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【無料】面接は不思議な会話ゲーム

 僕は、大学を卒業後に大学院へ進学し、2年の院生時代を経て一般企業へ就職した。大学受験のときに1年浪人したこともあって、大学生で就職活動している学生とは3年の年齢差があった。
 大学生、大学院生のあいだ、ずっと哲学に関する研究をしていた。研究といっても計算や実験や統計を使う自然科学の研究と異なり、それらをほとんど使用しない哲学は、過去の文献や論文を読み漁るのが主な作業で、最後にそれらをもとにして論理的な文章を書きあげることで論文が完成する。論理的な内容かどうかは、指導教授によって徹底的にチェックされる。

 そんな環境で育った僕が、就職活動で最初に驚いたのが面接だった。面接についての流れや回答例が書かれた面接対策の本を読んでみると、信じがたい回答例が記載されていた。
 面接にはよく聞かれる質問がある。まずは自己紹介。これは、一番最初に面接官が慣例として聞く質問で、お互いにリラックスするために行われる質問だ。たいていは、自分の大学名と名前を言えばよい。余裕があれば、その面接にかける思いを短く伝えればよいらしい。
 自己紹介を終えると、面接官の主導で質問が行われる。「あなたの強みはなんですか」は定番の質問だ。僕も面接の中で聞かれたことがあるが、対策本に書かれていた回答例がおよそ論理的といえるものではなかった。僕が読んだ本によると、最初に自分の強みを伝えて、そのあとに具体例を示すのがよいそうだ。たとえば、「私の強みは礼儀正しさです。大学では茶道サークルに所属して、茶道を通して日本の礼儀作法について学びました。」となる。茶道に関する資格や受賞経験があれば、さらに評価されるそうだ。

 この説明を読んだ当時、僕はこの回答例に困惑した。これは論理的とはいえない。たとえば、茶道部に所属して茶道の資格も持っていれば、茶道を行う上での手順や礼儀作法について詳しいといえる。しかし、普段の社会生活のなかでも礼儀正しいといえるかどうか別の話だ。茶道をするときだけは礼儀正しくしているが、日常はいいかげんにやっているかもしれない。日常の礼儀作法について詳しく知っていても、実践はしていないこともありうる。
 サークルのリーダーを担っていたことから、自分にはリーダーシップがあると回答する例もある。この場合も同様で、本当にサークルでリーダーシップを発揮していたかどうかは面接官が確認することはできない。実はリーダーシップを発揮していたのは他の人かもしれない。所属するメンバー各人が意識的に行動していたために、リーダーがいなくてもサークルがまとまっていたと考えることもできる。

 僕は小学生の時に、年の違う子供たちを集めてよく一緒に遊んでいた。中学生になると同級生を20人ほど集めて花火大会を開催したこともある。このことから、僕は複数人を統率して計画を達成するリーダーシップがあるといえる。その一方で、僕は高校生になると多くの友達と遊ぶことをしなくなる。高校生は帰宅部で、集団でいることを避けるようになった。この場合、僕はリーダーシップはないといえる。
 さて、僕にはリーダーシップがあるのだろうか、それともないのだろうか。面接の時に、僕が自分の人生でリーダーシップを発揮した場面だけを抜粋してアピールをして、高校生のときの活動については黙っていた場合、僕は嘘をついたことになるのだろうか。

 要するに、具体的な事例を1つや2つ挙げただけでは、自分のアピールポイントを示したとはいえない。自分がアピールしたい強みをそのままに示すことができるような資格や証拠があればよいが、たいていのひとは持っていないだろう。そのため、多くの人にとって自分の強みを相手に示すのは簡単ではない。学生がエントリーシートを書くのに苦戦するのは、当然だといえる。
 実際に僕は、面接で具体例を使った長所の説明を行ってみた。すると、面接官はとくに疑う様子なく、すんなりと話を受け入れてくれた。実際に、面接では合格通知があり次の選考へ進めた(僕が出会った面接官が優しかっただけかもしれないが)。

 「自分の強さはなんですか?」と聞かれたら、具体例を使って強みを答える。「自分の弱さはなんですか?」と聞かれたら、具体例を使って弱みを答える。僕からみたら論理的なやり取りとはいえないが、面接官が納得しているならそれでいいか。最終的には「どうして弊社を選んだのですか」という質問に対しても、具体例を使って自分の強みを説明して御社に僕はぴったりですよね、と説明する。それに対して面接官が「なるほど・・・」と言ったりする。
 面接を終えるたびに、不思議な会話ゲームだなぁと思った。どうしてこれで成り立つのか不思議だった。面接官は、面接の回答内容よりも、実際に顔を合わせて会話したかっただけかもしれないと感じることもあった。
 もしかしたら、まだ社会的な実績をもたない学生ができる数少ない説明方法として、世の中で特別に許されている方法かもしれない。実際に、就職活動の面接以外でその説得方法を利用したことはない。

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