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それほど明るい人間ではない。

懇親のために開かれたスタッフ同士の飲み会。

「ちょっと自分の仕事が忙しくて。すみません欠席でお願いします」

嘘をついて行かなかった。
そしてその夜、noteを書いていた。

大勢集まる飲み会が好きじゃない。ひとり一人とじっくり喋る時間がないのと、声が大きい奴の話を聞かなくちゃいけないことがしんどい。
飲み会の次の日、昨日の飲み会は一体何の話題で盛り上がったのか。まったく記憶に残らないから、顔を出して帰ればよかったなぁと毎回後悔する。もう、いっそのこと嘘をついて行かなかった。誘われなくなって寂しかったら自分から誘えばいいだけのこと。

最近介護のエッセイを書いていて、なーんか暗い文章になっていくなぁと、どうしたもんかなぁと考えている。

介護・介護現場で起こる出来事をもとに、介護の見方をポジティブに変える・介護の気づき・介護の楽しさを伝えるツッコミ目線の笑えるエッセイを描いています。

自分のプロフィールの引用

嘘つけよと。笑えねーじゃねーか。

介護というテーマ自体が笑いとは水と油の関係にある。笑いを意識しすぎると不謹慎になるから。いやシリアスな場面が多いからこそ、そのことがフリになり笑いや感動につながる場合もある。できれば笑い飛ばしていけるようなエピソードを書きたい。

そこで邪魔をするのが己の性格。どうしても切ない方向へと歩みを進めてしまう癖がある。これは何となーく、笑いのツボに近いものがある。
ぼくが腹を抱えて笑うことには哀愁や切なさのニュアンスが含まれていることが多い。

嫁のエピソード。ここ数年で一番笑った。
内臓から刺激されているのかと思うぐらいおもろかった。

23年売れていなくて、ビル清掃のアルバイトをしながら芸人を続けている中本さん(ツーナッカン 左)のエピソードが破壊的だ。「人間まるだし」Netflixの全裸監督キャッチコピーは、中本さんに送って欲しい。

ぼくは芸人当時、中本さんにめちゃめちゃお世話になった。飲みに連れていってもらったり一緒に銭湯にいったり。バイト先も一緒だったし。中本さんにイジってもらって芸人のイロハを覚えていった。これがまさに又吉さんの
火花」の世界観そのものだ。
あの世界にずっといるんだなぁと思うと。これは一度一般社会から外れた人間にしかわからない、畏敬の感情というか念とうか。売れてないから面白くないでは決してない。この人はめちゃくちゃ面白い。

やっぱりぼくは「バナナの皮を踏んで滑って転んだ」みたいなことで笑わせたいのではなくて、なんか人間のどうしようもない矛盾にみちた感情や機微を描いて笑わせたい。
表現力なのか感性なのか、それとも素材や取材力なのか。そんでもって死ぬまでに完成するのだろうか。えらいもんに手を染めてしまったなぁと。

傷つけない嘘ならつき続けてもいいじゃない。
だけども自分に嘘はつかないように。

見た目ではわかりにくい明るさもある。

介護は大変。介護職はキツイ。そんなネガティブなイメージを覆したいと思っています。介護職は人間的成長ができるクリエイティブで素晴らしい仕事です。家族介護者の方も支援していけるように、この活動を応援してください!よろしくお願いいたします。