「途方もない悲しみ」と「やるせなさ」。

人が切り離されて、本来の穏やかな心のありようを
否定され、争いと恐怖へと駆り立てられる
目に見えない力。

集団の力のゲームに気おされて
本来は守りたいものを、刺さなくてはならない痛み。

外側から押し寄せる情報や圧力に流されて
本質を見失い、本来の真実が見えない苦しさ。

これは皆、まさに今、
私たちの身の回りで起きていることではないだろうか?


「りかさん」の作者が、祖母の言葉に託して少女に伝えた
よい人形の使命の下りは、実は私たち一人ひとりに
そのまま当てはまると思うのだ。

形なき魂の世界からこの世界に降りてきた私たち。
肉体を持ち、
感情を経験し
肉体を持つ喜びと悲しみと、
そして分離を経験してもどかしさも
重苦しさも経験している『天界の人形』としての
私たち。

この肉体を形づくるDNAの鎖は
何世代もさかのぼる祖先のやるせなさや
悲しみを、ともに背負ってこの肉体に宿っている。
そして、
まるで人形たちが引き受けてきた人間の
強すぎる思いのように
眼には見えない世界でぶつぶつと
日々つぶやいているのだろう。

そして、私たちが日々体験するこの現実という
夢うつつの世界に
過去の『天界の人形たち』が
昇華しきれなかった思いを、解き放ち、
また光へと戻ってゆけるその時を待っているのだろう。


この肉体の一身に重い感情も
醜い感情も、
やりきれない感情をも体験したならば、
りかさんのように「強すぎる感情をとんとんと整理して」
行く必要があるのだろう。
まずは、自分の身から。

そして自分の身を整理したならば
願わくば「りかさん」のように、
一身に重みを携え生きているほかの人形の来し方を
映し出し、「とんとんと整理する」人形になりたいものだ。



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