思わず「ほぉ~」と言ってしまう?言葉のコラム+裏話
こんにちは。校閲記者の稲垣あやかです。
今月から新入部員が配属され、先輩になったばかりの2年生です。
“記事を書かない新聞記者”
校閲記者という職業について、このようなごあいさつをしましたが、実はまったく書かないというわけでもないのです。
私たち校閲部は、月に1度中日新聞教育面に掲載される「校閲記者のほぉ~ワード」というコラムを執筆しています。7月分は私が担当しました。
↓中日新聞Webから登録なしで読めます!
今回は、そんな「ほぉ~ワード」についてのお話。執筆した時のことなども交えて書いていければ…と思っています!
「ほぉ~ワード」とは
その名の通り、思わず「ほぉ~」と言ってしまうような、言葉にまつわるエピソードを紹介するコーナーです。
記事内には1カ所間違い探しを設けていて、校閲記者のように文中の誤りを探すことができます。
部内の有志のメンバーからなり、現在は11人が参加しています。
各自「面白そう!」というテーマを見つけては原稿執筆に取りかかる、といったスタイルで、基本的には書けた人から順に担当が回ってきます。
2020年1月から始まったコーナーのため、その年の4月に入社した私は立ち上げに関わることができなかったのですが、校閲部に配属される前から書くのが楽しみでした。
記事完成までの流れ
まずは、「ほぉ~ワード」が紙面に載るまでの流れをざっと紹介します。
担当者は、ほかの「ほぉ~ワード」メンバーに書いた文章を見せて、アドバイスをもらいます。
教育面に連載していることもあり、もともとは小中学生に読んでもらいたくて始まったコラムです。
ですが、言葉の成り立ちや使い分けを説明しようとすると、どうしても難しい書き方になってしまいがち…。
ほかのメンバーにも読んでもらうことで、
偏った意見になっていないか
分かりにくい書き方ではないか
…などなど、自分ひとりでは気づきにくい意見をもらうことができます。
アドバイスを反映させて文章がおおよそ形になったら、記事に添えるイラストも考えます。
といっても、イラストは「デザイン課」という紙面やウェブに載るグラフなどを作成している部署が描いてくれるので、私たちは希望を伝えるだけです。
イラストも完成したらいよいよ入稿です。教育面を管轄している「教育報道部」という部署に原稿を送信し、あとは紙面が組み上がるのを待つのみ。
ちなみに、教育面は「特集校閲」というチームが校閲しています。
今回、私が書いたのは…
さて、私が書いたテーマは、「高利貸」と書いて「アイスクリーム」と読む謎について。
明治から大正時代ごろの文学作品に見られる表現なのですが、なぜ「高利貸=アイス」なのでしょうか?
冒頭のリンクから記事を読んでくださった方はもうご存じかと思いますが、答えは…
高利貸
↓
コーリガシ
↓
氷菓子(=アイスクリーム)
といったように、似た発音の言葉をかけ合わせた言葉遊びなのです。俗に言う、だじゃれですね。
この言葉遊びを見かけたのは大学2年生のときでした。
一見、まったく関係のなさそうな当て字に、初めは「なんでアイスクリームなの?!」と思いました。先生に質問すると、上記の回答が。
「な~んだ」と笑ってしまったと同時に、ユーモラスな言葉遊びに思わず感心しました。
このときの「ほぉ~」という感覚を読者の方にもお伝えできれば、と思ってこのテーマで書くことにしました。
ちなみに、記事に添えたこちらのイラスト。
「高利貸」と「アイス」はもともと何の関わりもない言葉のため、どんな絵が良いかまったく思い浮かびませんでした。
そして悩んだ挙句、
「“高利貸”と“アイス”をレトロっぽく!!」
とかなり抽象的なリクエストをデザイン課に出してしまいました…。それでもこんなに的確なイラストに仕上げてくれました。
他部署の仕事を見る機会はあまりないので、どうやって作業しているのか、いつか聞いてみたいです。
とにかく「誤り」が怖い!
大学で日本近代文学を学んでいた私は、この「高利貸」について一度ゼミで発表しており、下調べなどはおおよそ済んでいました。
なので初めは「まとめ直すだけだし、すぐ書けるでしょ~」と思っていました。
が、いざ書き始めてみると存外に筆が進まず。
分かりやすく簡潔に。
そういった文章を目指していたのですが、紙幅には限りがあります。しかも、言葉の成り立ちには諸説あるため、一概に言い切ることもできません。
「この書き方だと、ほかの説を否定しているように思われないかな?」
「ここの部分、簡潔すぎて間違った意味にとられないかな?」
考えれば考えるほど「誤り」が怖くなってきて、「~のようです」「~という説も」といった濁した言い方を多用してしまいました。
誤解を与えないための修飾語もどんどん増え、当初目指していた「分かりやすく簡潔」な文章からはどんどん離れていく始末…。
先日、先輩部員と雑談していたときに「つい断定するのを避けちゃうよね」という話になりました。
誤りに対して過剰に怯えてしまうのは、日ごろ記事の誤りを探している校閲記者ならではの「あるある」なのかもしれません。
それにしても、記事を書くのってほんとうに難しいです。
普段は人の書いた記事を読むのが仕事ですが、今回その大変さをあらためて感じました。「ほぉ~ワード」の執筆を通じて、記事を書く側の視点に立つことができた気がします。この経験を、日々の校閲作業にも生かしていければと思います。
最後になりますが、これからも「ほぉ~」と思っていただける記事を書けるよう、世の中にあふれるいろいろな言葉に対して敏感でありたいです。
そして、それを正しく伝えられる言葉も身につけていきたいです。
おすすめの1冊
『戦前尖端語辞典』(著:平山亜佐子、絵・漫画:山田参助、左右社)には、今回の「高利貸=アイスクリーム」のような、明治時代から戦前までの流行語・若者言葉がたくさん紹介されています。
高利貸と似た例でいうと、
月賦(分割払いのこと)
↓
ゲップ
↓
ラムネ(飲むとゲップが出るから)
なんてのも。
面白い言葉遊びがたくさん載っていておすすめの1冊です!
ちなみにこの本の著者、平山亜佐子さん。
本の校正についてこんなツイートをされていました。
平山さんにお話を伺ったところ、辞書の校閲をされている方や出版社の編集部の方など、刊行までに多くの人が校閲に関わったそうです。
戦前の流行語辞典をいくつも参照し、間違っている箇所や分かりにくい箇所を一丸となって探したとのこと。
そうして完成したこの本を、平山さんは「みんなで作ったことが実感できる本」とおっしゃっていました。
本と新聞。媒体は違いますが、どちらも、内容を調べて正しいか確認するという大変だけれども大切な作業を経て完成に至っているのです。
おびただしい数の書き込みに、思わず「ほぉ〜」と感心してしまいます。
この記事を書いたのは
稲垣 あやか
2020年入社、名古屋本社編集局校閲部。高校野球の地方大会観戦が趣味。社会人になったら球速測定器が欲しいと思っていましたが、まだ買えていません。