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優柔不断なカレ

そろそろいつもの時期がやってきた。

そう、毎年恒例のバレンタインデー。もはや私にとってバレンタインは義務のようなものになっていた。

去年はTに市販のチョコを渡したら驚かれた。お返しはなかったけど…。


でも“2年生になったら嫌われる″法則通り、中2の頃のミッちゃんよろしく、確実に避けられていることは分かっていた。
そんな時にバレンタインはやってくる…不貞腐れた私は中2のバレンタインデーに痛い思いをした。あんな思い二度としたくない…。



当時の私は『オトコ』っていう生き物が何なのか、まるで分かっていなかった。(今もだけれど)

生物学的には同じ人間という事は理解しているのだけれど、『オトコ』っていう生き物は近くに住む祖父しかいない。
そもそも最初から兄弟も父親も従兄弟とやらも同居家族に『オトコ』は存在しなかった。
彼らが普段何を食べ、何を話し、どんな生活をしているのか、私たち女と何が違うのか知りたくて知りたくて仕方なかった。

恋愛上手な女友だちは“駆け引き″とか言ってるけど、私は駆け引き以前の問題として、『オトコ』の生態調査から始めねばならないと常日頃から思っていた。

『ハッシーは男子とすぐ仲良くなれて羨ましい、男友達いっぱいいていいね』なんて言われるが、それは何を隠そう、“オトコとは何ぞや″を知るための1つの手段として、仲良くしていた面も大きい。
でも、どれだけ仲良くなっても所詮は友達止まり、男女の仲ではない、表面的なものしか見えない。


レオナルド・ダ・ヴィンチの“人体図″と、ミケランジェロの“ダビデ像″を見た時、コレだ!!と思った。

よく分からないが、成人男性のモザイクがかかってない“美術品“としてそれらを眺める事ができる。
男子に借りているエロ本やアダルトビデオはモザイクがかかっており、肝心な部分は見えないし、あれは性行為だ。私が知りたいのはもちろん性行為もだが、それ以前の事だ。

『オトコ』についての知識が何もない。
彼らが何を食べ、いつ風呂に入り、どんな寝方をしているのか、要するに『オトコ』の生活様式、考え方、体のつくりまで、随分と年の離れた祖父と盆暮に帰省する博士意外見た事がなかった。


母は二言目には『男なんてロクなもんじゃない』と、徹底して『オトコ』の情報を与えなかった。


もしも目の前に『生身のオトコの標本』があったら、まな板の上の魚みたいに、ひっくり返して色々観察したり、においをかいだり、何なら解体してみたいくらい興味があった。


それができないのは当然分かっていたけれど、誰にも聞けない。皆、家にお父さんが居たり兄弟や親戚の男ってのが1人は居たりする。


幸いなことに、好奇心旺盛+“人見知りを全くしない性格″が重なり、本当に好きな男子以外とは誰とでも話すことができた。
話すことなんて話題がなければ自分が作ればいい、お金もかからない、もし嫌な態度を取られたら相手を変えればいい。




もし私に唯一の才能?というほどでもないが、それに近い何かがあるとすれば、“極度の人見知りのなさ″と、男子とのコミュニケーション能力だけだろう。
コミュニケーション能力と言っても、難易度の高い駆け引きとか、相手の気を引くためのコミュニケーション能力ではなく、誰にでも公平に話しかけ、相手の反応を見て仲良くなれるように持っていくこと、それだけ。

本当に好きな男子以外に、“恥ずかしい″という感情を一切持ち合わせなかった。


逆に、学校のアイドル的存在、女の私から見てもゾクゾクするほど美人な同級生の女子と話すことの方が緊張を要した。


これは今でも全く変わらないのだが、男子、オトコ、大人の男性まで、その人の年齢も役職も一切関係なく、どんなにスペックが高い人だったり、偉いと言われる人を前にしても、フラットに自分から話しかけるという行為に全く抵抗がない。男慣れしているとかではなく、本当に何とも思わないのだ。
そこの部分だけ異様なまでにハードルが低い。



確かに男友達は多かったのかもしれない。
私にとって男友達とは、『オトコ』を知るためのツールのひとつであり、大切な情報源のひとつだった。だが、所詮友達は友達なので、彼らの生態については謎のままだった。

“男兄弟がいる子は男扱いが上手く、恋愛上手″だとも聞いていた。
それが本当なのか分からなかったのだが、女ばかりの中で育ち、一人っ子の自分よりはマシなんだろうと思っていた。
何より同じ屋根の下に住んでいる、というところから、スタート地点が違うのだから。


そんなわけで、男友達と情報交換しながら、肝心の好きな人には“2年目に必ず嫌われる″というジンクスを避けられないまま、2月はやってきた。

友美たちと3学期から、週1しかない調理部に入り、来る日も来る日もパウンドケーキばかり焼いていた。
チョコマーブル、レモンピール、ココナッツパウダー、紅茶味…色々試したが、私の好みの洋菓子は製菓用ブランデーやラムダーク、リキュールを規定の倍以上ドバドバ入れて焼いた、アルコールの匂いがしみわたるくらい洋酒をたっぷり使った菓子が出来上がる。
顧問の家庭科の先生から『あなたその調子じゃ家でも飲んでるでしょう』と苦笑いされていたが、『ウチ、全員酒飲みなんで』と笑って誤魔化した。

今年はハート型にくり抜いたクッキーを焼いて、ホワイトチョコとプレーンチョコをテンパリングして、周りをチョコまみれにしてやろうと決めた。
母には『友だちとお互い交換する』と大嘘をつき、丁寧にハート型の型抜きクッキーを焼いて、チョコレート2種類をテンパリングし、上からダーっとかけて、艶々のホワイトチョコまみれのクッキーとプレーンチョコまみれのクッキーを2枚重ねたら、ものすごい厚さのクッキーが出来上がった。
その中から、見栄えが良いものを何枚か選んでラッピングして完成させた。溶けてしまいそうなので冷蔵庫にしまっておいた。
自分でも食べてみたが、洋酒の香りがする甘々なサンドイッチクッキーで、少し心配になった。


バレンタイン当日まで、嫌われてる相手にわざわざあげようかどうか迷いながら、さっさと帰宅し、チョコレートクッキーを取り出し、制服を整えて用意だけはした。

あとはTが帰宅していれば家に持って行けば良い。家の付近まで行ってみたが、Tのチャリがない、あれおかしいな…?


30分くらい待ちぼうけをしたが、辺りが段々と暗くなってきたので、公衆電話から家の電話にかけてみた。T本人が出た。


『あの、私だけど、バレンタイン渡そうかと思って電話したよ』


『あぁ…(乗り気じゃない返答)』


『どうしようか?いるなら持ってくけど…』


『……』

しばらく沈黙が流れた。私は初めて好きな人にキレた。


『いらないならもらってくれなくていいよ。
あのね、チョコいるかいらないかくらい、ハッキリ言ってくれる?
いらなかったらそれでいいよ!帰って捨てるから!』


初めて好きな男の優柔不断さにブチキレた。

チョコいるかいらないかくらいで考えるこむな!私の事が嫌いなんだろ、嫌なら嫌ってハッキリ言えよ、この野郎!


『い、いる!!』


私に予想外に詰められて彼は驚いた様子でそう答えた。


『分かった。なら今から持ってくから。』



半分泣きそうな気持ちになりながら電話を切った。
私の事嫌いなんだろ?それくらいこっちだってわかってるわ。
でもやっぱチョコいる!って多分私以外からもらってないんだろうな。子どもかよ。

でも悔しい!!そんな奴でも嫌いになれない自分が悔しい!!


10分後、Tの家のチャイムを鳴らす、今から持ってくからと言ったから本人が出てくるかと思ったら、お母さんが出てきた。
しかも去年とは人が変わったかのように、笑顔で、フリフリの白いエプロンをしていてびっくりした。
あぁ…お母さんは息子がバレンタインのチョコもらうようになって嬉しいんだろうな…


『Tくーん、おともだちよ〜!』と言い、お母さんはニコニコしながら奥の部屋に消えた。


2階からドタバタ大きな音を立ててTが降りてきた。



『ハイこれ、ちょっと甘いかもしれないけど』


『ありがとう』消え入りそうな声で彼は礼を言った。

じゃあね、と私は半分怒りまかせにその場を後にした。



任務完了。


てか、何なんだよ!!自分で出てこいよ!
いるかいらないか、私が初めて早口で捲し立てたら『いる!』って…嫌いな相手でもいるんかーい!!
バレンタインがお母さんだけ、より一個でもあった方が、自尊心が保てるんだろな…どうせ明日学校に行ったら仲間うちで、あいつからもらった…とか言うんだろう。
嫌いな相手でも0と1じゃ大違いだからな。

バレンタイン、渡したばっかりなのに、半分泣きそうで半分は怒っていた。
優柔不断な男に、そして、それでも嫌いになれない自分に。


嫌いならそれでいいから、スッパリ迷惑だからって断ってよ。別に今更傷つかないから。
アンタのことやめて、他の好きな人探すから!



いっそのこと嫌いになれたら、どれほど楽だろう…



黒夢の“ピストル″の最後の部分の歌詞を思い出して、思いきり泣いた。



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