人生に対して、“私を楽しませてよ、興味を持たせてよ”という姿勢だったことに気づき、改めた話。
“やる気というものは、待っていて自然に出てくるものではなく、自分が行動することで生まれてくる”という研究結果がある、とどこかで読んだのですが。
興味についても同じだな、と実感している今日この頃です。
私のパートナーはいろいろなことに関心があるのですが、歴史と建築には特に興味を惹かれるようで、遊びや旅行に出かける際は、私の好みも聞きつつ予定を立ててくれるのですが、私の関心範囲は彼のものほど広くないので、彼の好みの場所に一緒に着いて行く、というパターンが最初でした。
お互いの興味・関心の融合
それが少しずつ変わってきたのは、ジャンルを超えていろんなことが繋がる楽しさに気付いたことがきっかけだったのでは、と思っています。
ある時、目黒駅近くの庭園美術館に連れて行ってもらいました。
私は展示パネルを見ながら歩いていたのですが、“ヴォールト天井”という言葉が気になりました。
ボールトではなくヴォールト天井と書いてあるあたり、Vの発音を書き表しているんだろうなと思いました。
そしてこれがVaultならばと思い、「ホテルなどにあるような通常の金庫は英語でSafeと言うけれど、地下全体が金庫になっている金庫室はVaultと言うので、この天井はそれと何か関係があるのかしら」と、帰り際に彼に雑談半分で呟いたところ。
「えっ?“ヴ”になってた?」と聞き返されたので、“ヴ”だったと答えた数日後。
彼から、この間の件はやはりVaultで、関係があったとメールがあり、
語源はラテン語の様だが、 金庫がVault になったのは、アーチ形の建築構造のVault からの様だ。
地下室に銀行の金庫室の様な、強固な室を作ろうとすると、 昔は、石で床(地下室の天井)をVault 形状にして作るしかない。
西洋の建築でも、鉄筋コンクリートが使われる前(19世紀以前)は、一階の床(イギリスでは、Ground Floor)は、通常、木で出来てる。
ワインの地下貯蔵室も、wine vault と言う様だ。金庫の様に盗難防止ではなくて、湿気の問題があって、石造なんだろう。
という、彼調べの情報が送られてきました。
金庫室がVaultと呼ばれるようになったいきさつが気になって調べたんださすが、という気持ちと、彼と自分の興味・関心が融合していく面白さを感じました。
樹木の面白さに目覚める
その後訪れたコロナ期、家に籠っていては体に悪い、と半ば無理に始めた散歩で木の根っこの面白さに目覚め、写真を撮りまくり、Xにも面白投稿をしていたところ。
彼から、木の名前を覚えるのも面白いんではないか、と言われました。
「イヤイヤ、木の名前までは~」と興味ほぼゼロだった私ですが、考えたらまともに木の名前も知らないなと思い、まぁ近所の木くらい覚えてみたいかもと思い直しました。
飽きたら売れば良いか、と気軽な気持ちで大小一冊ずつ図鑑を買って覚え始めました。
初めてみてビックリ。近所の木ぐらいすぐに分かるだろうと思いきや、全然見分けがつきません。とにかくどれも同じ木に見える。
落ち葉を拾って調べると分かりやすいと言うので、持ち帰って図鑑の写真と比べるも、個体差が想像以上に大きく、大きさから形状まで、イチョウなど本当に分かりやすい木を除いて特定できず。
当然季節によって木も表情を変えるので、同じ時期の写真がないと比較しづらかったり、花や実で識別できるものは、その時期を待たなければならない。
このため、自分1人の知識で「この木は〇〇だ」と言い切れるまで、相当観察が必要でした。
この図鑑2冊とネット情報を通しての観察は非常に骨が折れましたが、次第に面白くなってきまして。
例えるなら、オーケストラを見て“たくさんのいろいろな楽器だな”と思っていたのが、一つ一つの楽器が浮き上がって見えるようになり、あれがトロンボーン、あっちはバイオリンで、似ているあれはビオラ、と“それぞれの名前が分かるようになった感じ”です。
これは我ながら良い例えだと満足しています笑。
興味・関心のさらなる広がり
一人での勉強は限界があるため、サークル参加が良いと知り、ネットで見つけたサークルで時々観察会に参加させていただいていますが、木について学ぼうとすると、自然に昆虫や鳥、きのこといった他の生きもの、生態系の話や地球温暖化、木材についてなどテーマが広がっていきます。
面白いなと思い始めたところに、森林インストラクターの資格取得を勧められ、勢いで受けることにしました。
約20年ぶりに猛勉強し合格通知を受け取った時は、路上で小躍りしました笑。
こんなふうに数珠のように興味が繋がり、また勉強する中で他の事柄と交差していくことに興奮するようになりました。
勉強と言うと“嫌々するもの、やらされるもの”という印象がありましたが、本当の意味の勉強とは、こういうことなんだろうな、と50手前になって気づきました。
怠惰なくせに欲しがりという心の姿勢
学生時代、自分には趣味と言えるものが何もない、と本気で悩んでいた時期がありました。
でも、ほしいなー、なんで自分にはないのかな、興味が惹かれないのは何故なのか、とただ悶々としていました。
当時は本当に頭でっかちで腰も重く“ソファーに寝っ転がって、何か楽しいことないかなーと思っているだけ”、のような状態でした。
自分から行動を起こさず汗もかかないで、“何か楽しいことを持ってきてよ”“私を楽しませてよ”“興味を持たせてみてよ”、と人生にひたすらねだるだけだったと気づき、考えが変わりました。
漫然と時間を潰すためだけに何か映像を見たりゲームをしたりすることで、退屈は紛らわせることができますが、そういう一時的な消費では、全身に静かにいきわたるような高揚感や深い充実感といった、本当の栄養は得られない。
宮崎駿監督が、「大事なことは、面倒くさいんだよ」と言いながらアニメ制作をされている映像が印象的でした。
「面倒くさいー!!」「でもやりたいー!」という気持ちが大事なんだなと思いました。
これからも、いろんなジャンルの興味を育てていこうと思っています。
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