それは偶然なんかじゃなくて Vol.8【最終回】
「榊の名前をナオさんのケータイから抹消して」
劣情に任せて、ナオにぶつけてしまった。色々を。これでいいんだろうか? 分からなくなって、ナオの帰ったあとの自室で考える。
ナオの幸せってなんだろう?
ナオは榊といるのが幸せなのかな? オレといたってきっと…。
翌日、月曜日の夜。何か嫌な予感がしてあのワインバーに足を向けた。会えるかどうかとナオに連絡すると断られたから、なんとなく。
ナオがいないのでカウンターでビールを注文した。やっぱりオレにはワインの良さはちっとも分からない。ワインのうんちくを語るナオは実はちょっと嫌いだ。
だって、その向こうにいる誰か、それは榊だったのだが、その影が見えるから。
奥のテーブルで一人で飲んでいた和製ジェントルマンと言った出で立ちの、雰囲気のあるスーツ姿の男が店員にこう言ったので驚いた。
「私の連れは、ナオは最近、来てますか?」
若い男性店員がこちらに目を泳がせて、曖昧な対応をとった。ジェントルマンがこちらを見た。いや、榊、か。気付いた時には口にしていた。
「榊、さん?」
「…ということは、君がジュンヤ君かな?」
挑戦的な笑みだった。圧倒的な余裕から来る、それはまるで王者の風格。榊は獲物を前にしたライオンのように悠々とカウンターまで歩いてきた。当てられないように必死になった。ここで負けたら、ナオはきっと永遠にオレの元を去る。
「君の話はよく聞いているよ、ナオから。いい“友達”だと」
「そうですか…」
ダメだ、勝てるわけがない。こんなの分が悪すぎる。ナオだって、ナオだってオレよりこいつの方が。いや、ほとんどの女がオレなんかより完成された榊の方に魅力を感じるだろう。そう、そうだ。そうだよな。
悔しくて奥歯を噛んだ。
「話は、終わったかな?」
余裕の笑みをたたえた榊が踵を返してテーブル席に戻っていく。昨日、榊の話、一連のやり取りを終えたあとに胸の中に飛び込んできたナオを思い出す。
可愛いナオ、愛しいナオ、愛するナオ。
ナオの幸せは、きっと榊といることだ。オレは消えよう。脇役は脇役らしく、だ。会計を済ませて荷物をまとめて席を立った。もう、この店に来ることもないんだろう。そう思うと何か感慨深かった。
店の外に出ると雨が降っていた。別れの雨、か。傘を差さずに歩き出した。何かを感じた。それは偶然ではなく、必然だったかも知れない。何気なく振り返ると、見慣れたコート姿のナオが店に入って行くところだった。
ナオ…ナオ…!
すぐさま追いかけて、店に入ったナオの肘の辺りを掴んだ。ナオの幸せ、じゃあオレの幸せは? ナオといることだ。オレだって、いや、オレにしかナオの隣は務まらない。例え他の男を愛していようと、その気持ちは変わらない。
肚が座ったからだろうか、穏やかな笑みを浮かべることが出来た。
「ナオ、帰ろう」
「違うの。ジュンヤ。あのね、私…」
「わかってる。ナオ。全部わかってるから、オレと一緒に行こう」
ナオの手を強く引いて歩き出した。
オレはナオを愛している。それは平たい言葉ではなくて、複雑な感情の塊。オレはどんなナオでも受け入れられる。でも榊、アンタは都合のいいナオしか受け入れることが出来ないだろう。そんな男に、オレが負けるわけがない。負けていいわけがない。
「ナオ! おい! ナオ!」
背後から榊の声が聞こえた。負けないように声を張った。
「振り向くな、ナオ」
一瞬迷って、熱の引いたナオの手にもう一度ぬくもりが蘇った気がした。
なんとなく、こうなることが決まっていたのではないかと思った。初めてこの店で会った時、ひと目見た時からずっと。オレはずっと。だからこれは偶然なんかじゃない。必然。
雨はさらに強さを増した。どこまでも、どこまでもオレたちは歩いて行ける。そう思ったことも、偶然ではなく必然なんだろうか。
fin
おはようございます、こんにちは、こんばんは。 あなたの逢坂です。 あなたのお気持ち、ありがたく頂戴いたします(#^.^#)