古典文学へのいざない

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大伴のおうち2️⃣ 大伴旅人

大伴御行亡き後、大伴氏のリーダーになったのは、弟の安麻呂です。 当時のトップベスト3は、皇族の穂積親王(天武天皇の皇子!)石川麻呂(左大臣)藤原不比等(右大臣) 安麻呂は、彼らに次ぐ地位にありました。 まさに堂々たる大貴族です!! 和銅3年の元旦朝賀では、大伴氏と佐伯氏が、騎兵として朱雀大路を進んだといい、まさに宮廷を守る顔として大伴氏は存在したのです。 安麻呂の子供が旅人です。 大伴旅人も官僚として、歌人として名を馳せた人です。 彼こそが今回の主役、大伴家持の父であ

    • 大伴のおうち1⃣ 大伴御行

      壬申の乱あと、活躍したザ!大伴氏は家持のおじいちゃんの兄弟・御行でした。 御行はあの竹取物語にも登場しています! 「大伴御行大納言」 かぐや姫に「龍の首にある玉」を取ってこい!と言われ、最初は家臣たちに探しにいかせます。(自分で行けや) でも見つからないし、探せないから誰も復命できない。 家臣を待ってる間、かぐや姫のための御殿を作り、飾り付けしたりしてウキウキ。 でもいくら待っても家臣が帰ってこない! しょうがないので、自ら出かけて行き、さんざんな目にあいます。

      • 大伴の家ってどんな家?

        大伴家持は万葉集の編者の可能性がある人なんですけど、歌を歌う専門の歌人?だったわけではないんですよね〜 彼は朝廷に支える官人でした。今風に言うと国家公務員です 最終的な官位は正三位ですので、けっこう出世してた? 家持は官人として仕事をしつつ、政治にも関わり、大伴氏という家を率い、そして歌も詠み、恋をして、フってフラれて、地方に転勤を経験し、悲劇も味わいました。 特に彼の家である「大伴氏」は名門だったので、その御曹司としての責任感もあったでしょう。 大伴氏とはどんな家

        • 万葉集最後の歌

          万葉集の最後の歌ご存知ですか? 新しき年のはじめの はつ春の 今日降る雪の いやしけ吉事 新しい年になって 初春の1日目 今日降る雪よ、ますます降りしけ! その雪のように良いことが打ち重なれ この歌は、まさに新しい一年を、新しい一年を迎える人々への祝福の歌なのです。  この歌を作った人物こそ大伴家持です。  家持こそ、万葉集を今日伝わる「20巻」の姿に整えた編纂者のひとりだと言われています。 そしてこの歌が万葉集最後の歌ということは、この歌が家持の作った最後の歌

        大伴のおうち2️⃣ 大伴旅人

          古典文学へのいざない

          こちらのページは『万葉集』『古事記』ときには近世の文学なども紐解いて、「古典文学」を鑑賞し、その味わい方や奥深いところにある意味などを知っていただこう…というページです。  研究者の岡田高志先生をお招きして読み解いていただきます。  今年は大津皇子について色々勉強する予定です。  また詳細をお知らせしますので、ぜひご一緒に学びをともにしてくださいね(^o^)  ところでなぜ今文学なのでしょう?  世の中にはすぐに利益になることが溢れていて、大学でも文学部というのは減

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