【0031】えむしたのこと「眠気なんて、どこかに吹っ飛んでいた」
眠気なんて、どこかに吹っ飛んでいた。
早朝の静けさは、ひとりまたひとりと目覚めてゆく街の物音をつぶさに拾いあつめた。建付けの悪そうな雨戸の開く、どこかで鳴りつづける目覚まし時計、シーツだろうか布団だろうか、ベランダではたかれているそばで幼い子が駄々をこねている。きっと、まだ眠り足りないのだ。スマートフォンを二の腕に巻きつけたランナーが走り抜けていく。まだ明けたばかりの低い陽のなか、薄紫色の夜が溶けていく。無数の光はそろりそろりと、いささか遠慮がちに日影を侵食した。