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和歌の小ネタ(3)死ぬほど好きなんです ~後撰和歌集の世界~
なんていう口説き文句が相手に届いた時代はあったのだろうか。
源実明「たのむことなくは死ぬべし」と言へりければ
いたづらにたびたび死ぬと言ふめれば逢ふには何をかへむとすらん
(源実明が「願いが叶わなければ死にます」と言っていたので)
口先だけで
何度もやたらに会えなくちゃ死ぬなんて
言うんですから
もし本当に会うことになったら
いったい何て言って下さるおつもりかしら
こちらは「死にます」という男をからかうような言葉遣い。「逢ふには何を」なんて言うから全く逢わないつもりも無さそうだ。楽しそうに恋愛をしてらっしゃる。
次はもっと辛辣だ。
まだ逢はず侍りける女のもとに「死ぬべし」と言へりければ、返事に「はや死ねかし」と言へりければ、又つかはしける よみ人知らず
同じくは君と並びの池にこそ身を投げつとも人に聞かせめ
まだ逢わないでおりました女の所に「死にそうです」と言伝したところ、返事で「さっさと死になさいよ」と言ったので、再度手紙を送った
同じ死ぬなら
あなたと横に並んで
「並びの池」に
身を投げたのだとも
人に聞かせたいものだ
こちらの女性にはしびれる。「死んでやる!」に「さっさと死ね」と返す女性。ほぼLINEのノリである。
この855番の女性の返答をもう少し雅びにしたようなやりとりが『伊勢物語』105段にある。
昔、男、「かくては死ぬべし」と言ひやりたりければ、女、
白露は消なば消ななむ消えずとて玉にぬくべき人もあらじを
と言へりければ、いとなめしと思ひけれど、心ざしはいやまさりけり。
昔、ある男が、「このままでは死んでしまうだろう」と言ってやったところ、女が、
白露は、消えてしまうものなら消えてしまうがいい。消えずにあるからとて、それを玉として緒を貫いてくれる人もあるまいから。
と言ったので、男は、まったく無礼だと思ったけれど、女を思う気持ちはますますつのるのだった。
「白露」は命を表す定番の比喩。それについて「消ななむ」すなわち「消えてしまうがいい」というのは「死んでしまえ」と同義だ。そこまでは『後撰和歌集』855番の女性と同じである。しかし『伊勢物語』の女性はもう一歩踏み込む。「玉にぬくべき人もあらじを」と。つまり自分はもちろんのこと自分以外の女性にもお前を相手にする者などいないのだと言い切っている。
僕なら心が折れそうだ。だけど『伊勢物語』の男は違う。彼は女性の態度を無礼に思いながらもますます恋する気持ちをつのらせたのだ。
恋愛上級者にも程がある。サンジかよ。