あなたがくれたチュッパチャップス
半年ぶりに、実家に帰って来た。
新しい彼氏が出来て、ケンカをしながらもそれなりに順調で、年齢的にも結婚の話が出てきたりなんかもして。
そんなことがある度に、わたしはあなたを思い出す。
小学生の頃からずっとわたしの部屋に鎮座する勉強机のひきだしを開ける。
そこには、あなたがくれたチュッパチャップス。
あんなに劇的で、だけれど間抜けた告白を受けたのは、最初で最後だった。
もしあなたが、あの頃、小学五年生の春先に転校をしなければ、わたしたちはお付き合いをしたりもしたのだろうか? あなたが引っ越した先は電車で一時間と少しの隣県だったけれど、その距離は小学生にとっては絶望的に遠い距離だった。
わたしの友達、つまりはあなたの友達でもあるのだけれど、彼ら彼女らは群れをなしてあなたの元を訪れたこともあったようだけれど、わたしは行かなかった。
理由は簡単だ。あなたが転校してすぐにわたしが送った一通の手紙、それにあなたからの返事がなかったことだ。
一通と言っても、友達二人と一緒、三人の連名の手紙だった。
文面はシンプルだった。
わたしたちの学校で人気者だったあなただから、友達も出来ているだろうし、元気にやっているのだろうし、そっちはそっちで頑張ってね、と言ったところ。
あなたが好きだと打ち明けてくれて、わたしもあなたが好きだと言ったけれど、こっぱずかしくてそのことには触れられなかった。
手紙を待っていた。電話を待っていた。
あなたにとってわたしは好きな女の子のはずだし、そういう手段でわたしと話をしたがるのは当然の流れだと思っていた。でも、手紙の返事も、そのお礼の電話なんかも来なかった。
そのうち、学年が一つ上がって、中学への進学が見えた頃、また何人かの友達が、あなたのところへ遊びに行った。
その友達が持って帰って来た言葉に愕然とした。
もう、好きじゃなくなった。
顔も見ない、声も聴かせない、文字で気持ちすら表さない、酷い言葉だった。
あなたがわたしを傷つけたのだ。棒付きキャンディーに呪詛を吐く。
それだけ傷つけられても、わたしはあなたへの思いを胸に持っていた。物心がついて初めて両想いになったのだ。そんな簡単に捨てられる感情ではなかった。
あなたは今、どうしているのかな? 今度はキャンディーに問いかける。二十七歳になったあなた、大人になって、グンと背も伸びて、シュッとした顔立ちになったりなんかしてるのだろうか?
あの頃は可愛い顔をしていたけれど、今ではどうなんだろうね? 聞いても答えてくれないキャンディー。
あなたを好きになったのは、何もあなたが特別カッコいい男の子だったからではない。
確かにあなたは面白かったし、人気もあったけど、実は結構ダメな男の子だった。
寝グセはすごいし、鼻クソなんかもほじるし、みんながいっぱしに異性の目を気にし始めているのにあなたは無頓着で。
習字は下手クソで、逆上がりも出来ないし、控えめに言ってもカッコ悪い男の子だった。
あの時だって、わたしがあなたを好きだと確信しなければ、きっとあなたはわたしに告白なんてしてくれなかった。遠い、遠い町に行ってしまうのに、気持ちを打ち明けることもせず去って行くなんて男らしくない、最低だ。
なのに、あなたが好きだった。
カッコ悪いあなたが、好きだった。
転校生であるわたしが教壇の前で一生懸命あいさつしているのに、何も気にするふうでもなく、ボケーッとしていたあなたが好きだった。
あとから打ち明けたけれど、ひと目ぼれだった。まずは運動会のダンスで同じ班になることに成功して、学期末にするおたのしみ会であなたの企画する劇に入れてもらって、クラス替えのあとも同じクラスになって、なのにあなたは転校してしまった。
あとから聞くと、あなたは転校先で友達づきあいが上手くできなかったらしい。
そんなところに、わたしたちからのんきに、友達出来てるよね、あなただもんね、大丈夫だよね、などと的外れな言葉が届いたから、心細さが倍になったのだと。
それはそうだよね。あの時、会えなくて寂しい、とかひと言、自分の本当の気持ちを手紙にしたためていたら、あなたもそうだね、と言ったかも知れない。きっと寂しさを、あなたなら大丈夫だよね、と言う言葉で紛らわせたのだ。
それに信じていた。何かあったら頼ってくれると。信じられなかったのかな?
それとも、勇気がなかったのかな? 分からないね。
母がわたしを呼ぶ声が聞こえる。おざなりな返事をして、チュッパチャップスに目をやる。
また、帰って来るね。今度は誰かのお嫁さんになってるかもね。あなたも、誰かを幸せにしてあげてね。
そうつぶやくと引き出しを閉めた。あなたと歩いていく未来が、欲しかったなと少し思いながら。
おはようございます、こんにちは、こんばんは。 あなたの逢坂です。 あなたのお気持ち、ありがたく頂戴いたします(#^.^#)