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正義感のモーニングルーティーン【ブログ】

正義感の朝は早い。
スズメたちの鳴く声、乾いた道路を走り抜けるトラック、薄いオレンジ色をした朝の太陽。
正義感は目を擦りながらカーテンを開ける。光を浴びる。少しずつ、身体が朝であることを受け入れ始める。
本当はこんなに朝早く起きたいわけではない。仕事が溜まっているわけでもないし健康のために早起きしているわけでもない。
毎日この時間になるとバッチのネジの部分が背中に刺さって目が覚めてしまうのだ。

ひとまず床の上に散らばった弁護士バッチをクイックルワイパーで集めてはビニール袋に入れていく。それが終わればベットの上や、机の上にあるものもひとつずつ手で袋に入れていく。
一日掃除をさぼっただけで足の踏み場もなくなってしまう。
膨らんだビニール袋を外側から揉んでみる。ザクザクとバッチ同士が擦れる感触が心地よい。昔使っていた枕の感触に似ている。細かいストローが詰められたシミだらけの枕。

ビニール袋2つ分になった弁護士バッチを寝巻きのままマンションのゴミ捨て場に運ぶ。可燃、不燃、リサイクル。確認したわけではないがおそらく不燃。
ちゃんと毎日回収されてるのでおそらく合っているんだと思う。

弁護士バッチを初めてもらったときのことは今でも鮮明に覚えている。
念願の司法試験に合格し、司法修習を終えてもまだ「弁護士になった」という実感は持てなかった。
しかし弁護士会の小さな部屋で、小さな桐の箱に収まったバッチを手渡されたとき、この瞬間、この瞬間をずっと思い描いていたんだと身体の芯が震えるのを感じた。
バッチの裏に刻まれた「47176」という自分の登録番号は、これまで数万と存在した先輩弁護士の存在と自分がその列に加わったことを意味していた。

そんな弁護士バッチも部屋の中にこうもたくさんあると感傷に浸ることすらできなくなってしまう。
ゴミ捨て場から帰ってくるとバッチが2つほど新たに床に転がっていた。これはもう明日の分だと思いながら、間違って踏まないように部屋の隅に足で追いやっておく。

最初にバッチが増えたのは弁護士3年目の夏だった。
毎日ポロシャツを着て法廷に行っていたため、しばらくバッチを付けずにに仕事をしていたのだが刑事事件の公判の日、さすがに今日はジャケットを着ようとクローゼットを開けた。目に着いた紺のジャケットを羽織る。
いつもバッチはジャケットに付けっぱなしにしているのでそのジャケットにバッチが付いているのは当然のことだった。
やっぱりグレーにしよう。そう思い、明るいグレーのジャケットを羽織ったときに異変に気がついた。こっちにもバッチが付いている。

自分の弁護士バッチは世界に一つしかない。弁護士バッチは悪用される危険もあるため登録番号が刻まれ厳格に管理されている。二つあるということは誰かのバッチを間違えて持って帰ってしまったということになる。
これはまずいと焦って両方のバッチの裏側を確認したが、おかしい。
何度見ても両方のバッチに「47176」と刻まれている。
どういうことだと頭が混乱していたところ頭頂部に硬い物体が当たり、その物体は床に落ちて、自身の丸みに添う形でコロコロと転がっていった。
頭頂部の痛みはしばらく消えなかった。

そこからは日に日に増殖のスピードが上がっていった。
当初は1週間でひとつ増える程度であったが、次第にそのペースは上がっていき弁護士9年目の今では一日で部屋中がバッチで埋め尽くされる。
睡眠中も頭上から降ってくるため布団の中から顔を出さずに眠る癖がついた。
バッチが増えていることは弁護士会には報告していない。なぜか報告してはいけない気がしている。飲んでいたコーヒーの中にチャポンと音を立てて新しいバッチが飛び込んだ。跳ねたコーヒーが寝巻きにかかる。着替える前でよかった。

顔を洗って、朝食のパンをかじりながらニュースを見る。
時間になったらスーツに着替えて靴を履く。履いた靴の中に違和感を感じて脱いでみると案の定つま先に金色の塊が見えた。
今日はこいつだと、靴から出てきたバッチをスーツの襟につけて玄関のドアを開ける。

これが正義感のモーニングルーティーン。

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