ジジィがへたり込んでいる。
ジジィが、へたり込んでいる。
体が硬くて体育座りができずにお尻の後ろに両手をついて。恋人に振られて呆然と空を見上げるように。
ジジィが道端にへたり込んでいた。
デイサービスの仕事を終えた帰り道、ぼくは通い慣れた道を自転車で走っていた。
介護職の職業病なのだろうか。すれ違う人を見ては高齢者かどうかを無意識に確認するようになってしまっている。ぼくの潜在意識の中に、高齢者介護が刷り込まれてきた証拠だ。
自転車で走りながら脇道にも目を配る。
高速で移り変わる景色に飛び込んできた違和感。
脇道30メートル先・道路の真ん中に、ジジィがへたり込んでいる。
ジジィと認識できたのは、もう見たままにジジィだったからだ。
ぼくは、とっさに自転車を止めた。何か嫌な予感がして。
これも職業病なのか。ちがうな、誰かが道に倒れ込んでいたら、誰だって駆け寄る。電車で年配の方が立っていたら席を譲るし、優先席は優先されるべき人に速やかに譲るべきだ。そうですよね?
その証拠に、ぼくより前方にいた若い女性二人が先にジジィに駆け寄っていっていた。ジジィの容態によっては、緊急自体かもしれない。
緊急なのに、若い女性二人がジジィに駆け寄る後ろ姿に、なにか暖かいものが胸に込み上げてきた。この街も捨てたもんじゃねーな、と。
でも見かけた以上、見て見ぬふりはできない。高齢者介護・身体介護には慣れている。ジジィひとり起こすのなんてわけはない。
数十分前まで、デイサービスでしこたま起こして寝かしてを繰り返してきた猛者といったらぼくだ。まかせておけ。
すこし遅れながらも走って、若い女性二人に合流する。
「おじいさん!大丈夫ですか!」
女性たちは意識の確認をしている。
「あぁ大丈夫…ありがとう。」ジジィ弱々しい声で返した。
ここは道路の真ん中。このままへたり込んでしまっていると危ない。
立たせるか、いや、まずは道の脇に寄る方がいい。
「変わりましょうか?」ぼくは女性たちに話しかけた。
「ありがとうございます。お願いします!」そう言って、ぼくと立ち位置を入れ替わった。
ぼくと入れ替わってすぐさま、サッサと女性たちはその場を立ち去ってく。
あれ?早くない?もう居なくなる?早くない?
まぁいい。若いって生きるスピードが速いってことだ。。でもはえーな。切り替え。はえーな。
「おじいさん!立てますか?」
ぼくは、背中に腕を回し体重を支えている。
「あん、立てる立てる。。」
そう言って、ジジィは少しフラつきながら立ち上がる。そして、ゆっくり歩き出す。転びそうで転ばないステップ。
なんか見覚えのあるステップ。
千鳥足か。。
酒癖い。着てるトレーナーはシミがついてダルダル。白いズボンは膝が茶褐色になってほつれている。
そういえばその日、街はハロウィンだった。
そうか、あの女性たちはハロウィンイベントに向かう途中だったのか。
気の毒に。すぐに見切ったのね。やるねぇ。
ぼくという補助輪を外し自走しだしたジジィの後ろ姿を、ぼくはしばらく見つめていた。
急いで停めた自転車は、斜めスタンドがうまく機能せず前輪が遊び、無常にも無理な姿勢で横たわっている。
必然なのか、ぼくの潜在意識はデイサービスのレクリエーションで行う「しりとり」を思い出させた。
リンゴ → ゴリラ → ラッパ → パンツ → つみき → きんたま → まんどりる → 、、、る、る、る、、、
「ル◯◯ン!!」
ふたつの意味でアウトー!
・・・
腹が減って仕方がなかった。
ジジィを後にし、ぼくは立ち漕ぎで家路を急いだ。
PS、ジジィと言ってごめんなさい。