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レモンパイ

3学期に入り、みっきーや友美とは通常モードで、悪ふざけやパンの潰しあいをして過ごした。私たち3人はクラスで完全に浮いていた、女として…。


同じく2学期の後半くらいから、後ろの席だった千景とその友人、ミエちゃんと学校以外でも遊ぶようになっていた。グループは違うけど仲はいい、みたいなやつだ。
千景は運動神経が良くおしゃべりムードメーカー的な存在で、ミエちゃんを例えるなら…仲間由紀恵さんをぐっと高校生くらいにした雰囲気を持つ大人っぽい女子だった。綺麗なストレートヘアをいつも手入れしている。
よくよく話してみると、やはり千景もミエちゃんも入試で最初英語科を受けたが、滑って普通科になった組だった。通りで頭がいいわけだ。 

ミエちゃんがある日コッソリ私に話しかけてきた。何なに?


『ハッシー、千景や他の人に絶対言わないでね。私、英語科の補欠1番だったんだ、2年生になったらE組の英語科に上がる事になると思う』


なるほど!!アホな私に教えてくれたのだ。
他の友達も皆英語科を滑って普通科にいるので、ミエちゃんだけ2年生から英語科に行く事を面白くなく思う奴がごまんといるわけだ。建前友達でも皆ライバルなんだな…

『そっか、それってすごいじゃん!英語科に行っても手紙交換したり友達でいようね!』

ミエちゃんの頑張りを素直にすごいと思った。私と大違いで、1年生の間常に努力し、成績をキープしていたんだ。

待てよ、英語科は定員40名のはずだ…と考え込んだ。1年間の夏休み中に病気で亡くなってしまった同級生が1人いた。彼女は最後は好きな授業を受けたいと、とても痩せ細った身体を出して水泳の授業を受けていたのを見た。プールに入りたかったんだろうな…。英語科の人で話した事はなかったけれど、まだ15歳という若さで同級生が亡くなるという事はとても悲しかった。2学期の始業式で彼女が亡くなった事が通達され、皆で黙祷をした。
そういう事情があり、英語科は39名になっていたのだ。

ミエちゃんは、英語科の不合格者の中で補欠1番だった事、その後の成績を見て先生から話があったのだろう。
ミエちゃんはとても美人で気が強そうで、最初は何となく近づきがたかったが、一旦仲良くなると、とても気さくで、超絶メンクイで美意識が高くて、垢抜けているのに全く気取っていない。
そんなところが好きだった。

ミエちゃんの家にお泊まりに行かせてもらった。珍しく母からオッケーが出た。
お父さんもお母さんもとても品のある都会的な人で、転勤族で中学からこの地域にいること、ミエちゃんの着ていた黒のロングコートは、“クリスマスにパパにおねだりして買ってもらった″というバーバリーの8万円のカシミヤのコートであった。
スゲ〜!美人で大人っぽいミエちゃんが着ると華原朋美みたいだ〜!
当時高校1年生で8万円のカシミヤの黒のロングコートをサラッと着こなしていたのは彼女くらいだろう。所沢におばあちゃんの家がある、なるほど、東京方面からお父さんの転勤で中学からここら辺にいるってわけね。 

ミエちゃんの家はとても快適なマンションで、よく掃除されており、色んな化粧品があった。
都会のお嬢様なんだ…でもツンツンしてない。1番笑えたのが、あんなに美人なミエちゃんが超絶メンクイだった事だ。
英語科にいる高身長でジャニーズに居そうなくらい甘いルックスを持った、学校中の誰もが知る男子の事が好きだった。
(入学した当時、その男子くんだけ女子から大騒ぎされるほどであった)

『ハッシーはTくんが好きなんでしょ?バレンタインあげるの?』

『もうバレンタインだよね、やっぱ最初は市販かな?』なんて彼女と話していた。

中3までは、バスケ部のミッちゃんに渡した(2年生の黒歴史は横に置いておいて)、11月にフラれたけどやっぱりチョコあげよ〜!

市販の1500円くらいのチョコを購入し、家を調べたら…学区が隣というだけで案外近かった。

親友のみっきーや友美は誰にもあげない、しおりんはどうするんだろう?

とりあえずバレンタインの日はTの家にあげに行こっと!フラれていてもバレンタインは楽しむものだ。ふふふ。

バレンタイン当日、自転車で制服のままTの家付近まで行った。大きな家で庭にバスケのゴールが設置されている。噂で一人っ子と聞いていた、私と同じだ。おっと犬がいるぞ…と恐る恐る玄関のチャイムを鳴らした。

すると“何の用ですか?″と怪訝な顔をしたお母さんらしき人が出てきた。 
あ、この人がTのお母さんなんだ…お母さんは何もピンときてない、私の制服を見て息子と同じ高校の生徒だと理解した様子だった。

『あのTくん居られますか?』

『……Tくーん、おともだちよー!』とお母さんが2階に向かって叫んでいる。おたもだちね…まいっか。しばらくすると、Tが玄関の外まで驚いた顔をして出てきた。

『あのね、チョコなんだけど、良かったら食べてくれる?』

Tはビックリした顔をしていた。
11月にフッた女が、まさかバレンタインにチョコを持ってくるとは思っていなかったようだ。

『あ…どうも…えっ?』みたいな返事だった。

私はじゃあねー!と言い、自転車で家に帰った。任務完了だ。
それにしてもお母さん、なんであんな怪訝な顔してたんだろう?…中学までの男子のお母さんと比べてみた…なるほど、、、Tを好きだと騒いでいたのは、学年中どこを探しても私1人しか居ない、バレンタインに女の子が家を訪ねてくる事がなかったんだ!(おそらく)


まぁいいや、Tは寡黙で地味で目立たない。顔は布袋寅泰に似ている。
マラソン大会でなんとTは学年で1位だった。中学の時のミッちゃんも毎年マラソン大会1位だったな…足が速い男が好きなのか?…いや、たまたまだろう。自分は面食いではないということを友達から言われて気づいた。

人を好きになることに理由なんてない。

顔だけで異性を好きになる同級生の気持ちがイマイチ分からなかった。

しばらくして、アフリカンと呼ばれていた秀才型の男子と仲良くなった。とても綺麗な標準語を話す真面目なタイプ。クラスの男子も女子も彼を避けていた。彼がアトピー性皮膚炎だったのと、話し方が気持ち悪いとかくだらない理由だった。
私にとってそんなことはどうでもいい、授業のノートを見せてもらったり仲良くしていた。アフリカンは中学の頃からイジメに遭っていたそうだ。
私とアフリカンは席が前後だったので、よく話していると『ハッシー、あの人と仲良くしてるけど、恥ずかしくないの?』と聞く者もいた。

そういうアンタは恥ずかしくないのか?
そうやって彼は無視されたり馬鹿にされたりしてきたんだろうな…と容易に想像がついた。

アフリカンは“独自の情報ルート″を持っていた。色んな人をよく観察している。彼を避ける者は多いが、彼の人脈をナメてはならない。

夜、母が宗教の集会に行っている間、電話をする仲になった。もちろん家電なので、電話はアフリカンのお母さんが取る。感じのいいお母さんで快く繋いでくれた。
お互いの好きな人の話になり、電話で盛り上がっていた時、『橋本さん、Tくんの好きな人って知ってるの?』と聞かれた。

そういえば、告った時に『好きな人いるんで…』と即答されたのだが、見当もつかない。私をフるための言い訳かと思った事もあった。何せTは女子とほとんど口をきかないのだから。考えた事もなかった。

アフリカンに『知らないよ…Tって好きな人いるの?』と聞いてみた。クラスの中で皆から避けられていたアフリカンとTが話しているところも、また見た事がない。
でも気になる。誰だろう?可愛いユキちゃん?全く分からない。

『橋本さんの隣にいる人だよ』とアフリカンはつぶやいた。隣?フケ頭みっきーか?あ、失礼!まさか友美?違う…。

『ミ、ミエちゃん??』

『アタリ!』

『うっそーー!マジで⁈何で知ってんの?てかそうきたかー!!自分の友達かよ!』

『それは言えないけどね、僕はそう聞いたよ』

ま、まさか、自分と仲の良い友達のミエちゃんをTが好きだったとは…、そういえばいつもそうだ。自分が好きになる相手は、何故か私の友人を好きになる。それも憎めない近しい友人のことを!!

アフリカンと電話を切ったあと、みっきーに速攻電話した。みっきーも驚きを隠せない様子だった。『た、確かにミエちゃん、美人だよね!でもあの大人しいTがねぇ…面食いなんだね』

ミエちゃんは私の恋愛を応援してくれている、私の好きなTはミエちゃんが好きらしいよ…なんて口が裂けても言えない、でもね、でもね…よりによって何で私と近い友達を好きになるんだよーバカヤロー!!

そして同時に1人で笑い転げた。ミエちゃんの好きな人は英語科の超絶イケメンの彼だった。ミエちゃんはハッキリしている、男は顔!といつも言っていた。
美人な女だけが持つ特権。
そのセリフを堂々と使えるのは。
容姿に自信がある者が言ったら、あー仕方ないよね!美人だもん!と許される…あぁなんて事だ…悲劇だ。

当然ホワイトデーのお返しなんてない。


春休みに入る前、千景とミエちゃんと3人で、隣町のデパートの横に昔からある、ケーキが美味しいお店に行った。元々はイタリアンのお店で昼間だけカフェ営業をしていた。
ここのレモンパイ死ぬほど美味しい…レモンパイ、甘酸っぱいな…私だけ紅茶を頼み、千景とミエちゃんはコーヒーを頼んでいた。

プリクラもたくさん撮って恋バナばかりした。

そのお店、3年後くらいに潰れてしまって、今はもう跡形もないんだ。ミエちゃんは知ってるかな…多分知らないだろうな。

レモンパイは私にとって甘酸っぱい恋の味そのものだった。



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