【閉鎖病棟入院⑨〜個性溢れるキャラクター編】
午前中最後の枠で叔母と博士が面会にやって来た。
何を話したとか細かい事は覚えていない。おそらくウチにいる猫のことだろう。
面会時間10分はすぐに過ぎ、私は閉鎖病棟へ戻った。
この後、主治医Dr.Mから叔母と博士に“事情聴取″があるらしい。何でも聞いてくれて結構だ。
そういえば、相方が面会に来た時、主治医Dr.Mに何を聞かれたのか?夜、公衆電話から相方に聞いてみた。
私の普段の様子などであり、特段おかしな質問はなかった。
叔母にも後から電話で、主治医Dr.Mに何を聞かれたのか聞いた。
叔母は私の血族で、あの家の犠牲者の1人である。
私が普段通う、杉浦先生のクリニックになぜ叔母が通いだしたのか、聞かれたそうだ。叔母と博士とDr.Mの面談は30分に及んだ。
ひとつだけ、気になる質問をしていた。叔母&博士、相方にも共通し、私自身も聞かれたことだ。
『レナさんは貧乏ゆすりをしていないか?』
前もどこかで話したように、私にそのような癖はないのだが、相方や叔母、博士にも同じ質問をしていた。
“貧乏ゆすり″があったら、何かの診断に影響が出てくるのだろうか。
素人の私には到底わからない。
さて、4人部屋にみんgalと2人になった私は、ノンビリと過ごした。この頃、みんgalに処方されていた処方薬の副作用で、彼女は1日の大半を寝て過ごした。
食事の時以外、あまりに起きないので、ヒナタ姉さんが心配して何度も部屋を訪れた。
ヒナタ姉さんは、昼間の時間、OT(作業療法)やらに通い、確実に自己肯定感を高めているように見えた。
私は4人部屋で、Dr.Mからの事情聴取を受けたり、認知行動療法というものを受けていた。
ある日、父親のセンシティブな死に方について尋ねられたとき、たまたまみんgalが目を覚ましていた。
昔から私の声は大きく、Dr.Mもよく通る声であり、その事がいつも気になっていた。
私にも人には聞かれたくない事の一つや二つはある。
すぐさま手元のノートに、“先生、声が大きすぎて全部まわりにきこえてます。場所変えてください″と走り書きをし、Dr.Mに見せると、パッチリした二重を更に見開いて一瞬固まった。
その後、配慮され、面談室か数少ない診察室を使うようになった。
みんgalが
『姉さんとDr.Mの会話、丸聞こえだよ…』
と案の定言われた。彼女が正直な人で良かった。
凛ちゃんも、主治医がDr.Mであることが発覚し、色んなことを話した。
彼女もまた、退院を間近に控えていた。彼女の母親がDr.Mのファンになっているらしい。
夕方、いつメン6人でテラスに出て、のらりくらり話していると、突然、見かけない男性患者がテラスへ出てきた。
男性は風呂上がりのようで、タオルで頭を拭きながら出てきた。
パッと見、爽やか系の30代に見えた。
とてもニコニコとした満面の笑みで、
『あの、僕、モリって言います!よろしくお願いします。
いつも僕、部屋からみんなが楽しそうに話してるの見て、いいなぁ〜、一度でいいから仲間に入れてもらいたいなぁ〜って思ってて…
ずっと来たかったんです!!』
ペコリと頭を下げて言う。
今まで全く知らなかったけど、素直な人じゃない…
それにしてもどこから見ていたんだろう…。
『あ!モリくん、出て来れたの?よかったじゃん!座りなよ!』
京極が手を挙げて、人懐こく招いた。
『そんな…いつでもどうぞどうぞ…』
私も近くにある椅子を指差し、モリくんに座るよう促した。
何故か女性陣の顔が引きつっていたが、その時は、皆彼に人見知りしているものだと思っていた。
モリくんは、満面の笑みで椅子に座り、とても嬉しそうだ。
きっと何日もマトモに人と喋ってなかったんだろう…
それか、単に私と京極以外は若い女性の集まりなので、外野から見ると華やかに見え、輪に入りたかったのかもしれない、その気持ちも痛いほど分かる。
すると3分も経たないうちに、看護師が2名テラスにやって来た。
『モリさん探したよ!ダメだよ…出たら…』
突然彼は両脇を看護師に抱えられながら、
『ま、また…仲間に入れてください…また…』後ろを何度も振り向きながら、どこかへ連行されて行った。
な、なんで?せっかく今来たばっかりなのに…看護師2名にガッツリと挟まれて、どこへ消えたの…?
アタマん中が、ハテナマークだらけになった。
『モリくんはね、ずっと保護室に居て、最近やっとこっちの個室に移ってきたんだけど…ホラ、俺らがいつもテレビ見てる奥の…強化ガラスの向こう側の個室…あの部屋…あそこから…』
京極が、顔の前で両手をグーに握りしめ、スマイル顔で手をクルクル回転させる仕草をする。
『…よね…いつもすんごい狭い隙間からニコーッて笑いながら、1時間でも2時間でも、ずーっとこっち見てるの、あの人だよね??』
他の女性のメンツも、彼を知っているようだ。両手をクルクル回転させる仕草をしている…。
『あのさ、ソレ、何?』
私も両手をクルクル回転させる仕草を真似てみた。
『なんか知らんけど…ずーっとあの個室の小窓からコッチ見てるんだけどさ、彼、二重扉で、外から鍵かけられてんのよ。
でさ、みんなに気づいてほしくて?途中から手をクルクルさせんの、毎日やってたけど、姉さん、気づかなかった?』
『ぜんっぜん!!気づかなかった…
ずっとコッチ見てる事すら知らなかった…。
モリくん、寂しいんじゃないの?さっきすごい嬉しそうだったよ…』
『そうなんだよ…俺もそう思うよ。
モリくん、寂しくなると1人で暴れちゃうらしい。だから、二重扉の鍵かけられてる…でもそれって余計モリくんには良くないよね…
でもさ…女の人からしたらちょっと怖いよね…』
京極が、頭をふりながら手をクルクル回転させる。
何かどっかで見たことある景色なんだけど…
その振り付け…
どこだろう………
分かった!!!!
『ねぇ、その手のクルクル、昔あったビリーズブートキャンプの中にない?その振り付け!!』
一瞬だが、昔キャバクラで働いていた頃、夜中にビリーズブートキャンプがずっと流れていた事を思い出した。
その時のあの振り付けにそっくり!
スゲ〜私!!(自画自賛)
『あったあった…!!』
ヒナタ姉さんが爆笑する。
『えっ?!モリくんって、コッチ見ながらテンション上がってきたら、1人でビリー隊長やってたの?』
もうダメだ…
手のクルクルがビリーズブートキャンプのソレ見えて仕方ない…
モリくんには申し訳ないが、私はモリくんの手のクルクルと、ビリー隊長率いる仲間の軍隊式トレーニングダンスが重なり、1人で腹筋崩壊してしまった。
なんでビリーズブートキャンプでアピールすんだよ!!他にもあるだろ!
凛ちゃんは、まだハタチすぎなので、ビリーズブートキャンプを知らない。当然だ。
なぜ、モリくんが、笑いながら手をクルクル回転させる仕草をするのか、その後彼に直接聞くこともできず、永遠の謎となってしまった。
が、彼もまた、人を求め、皆と楽しく和気藹々と話したかったのだろう。
難儀な話だ。
(帰宅後、ビリーズブートキャンプを検索すると、ビリー隊長が「サークル!サークル!」とかけ声をかけながら、皆と手をクルクル回転させるシーンが確かにあった。)
精神病院は男性看護師の率が非常に高い。
今回入院になったのは初めてだが、私が居た閉鎖病棟の看護師の男女比は6:4くらい。
年齢関係なく、フランクでユニークな人が多かった。
特に男性看護師は、コミュニケーションスキルの高い、融通が効く人が多かったように思う。
顔が塩顔で山P風の髪型をした、あまり愛想の良くない看護師がなぜか人気があった。
私はおすぎかピーコ、どちらかに似た、パーマの男性看護師の声かけに時々大笑いした。
精神病院の朝は早く、毎日見ていると、決まった時間に特定の人たちが病棟内をグルグルと歩いていることも多い。
そのグルグル隊の中に、“タバサおばさん″という人がいた。
“タバサおばさん″は、毎朝保護室から、こちらの一般閉鎖病棟に出てきて、スリッパの音をパタパタとさせながら、そう広くない病棟内をものすごい速さで歩くのが日課だ。
毎朝20周〜30周はしていたように思う。
足音をきいただけで、あ!タバサおばさんが歩いてる!と分かるくらいだ。
なぜ“タバサおばさん″と呼ばれているかと言うと、食事をとっている時以外、『タバサ』と口もとが動き、常に早口で言っているように見えるからだ。
実際に“タバサおばさん″が『タバサ』と言っているのを聞いた者は1人も居なかった。
無音である。
ある朝タバサおばさんが、口元でタバサを連呼しながら(無音)、新聞のある一定のページだけを凝視していることに気づいた。
私は新聞の内容が気になり、お茶を取りに行くついでに、タバサおばさんの真横を通った。
相変わらず口元は早口で動いているが、声は聞こえない。
タバサおばさんが見つめる新聞に目をやらると、何やら数字が一面に並んでいる。
株価だ!!
ビックリしてその場で立ち止まると、タバサおばさんは私の顔を見上げ、口もとを動かすのをやめた。
すると、突然タバサおばさんのほうから
『おはようございます!』
と言ってこられた。
『おはようございます。あの…株見てらっしゃるんですね…』
『一昨日より昨日、昨日より今日の方が下がっとんねん…どうしよう…毎日下がっとる…』
『株、されてるんですね、私やったことないから全然わかんないんです…』
『そうか、姉ちゃんも株の勉強したらええで。毎日穴があくほど見るんや!』
『はい…ありがとうございます』
助言までいただいた。礼を言い、私はタバサおばさんの横から離れた。
また口もとが“タバサタバサ…″と動いているが、新聞に目を落とし、株価の一覧をジッと見つめている。
タバサおばさんは、どうやら長い間入院している様子だった。しかも保護室に。
毎朝、各企業の株価をチェックし、誰に伝えているのだろう…それか昔やっていたのかもしれない。
タバサおばさんは、株価をひと通りチェックすると、また病棟内をものすごい速さでグルグルと歩き出す。
株ね…。
株といえば、相方の知人にとても強い人がおり、私もよく世話になったが、数年前に若くして亡くなられてしまった。その奥さんがいつも言っていた。
『若い頃から四季報を穴があくほど見ていた。』
その知人は、とても努力家なのと先見の明があったのだろう。が、同時に損失もたくさんしてきた。投資家は皆そうだ。
株価の乱高下と、タバサおばさんの心の振れ幅が重なった気がした。
タバサおばさんも、もしかしたら株に強い時期があったのかもしれない。
精神病院の閉鎖病棟に入院してまで、日々の株価をチェックするタバサおばさんを、何だかかわいらしく思えるようになった。
(最初は“サマンサタバサ″と言っているようにも見えたが、唇の動きから、サ行とンが抜けていた。)
夕食後、みんgalも加わり6人でいつものように、雑談をしていたら、見かけない“地雷系ファッション″と甘ロリをmixさせたような、若い女子を発見し、すぐに皆で話しかけた。
聞いてみると、17歳!!
未成年病棟が満室で、コッチ(成人棟)に連れて来られたという、高校3年生だった。
髪はツインテール、大きなマイメロのスリッパを履き、マイメロのグッズだらけだった。お化粧もバッチリ、髪も明るいピンク系に染めていた。
ディズニーキャラクターのマリーちゃん好きな私は、17歳のマイメロちゃんに興味津々、隣の椅子に招き、2日目には、“今ドキの若者の化粧″を一式教わった。
彼女の化粧品グッズをテーブルに出して、皆で見たあと、お互い化粧をし合った。
(以下マイメロちゃんはマイメロと略)
ディオールのパレット、マリークワント、CANMAKE…までは分かる。が、あとのモノがまるで分からない。
自分の子…はいないので、生徒ちゃんくらいの年齢の彼女に、『このアイライナーはどこに売ってるの?このラメはどこに塗るの?』といちいち聞き、気になるモノは全てメモした。
今ドキの“抜け感、色素薄い系メイク″を習い、私も“マイメロ風ピンク系抜け感メイク″を真似っこし、似合おうが似合わまいが、とても満足した。
高校生の時、友人と化粧をしまくって遊んでいた事をふと思い出した。
いつも英語を教えているくらいの生徒に、今ドキのメイクを習う。
病院で何やってんだ…と思う人も多いかもしれないが、この閉鎖病棟では食事は不味いし楽しみなど、ほとんどない。
しんどい事が多い中で入院している者にとって、そういった事ひとつでテンションが上がる。
ヒナタ姉さんが、マイメロの髪の毛を器用に四つ編みにしていく。
クレンジングはヒナタ姉さんが貸してくれた。
(ついでに、気になっていたゲンキング監修のシャンプーもヒナタ姉さんに拝借した、とてもスパイシーでセクシーな香りだった)
ヒナタ姉さんの歯は、近くで見ると、自然色のセラミックを入れた私の歯なんかより、遥かに白くて綺麗な歯をしていた。歯並びも抜群にいい。
歯科と自宅、両方でホワイトニングをしていると言う。芸能人のような美しい歯をしていた。おまけに横顔のEラインも綺麗、私の好きなお顔立ちだ。
(Eラインとはエステティックラインのこと)
凛ちゃんの提案で、マイメロも入れた7人でUNOをした。私はルールをほぼ忘れており、ヒナタ姉さんとブービー賞争いになる。
隣から、月夜ちゃんがカードを覗いてアドバイスをくれた。静かな声で優しくささやく。
勝負ごとが強いのは、みんgalが抜きん出ていた。
大笑いしながらUNOを何回かした後、“マイメロに世間の厳しさを知らせるために人生ゲームをしよう!″と京極と凛ちゃんが言い出し、7人で人生ゲームを始めた。
何を隠そう…実家があまりに厳しすぎたのと、娯楽やゲームを禁じられていた私にとって、生まれて初めての“人生ゲーム″だった。
これまで一度も人生ゲームをした事がないことを恥ずかしく思い、誰にも話した事がなかった。
(人生ゲームの話が出た時は知っている“フリ″をしていた)
皆にやり方を教えてもらいながら、私は“フリーター家を買う″になったり、みんgalが“ギャンブルゾーン″で燃えたり…ゲーム用の車が6台しかなかったので、みんgalと織った折り鶴を車代わりにしてゲームを続けた。
金融レディこと凛ちゃんが、“銭の番″をし、その処理能力の高さと手捌きに驚いた。
21時を過ぎても中々終わらず、白熱した私たちは消灯ギリギリまで人生ゲームで騒いだ。
優勝はみんgalだ。
女社長なだけあって勝負ごとに強い!
マイメロも私も、人生初の人生ゲームをまさか閉鎖病棟でやろうとは…へとへとに疲れたが、その後にはスッと眠りに落ちた。
明日は凛ちゃんの退院だ。
話し足りない事は、明日の朝話そうと決めた。