新しいビットマップ_イメージ_-_コピー

疲れている時は言葉が出にくい。

と思うだろうが、
車の中だとそうでもない。
特に走行中の車の中で、
走っているのは高速道路だと尚良い。

務めている会社が売っている品物はディスプレイにスピーカー。
及びそれに纏わる様々なもので、
一旦納めた商品が古くなった隙を見て新商品の提案も。

営業の頑張りの末に決まった機器の新調、
新型のディスプレイをハイエースに積み込んで、
先輩の作業員と二人で向かった先は神奈川の厚木。

出迎えくれた職員の言葉が明るい。
今の部長が機械好きで新品の製品をみると気分が良くなる。
だから今回の画面の新調もすんなり通ったんですよ。
そう言われてこちらも作業がやりやすい。

画面は天吊り、収納式の機械仕掛け。
天吊りと言うのは言葉の通り、
天井から金具でぶら下げて設置する方法である。

ボタンを一押し、
開いた天井からせり下がってくる旧式の画面。
御役御免の宣告代わりに固定されたボルトを外し、
新型のディスプレイを開梱する。

(※開梱(かいこん):梱包された箱等から出す事)

取り換える画面は60インチ。
間違っても人間一人で交換できる代物ではない。
二人がかりの上、掛け声で調子を合わせ、
よっこらしょと持ち上げる。

「できました、こんなもんですかね」

設置の後の確認で、
明るい声で出迎えてくれた職員に画面の位置を見て貰うと、

「これ、もうちょっと高さ変えれますかね」

と仰った。
聞くに画面の高さがやや高く、
会議でいつも首が疲れてしまうとの事。

そう聞いては仕方ない、
収納場所の寸法を測りつつ、
出来る限りの調整を考える。

「よし、じゃあ下すか。」

高さを変える為に付けた画面をまた外し、
金具を調整してまたつける。
職員も変化後の見栄えに満足のご様子。
では、あっし達はここらで失敬して。

「お、やってるね」

という所でやってきたのが課長さん。
この職員殿の上司にあたる。

「こんなに画面下げちゃたの?
 え~、人が一杯入った時に前の人の頭が邪魔にならない?」

そうですよね、と職員殿が相槌を打つ。
画面が高くて首が疲れてしまうと言った筈の舌が、
画面が低くて見えにくい、と仰る。

まぁようござんすよ。
こちとら商売なもんで。
付けて外してまた付けた画面を、
外したあとに金具を調整、
よっこらしょと画面をまた持ち上げる。
先輩の額にうっすら汗が見えると言う事は、
自分の首にも汗が浮いているのであろう。

「お、新しいの来た?」

そこで現れたのが件の部長、
新品が気になって様子を見に来られたのだろうが、
取り付けた画面を御覧になって呟かれる。

「あー、もうちょっと低い方がいいかなぁ。
 いつもちょっと高いと思ってたんだよね。できる?」

ええ、ええ、出来ますとも。
それがこちらの商売で御座いますので。
しかしですね、意思の統一というものをして頂けませんかね。
こっちはもう何度も付けて外してをやって、
いい加減頭の中がゆだってきちまうもんで。

後輩の苛立ちを察した「やるぞ」という先輩の短い言葉。
それにはっとして工具を手に持ち、

「そうですよね、ちょっと高いと思ってたんですよ」

という、
先程は画面が低くて見えにくいと仰ってた課長の言葉を聞きながら、
付けて外して、また付けて外して、
また付けた画面を、また外す。
工具を当てられた金具が、

「オヤあんたまた来たの」

と冷たくこちらを見てくる。

「おー!良いじゃないの!」

という部長の嬉しいそうな声をカーテンコールに、
ようやく本日の仕事は終了、
帰り際に、

「ここにアナタより偉い人間はもういませんか?」

と余程聞いてやりたかったが、
言葉を飲み込んでハイエースのエンジンをゆっくりかけた。

帰り道、
高速道路特有のオレンジ色のランプが等間隔に過ぎてゆく。
60インチのディスプレイを何度も上げ下げしたのはともかく、
何度もやり直されたという精神的疲労が大きくて、
暫くは先輩後輩共々口を閉じたままでいた。

しかし不思議なもので、
高速道路の雰囲気はそういう魔力があるのだろうか。
ふと、自然に後輩の方の口が開いた。

「この前、ばあちゃんがパソコンやるって言ったんですよ。
 スマホ使ってるから良いんじゃないと俺は言ったんすけど、
 スマホじゃ出来ない事が出来るでしょ、って。
 なんか表を作りたいとか。
 なんの表かは知りませんけど。」

うん、とだけ先輩が「聞いてるよ」の気持ちを教えてくれる。

「それでパソコン教室?あるじゃないすかそう言うの。
 予約しようと思ったら一杯だったらしくて。
 したらじいちゃんが、俺が教えてやるから良いって言ったらしくて。
 それでばあちゃん言うんすよ、
 アメリカでは免許を取る時に夫婦間で運転を教える事はしないんですって」
「車のはなし?」
「そうっす、
 アメリカじゃ免許持ってる人が持ってない人に教えられるんすよ」
「それで免許取れるの?」
「他にも手続きするでしょうけど、そうらしいです」
「へー」
「それで、夫婦でやったら離婚になるからやらないんですって。
 なんでこんな事も出来ないんだ!ってイライラして、
 それで夫婦仲が悪くなっちゃうんですって。
 だからじいちゃんが教えてくれるのは良いけど、
 ちゃんと教室の先生が教えてくれるように丁寧にしてくれないとって、
 ばあちゃんが言ってて。
 俺がラインで話しながら教えようか?とも言ったんですけど、
 それはいいって言われちゃいました。
 気を回し過ぎましたかね。」

左は低速、右は高速。
高速道路の車線の上にはそういう掟があるらしい。
窓の外から右側の車線をぶっ飛ばしていく車が何台も見える。
嫁の陣痛でも始まったのか、はたまた親が危篤で急いでいるのか。
過行く車が空を裂く音がたまに聞こえる中、
ハイエースの車体後部がガタガタ鳴って少しうるさい。
御役御免になったディスプレイが恨み言を呟いている。

「こんな話知ってるか」
「え、なんです?」
「第二次世界大戦の戦闘機の話。
 飛んで戻ってきた戦闘機の損傷個所を調べたんだって。
 知ってる?」
「いえ、戦闘機ですか?」
「そう戦闘機戦闘機。
 それで損傷個所をマッピングしたら割とはっきり分かれたんだって。
 被弾してる所と被弾してない箇所が。」
「へぇ」
「それを元に装甲強化する場所を決めたらしいんだけど、
 その場所は被弾してない場所なの。なんでか判る?」
「え、逆じゃないですか?
 被弾してる場所補強するでしょ普通」
「調べたのは全部還ってきた戦闘機なの。
 要するに撃墜された戦闘機が被弾したのは逆の場所という事」
「……あーなるほど。」
「その車の運転で離婚するって話も同じようなもんじゃないの。
 離婚した夫婦がそういう事があると言って、
 離婚してない夫婦は言わないでしょ。
 言う?運転教えたけど離婚しなかったよ、って。わざわざ。」
「……言わないですね。
 そんなのメシ喰ったからうんこ出たって言ってるようなもんでしょ」
「お前、例えが汚い」
「疲れてるんで許して下さい。
 でもメシくってうんこ出なかったら病院いって大事なりますよね。
 それで話が広がるから、あながち間違ってないです。」
「離婚はうんこ?」
「そうです、離婚はうんこ」
「あのさ」
「はい」
「疲れてんなお前」
「……今回のアレ、マジで無いすよ。
 何回付け替えさせるんだってハナシで」
「しょうがない、それが僕達の商売だから」

夜の高速はオレンジ色と黒の縞模様。
疲れていても不思議と口が開いてしまう。
あの縞模様を見ていると。

明日はこの縞模様を見ずに済むだろうか。

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また、読みにきたくなる。【涙鶴けんいちろう】
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