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父ちゃん42日目~夫の育児理由~

深夜のリビングで、心太朗は育児という名の戦場に立っていた。泣き叫ぶ赤ん坊、寝不足の妻、そして耐久レースのような夜泣き対応。空っぽの哺乳瓶を武器に奮闘しつつ、心太朗の願いはただ一つ──「妻よ、どうか休んでくれ!」。愛と意地が交錯する。

**父ちゃん42日目(12月28日)**

心太朗は、今夜もまた戦場に立っていた。いや、正確にはリビングのソファだが、心の中では完全に戦場だ。彼の眼前には、小さな「泣き叫び兵器」こと生後1か月の健一が横たわっている。そしてその隣には、心太朗の妻であり、夜の育児戦争における盟友……ではなく、むしろ「撤退を拒否する司令官」と化した澄麗がいる。

「ここは任せて、休んでいいから」と心太朗は声を掛けるが、澄麗は頑なにその場を離れない。隣で健一の顔をじっと見つめ、「なんで泣いてるんだろう」と呟く彼女の姿は、もはや戦場で迷子になった兵士のようだ。

心太朗は内心思う。「いや、俺一人でやるから! 本当に休んでくれ!」 しかし、それを口にすれば逆効果だと経験から知っている。下手をすれば「情緒不安定な澄麗」という新たな敵が出現する可能性もあるのだ。

夜9時。健一の夜泣き第一波として轟く。
泣き声のボリュームは「戦車砲の音」とも言うべきレベルで、心太朗の耳を直撃する。**「赤ちゃんの肺活量ってこんなにすごいものなのか? 」**と心の中で毎回驚くが、状況は一向に好転しない。

泣き止まない健一、次第に不安定になる澄麗。そして、そんな二人を前に、「俺も休むわけにはいかないな」と覚悟を決める心太朗。育児とはチームプレイだと思っていたのに、実際は「個人競技の耐久レース」に近いのだ。

彼はあらゆる手段を尽くした。まず音楽だ。赤ちゃんが安心するという反町隆史のpoisonを流したが、泣き声に完全にかき消された。次に音の鳴るおもちゃだが、健一はチラ見した後でさらに大声を張り上げた。最後は抱っこ作戦。リビングをぐるぐる歩き回りながら、**「俺は何かの儀式でもしているのか?」**とふと思う。

もちろん、基本的な対策も怠らない。オムツを確認し、ミルクも追加した。だが、それでも泣き止まない時は、いよいよ「空の哺乳瓶作戦」に出る。空っぽの哺乳瓶を健一にくわえさせると、不思議なことにピタリと泣き止む。心太朗は、「これ、俺の愛想笑いと同じ理屈だな。中身がなくても形だけで何とかなる時がある」と妙に納得しながら、ようやく訪れた平穏をかみしめた。

しかし、その平穏は束の間だ。深夜1時、健一が眠りに落ちた頃には、心太朗も澄麗も既にクタクタだった。彼は再び提案する。
「だからさ、夜泣きの間は休んでくれたらいいよ……」
澄麗は、健一が寝た直後にようやく布団へ向かう。その背中を見送りながら、心太朗は「これで澄麗も寝不足だな」と少し呆れつつ、3時のミルクタイムに向けて意識をリセットする。

1時から3時のわずかな間、心太朗も横になろうとするが、「このタイミングで何かトラブルが起きたら……」という謎のプレッシャーが脳裏をよぎり、結局浅い眠りしか取れない。

心太朗の脳裏には一つの疑問が浮かぶ。「なんで俺たちは2人とも倒れるまで同時に健一を見守ってるんだ?」 答えは簡単だ。「愛」だとか「親の責任感」だとか、まあそれっぽい言葉はいくらでも思いつくが、実際のところ、半分はお互いの意地だと思う。

「澄麗の母性はすごい。とても勝てない」と心太朗は感心する。彼女の「何があっても子供を見守る姿勢」はまさに本能そのものだ。しかし心太朗は、そこに対しても疑問を抱く。
「母性って素晴らしいけど、過労で潰れたら意味ないんだよ!」

結局のところ、心太朗の心の中には一つの願いだけがある。「俺が育児してる間は、澄麗は遠慮なく休んでくれ!」。育児をしようとする男というのは、妻を休ませたいという気持ちがあるのだ。それがお互いのためだし、両親が精神的に健康なのは子供のためになるのだから。
心太朗も大人だ。バカみたいなことはしない。信頼して任せてほしいのだ。

心太朗は、空っぽの哺乳瓶を片付けながら、健一が次に泣き出すまでの2時間をどうやり過ごそうか考えるのだった。

深夜のリビングに響くのは、心太朗のため息と、微かに聞こえる健一と澄麗の寝息だけ。育児という戦場に立つ彼の夜は、今日もまだ終わらない。

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