私はラジオでこんな話をしています。~2017/7/8「バーンスタイン特集」編
ワイド番組OTTAVA Naviの13:20過ぎに開始するコーナー、注目公演をご紹介するBox Office ―― 2017年7月8日のテーマは?
本日のBox Officeは、来年生誕100年を迎えるレナード・バーンスタインをめぐるお話をさせていただきます。何故かというと本日、7月8日に、バーンスタインの始めたPMF(パシフィック・ミュージック・フェスティバル)が開幕したからです。今年で28回目となります。
PMFとは、オーディションを通過した18~29歳の世界中の若手演奏家が札幌に集結して、世界各地の一流音楽家から指導を受けるという国際的なアカデミーです。これまでに76の国や地域出身の3000名以上の若手演奏家がPMFで学び、世界各地の一流オケのメンバーとしてその後活躍しています。
そもそもPMFは1990年にバーンスタインの提唱で始められたわけです。ところが、その年の10月14日にバーンスタインが72歳で急逝。次の年からはバーンスタインと交流の深かったマイケル・ティルソン・トーマスが芸術監督を10年間あまり務め、その後は様々な巨匠指揮者がその地位を引き継いでいます。
芸術監督の役職はこれまでに、マイケル・ティルソン・トーマス、クリストフ・エッシェンバッハ、シャルル・デュトワ、ファビオ・ルイージ、そして現在はワレリー・ゲルギエフが務め、首席指揮者の役職(その後、芸術監督になった指揮者は除いて)ベルナルト・ハイティンク、ネルロ・サンティ、リッカルド・ムーティ、現在は準・メルクルが務めています。
今年から指揮者陣に日本人の大山平一郎さんが加わり、本日13時に開演するコンサートでPMFオーケストラを指揮して、バーンスタイン作曲の《キャンディード》序曲、《ウエスト・サイド・ストーリー》より「シンフォニック・ダンス」などが演奏されています。
その後、7月30日までは北海道内で、アカデミーとコンサートが行われた後、関東公演が御座います。
2017年7月31日(月)開演 19:00
[会場]ミューザ川崎シンフォニーホール
2017年8月1日(火)開演 19:00
[会場]東京文化会館 大ホール
どちらの公演も……
[出演]
ワレリー・ゲルギエフ指揮 PMFオーケストラ
[曲目]
ワーグナー:歌劇「タンホイザー」序曲(ドレスデン版)
ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲 第1番 ト短調 作品26
シューベルト:交響曲 第8番 ハ長調 D 944 「ザ・グレイト」
※ブルッフのソリストは、2001年ストックホルム生まれの神童として世界中で話題のダニエル・ロザコヴィッチが務める
北海道に伺える方は是非とも現地に足を運んでいただき、関東近郊の方はミューザ川崎か東京文化会館の公演に足をお運びいただければと思います。
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そして今日のメインディッシュはここからとなります。バーンスタイン絡みのイベントといえばいま話題のコンサートが、来週に控えていますね。
それは、第55回大阪国際フェスティバル2017、大阪フィルハーモニー交響楽団創立70周年記念として上演されるバーンスタイン作曲の《ミサ》、23年振りの日本再演です。
この《ミサ》は、1971年にワシントンのケネディ・センターこけら落としの祝賀会のためにケネディ一族から委嘱された作品です(バーンスタインは、J.F.ケネディの生前から交流が深く、ケネディが暗殺された後には交響曲第3番「カディッシュ」を捧げています)。この作曲委嘱に対して、ケネディ家からの具体的なリクエストはなく、内容はバーンスタインに任されていたそうなんですね。
でも、なんでまた祝賀会に《ミサ》を書くことにしたのでしょうか? そこのところを理解するためには、バーンスタインのキャリアをさかのぼる必要があります。
そもそもバーンスタインは当初、作曲家の活動をメインにしようと考えており、1957年にはあの傑作《ウエスト・サイド・ストーリー》を手がけています。当然、周囲からも次のミュージカルに期待がかかっていたはずでしょう。
ところが、1958年にニューヨーク・フィルの常任指揮者に就任すると、作曲家としての活動は事実上停滞。1969年にニューヨーク・フィルの常任指揮者を辞めるまでの約10年間で、規模の大きな作品は、チチェスター詩篇と、交響曲第3番「カディッシュ」のふたつしか書き上げることが出来ませんでした。実はミュージカルの作曲に手を付けてもいたのですが、未完に終わっているのです。
特に、ウエストサイドストーリー以後、次の作品が期待されたミュージカル作品は様々な事情から、完成させることが出来ませんでした。ニューヨーク・フィルを辞めてフリーランスになり、少しずつ作曲の時間をとれるようにはなりましたが、ミュージカルの作曲は一度頓挫しているし、さすがにケネディ・センターのこけら落としでミュージカルをやるわけにはいかないし……と考えたと思うんですね。
バーンスタインがミュージカルから離れている間、1960年代末に新風が巻き起こります。ロック・ミュージカルの登場です。
ロック・ミュージカルの中でも最も知られているアンドリュー・ロイド=ウェバーの「ジーザス・クライスト・スーパースター」ですが、実はバーンスタインの《ミサ》と同じ年に初演されているのです。
せっかくなので1曲、聴いてみたいと思います。主人公ジーザス(イエス・キリスト)が最後の晩餐のあと、磔にされる前日の晩に歌われる「ゲッセマネ」です。
ミュージカル《ジーザス・クライスト・スーパースター》より
「ゲッセマネ (I Only Want to Say)」
⇒ 対訳はこちらを参照のこと
まさに同時代に、こういう舞台作品が話題になっていたわけです。バーンスタインもそうした時代の流れを察知していたに違いありません。
バーンスタインの話に戻りましょう。ケネディ・センターの祝賀会、つまり委嘱作品の初演は1971年9月8日と決まっていました。ところがこの半年前の時点で、全然作品が完成する見込みがなかったそうなんです。
そこで、バーンスタインは作詞者としてスティーヴン・シュワルツを雇い入れます。(⇒バーンスタインとの2ショット写真)
彼が何者かというと、後にオズの魔法使いをテーマにしたミュージカル「ウィケッド(ウィキッド)」を作曲した、あのスティーヴン・シュワルツなんですよ。ちなみに、彼は他にも、ディズニー映画の「ポカホンタス」「ノートルダムの鐘」「魔法にかけられて」なども手がける、現代を代表するミュージカル界の大御所作曲家です。
シュワルツ作曲:ミュージカル《ウィケッド》第1幕より
「自由を求めて Defying Gravity」
※トニー賞授賞式より。なお、緑色の肌をもつ西の悪い魔女(エルファバ)を演じているのは、後に「アナと雪の女王」でエルザを演じたイディナ・メンゼル
なんで急に、バーンスタインがシュワルツに目をつけたかというと、彼の出世作となった《ゴッドスペル》という作品がきっかけになったんです。この《ゴッドスペル》というミュージカルは、なんとキリストの受難を描いた《マタイ受難曲》を現代化したという作品なんです。
シュワルツ作曲:ミュージカル《ゴッドスペル》より
この作品、ブロードウェイ(正確にはオフ・ブロードウェイ)で舞台にかかったのは《ミサ》と同じ1971年なんですが、その前年1970年に小さい規模で初演されており、それにバーンスタインが目をつけたわけですね。
そうして出来上がった《ミサ》にはサブタイトルとして「歌手、演奏者、踊り手のための劇場作品 A Theatre Piece for Singers, Players, and Dancers」と付けられました。
もうお分かりですよね。歌手、演奏者、踊り手のための劇場作品というのは、つまりミュージカルのこと。ミサと名付けられていても、これはバーンスタインが作曲した彼なりのロック・ミュージカルなんです。
バーンスタイン《ミサ》より
「Agnus Dei~Things Get Broken」
(上記動画でいうと、2:00ぐらいから……)
「平和を与え給え Dona nobis pacem」と歌いながら熱狂していく様は、ロック・ミュージカルと現代音楽のミクスチャーでもあります。この部分では次のような歌詞が歌われています。
おれたちは争い むしゃくしゃし 疑問で一杯だ 答えてくれ
賛美歌やら仄めかしはもう沢山だ
いつも壊しつづけて来たようなやつじゃない平和をくれ
おれたちに今すぐ何かを与えろ さもなきゃ 自分で奪いとりにかかる
与え給えわれらに(栗田亮 訳)
最後の「与え給えわれらに」というのはミサ通常文の言葉ですが、他のセリフ(主にシュワルツによるもの)のせいで全然違う意味にかえられてしまっているわけです。まさに、《ジーザス・クライスト・スーパースター》や《ゴッドスペル》といったロック・ミュージカルでやられていた異化効果、コンテクストの変更をバーンスタインがこの《ミサ》でも行おうとしているのは、明らかだと思います。
ロック・ミュージカルの文脈に位置づけることで、この作品の真のユニークさが浮き立つはずです。23年振りの上演となるこの機会を、どうぞお見逃しなく!
――公演情報
フェスティバルホール第55回大阪国際フェスティバル2017
大阪フィルハーモニー交響楽団創立70周年記念
バーンスタイン『ミサ』(新制作/原語上演・日本語字幕付き)
[日時]
7/14(金)19:00開演@フェスティバルホール
7/15(土)14:00開演@フェスティバルホール
[総監督・指揮・演出]
井上道義
[キャスト]
大山大輔、込山直樹、小川里美、小林沙羅、鷲尾麻衣、野田千恵子、幣真千子、森山京子、後藤万有美、藤木大地、古橋郷平、鈴木俊介、又吉秀樹、村上公太、加耒 徹、久保和範、与那城 敬、ジョン・ハオ
[管弦楽]
大阪フィルハーモニー交響楽団
[合唱]
大阪フィルハーモニー合唱団/キッズコールOSAKA
[バレエ]
堀内充バレエプロジェクト/大阪芸術大学舞台芸術学科舞踊コース
[助演]
孫高宏、三坂賢二郎(兵庫県立ピッコロ劇団)
詳細 ⇒ http://www.festivalhall.jp/program_information.html?id=1228