新しいビットマップ_イメージ_-_コピー

宿屋の小僧は知りたがりな性分で、
親父と御袋が切り盛りする宿屋の客が大好きだった。
もちろん、中には堅物で無口な客も居るのだが、
アタリの客は酒が入ると色んな事を聞かせてくれる。
遠くの国の御姫様や大きな山に住む巨人の話、
たまに親父が話を止めに来るような話もあったが。
ほら、男が女を追いかけ回す様な話とか。
女房に逃げられたと泣くながら話す男の話とか。

「そういうのは大人になって聞く話だ」

親父はそう言って小僧をその場から立ち去らせた。
いや、別にオイラは聞いても具合を悪くしないのだけど。
そんな事を思いながら小僧も親父の顔を立てていた。

しかし最近どうも面白い話を客が喋る。
どの客もだ。

「そうそう、首無し男の噂、知ってるかい?」

そんな語り出しで毎回同じ内容を聞く。
なんでも首から上が無い男の身体が彷徨っているとか。

「そんなの、嘘だぁ。
 おじちゃん俺が子供だからってからかってら、
 オイラこれでも11歳だぜ。」
「からかってなんかねぇよ!
 俺が来た西の方ではこの噂で持ちきりさぁ。」

旅の宿は夫婦二人で切り盛りしてる割には賑やかで、
夜になると御袋さんの特製夕飯が振る舞われる。
一階の広間に客がこぞって集まって、
懐かしい味に舌鼓を打ちながら話し合うのが慣例だ。

「俺のダチの妹のダンナが実際にその怪物を見たってんだ。
 怪しげなローブを頭に被ってるように見えてよ、
 ちょっと顔を見ようと、こう、ローブを捲ったらよ」

何でもその首無し男、
頭があるように見せかける為に木の枝で『形』を作り、
その上からローブを被って普通の人間だと思わせて、
問いかけにも身振り手振りで答える徹底ぶりらしい。

「でも、頭が無かったら耳が無いだろ、
 何も聞こえないのにどうやって身振り手振りで返事するんだい」
「それ!それだよ領主様良く聞いて下さいました!」
「オイラ領主じゃないやい」
「こういうのは囃し言葉だよ……小僧にゃまだ判らないか」
「それで、なんだよ」
「あのな、その首無し男の横にはもう一人男がいるんだよ。
 そいつが操って首無しの方に合図を送ってるんだよ!」
「へぇー!じゃあそいつは魔法使い何かか!?」
「ああ、そうだという専らの噂だ!
 何でも死んだ人間を生き返らせる事も出来るらしいぞ!」
「すげぇ!」
「そうだろそうだろ!
 おうおかみさん!お酒お代わり!!」

宿に出入りする客の話を聞き続けると、
どうやらその首無し男と魔法使い、
宿のある地方のすぐ横、シュポリアン地方へと進行中。
もしかしてこの町にも来る事があるかなぁ。
どんな奴なんだろ、一目見てみたいぞ。
小僧は首無し男の事が気になって、
宿に来る客に手あたり次第話をせがんだ。

「おい、聞いたか?」
「ああ、首無し男だろ?」

そしてその日が来た。

「そう、アイツだよ首無しリゲル。」
「今どこに居るんだって?」
「シュポリアン地方の南東付近らしいぞ。」
「南東?川一つの向こうじゃねぇか。」
「つい最近現れたらしいぞ」

宿は客が四組も入って賑やかだ。
小僧も客が多くていつもより興奮している。
御袋さんに頼まれた皿や酒を運びつつも客の間に入り、
今最も熱い首無し男の話を聞き耽った。

「それにしてもシュポリアンか……。
 南東と言えばエラメルトの森があるだろ」
「ああ、リゲルの奴、
 頭が無いから森の中にでも迷い込んでるんじゃないのか?」
「ははは、そうかもな」
「そんな訳無いよ!
 だって首無し男には魔法使いがついてるんだから!」

それまで話していた客がぎょっとした。
振り返ってみると小僧が一人、
酒の入ったコップを持って立っている。

「魔法使いが居るからエラメルトの森には入らないよ!」
「魔法使い?」
「はいこれご注文のお酒!」
「お、おお……」
「首無し男には魔法使いがついてるからね!
 だからエラメルトの森に入る様なヘマはしないよ!」
「おお、おお……そうかもな……。」
「なんだ小僧、首無しリゲルについて物知り顔だな、
 今まで客達にどんな話を聞いてきた?」
「えっとね!」

そんな事を言われたのは初めてだった小僧、
息巻いて知る限りの話を披露する。
首無し男の話だけではない、
それまで多くの客達から聞いた話を片っ端から話して見せた。
それを聞く客達も上機嫌で、

「こいつぁ面白しれぇガキだ!」

お酒を次から次へとお代わり、
厨房には親父も入って大忙し、
宿屋の中も客達の声で大賑わいとなった。

だが小僧は気になっている客が一人いた。
他の客達とは絡まず、
広間の片隅に身を寄せてチビチビと酒を飲み、飯を喰う。
他の客は小僧の話でこんなに盛り上がってるというのに、
あのお客さんたら顔色一つ変えずに座ってら。
オイラの話は面白いだろ、こっち来て一緒に笑えよ。

「お客さん!」

子供は感情に素直な生き物、我慢が出来ない。
賑わってる大人達から離れて広間の隅へと行き、
(広間と言えど、実際はさほど広くない。)
静かにやってる客に話しかけた。

「首無し男の話を聞いた事がある?」
「あるよ」
「どんな話を聞いた!?」
「首が無いんだろ」
「他には!?」
「それだけ」

つるっつるの返事しかしてこない、この客。
つるつるし過ぎて、とっかかりが何処にも無い。

「お客さんもあっち行こうよ、
 皆で居た方が楽しいよ!」
「ボウズ、俺は何に座ってるか判るか」
「?イスだね」
「そう、俺は椅子に座っている。
 ここに置いてあった椅子だ。
 ここにあったと言う事はここに座っても良いって事だ。
 俺はここに座っていたい。
 文句があるならここに椅子を置いたテメェの親父に言え。」

子供に言うには辛辣な言葉だっただろう。
だが調子に乗った子供には辛辣な言葉位が丁度良い。
小僧は仕返しに思いっきり口をへの字に曲げて見せ、
足をドスンドスンと鳴らしてその場を去った。

その客は確かに変な客だった。
宿に入ってきた姿をちらっとだけ小僧は見た。
旅行用の鞄とは別に、もう一つ別の袋を持っていた。
変なのは、晩飯時にもその袋を持ってきた事だ。
他の客が宝でも入ってるのかとからかっていたが、
それ対する返事も「そうだ、だから触るな」といったもので、
辛味を覚える様な緊迫した佇まいに他の客も寄り付かなかった。

だが子供の嗅覚は逃さない。
なんせ子供は知りたがり。
知りたがりの上、力づくなところがある。
一度は頬を怒りで膨らませた小僧だったが、
子供の勘が視線をその客に集中させて、
他の大人達と話している最中もチラチラと視線を絶やさなかった。

その何度も送った視線の一つが見てしまった。
皿の上に乗ったソーセージ、
それにフォークを差して口に持っていくと思いきや、
傍らの袋の中にそっと差し入れたのだ。
引き抜いたフォークの先には何も付いておらず、
間違いない、あの中には何か生き物が入っている。

「とーちゃん、とーちゃん!」
「なんだよ、今忙しい、見りゃ判るだろ」
「あのね、あのね、」
「なんだよ、聞こえねぇ」
「しーっ!
 あのね、あのお客さん、袋の中に生き物入れてる」
「……何度も言ってるだろ」
「犬じゃない、きっと猫だよ。珍しい猫なのかな?」
「おい、聞け」
「はい」
「客の事は詮索すんな。」
「はい」
「ったくお前、返事だけは一丁前なんだから」

眠気が客達を枕へ運ぶ。
一人、また一人と、いや、無理もない。
旅人は疲れを背負いこんで宿へとやってくるんだ。
疲れと酒と夢への調べ、
三つ揃えば抗えない。

静かになった宿の中で小僧も寝る前のトイレへ。
宿の中で歩く時は静かにと躾けられた事もあり、
足音を殺して帰りの廊下を歩いていると、
ある部屋から話声が聞こえてきた。
それはあの『袋持ち』の客が止まっている部屋だ。

おや?おかしい。
あの客、一人でこの部屋を使ってる筈なのに。
他に誰か、外から連れ込んだのか?
だとしたら追加料金取らなきゃ。
そう思って親父に言いに行ったのだけど、

「いんや、今夜は客以外に入ってきた奴はいなかった。
 だから何かの聞き間違いだろ。
 お前、やたらウロチョロするんじゃねぇぞ」

そうは言うものの、オイラ絶対聞いたもん。
あれは誰かと話してる声だった。
確かめる為に部屋の前にもう一度行ってみると、
確かに袋の男と、別に男の声が聞こえる。
ドアの隙間から中を覗いてみると髭が見える。

隙間と言うのは意地悪なもので、
除き側に視界の自由を与えてくれない。
なんか、髭は見えるんだけども、
どんな顔をしているのかも見えやしない。

子供は素直、知りたい事は知ってみたい。
見たい事は見てみたい。

そっと、
音を立てないようにドアを開けてしまうと、
小僧の口は大きく開いた、
なんと机の上に、人間の首だけが乗っているではないか。

「――だからよ、今回ばかりは仕方ないって。」
「いや、そうは言っても森に入るなんて」
「そこに居るんだよ、あのな――お?」
「ん?   あ」

首が小僧の覗き見に気付くと、
五体満足の方も少し開いているドアに気付き、
小僧と目が合うや否や、大慌てで小僧を部屋の中に攫った。
そんなに力強く持ち上げられたのは、小僧も親父以外に居なかった。
一瞬の空中遊泳を楽しんだ小僧、
そのままポンとベッドの上に座らされると、
首だけ男と五体満足男、二人の視線にじっと見られる。

「……」
「……」
「……」

首だけ男も、小僧も、五体満足な男も、
皆同じく口を大きく開いて固まった。

「……どうすんだっ、オイ」

五体満足が首が喋る。

「いや、どうするって、どうすんだよ。
 お前の声がデカいからだろっ」
「しーっ!しーーーーーーっ」

小僧が口の前に人差し指を立て、
口論しかけた五体満足と生首に静かにしろと促した。

「し、しー……」
「しー……」

いや、お前がそれを言うのかよ。
とは首も五体満足も思った事だろう。
だが五体満足も小僧と一緒に人差し指を立て、
首だけも口をすぼめて小僧と「シ」の三重奏を奏でた。

「……ねぇ、首だけで動いてるの?それ」
「……コレか?ああ、そうだ。」
「首だけリゲルって噂聞いた事あるだろ。
 あれは俺の身体だ。」
「へぇー……すっげぇー……!」
「首と身体がくっつくとな、元に戻れるんだ」
「へぇー!!すげぇー!!!」
「「しぃーーーっ!!!」」


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