3学期〜バレンタインは合格発表の日
(過去記事:音大生専用の物件探しのつづき)
3学期に入ると、センター試験を受ける者が大半の我が校は、午前中授業になったり、自主学習の日になったり、学校に来ても来なくてもいいよ的なスタンスになった。
私やミナ、ウッチーのように推薦入試で進路先がほぼ決定していた者は、素行の悪さで入学取り消しにならないよう、最低限のルールを守り、陰でバイトに勤しんだ。
ミナは学校にも親にもバレないチェーン店の寿司屋で、私は近所の巨大ショッピングモール内のパン屋のミニクロワッサン売り場で、できるだけ毎日数時間でもバイトができる日はシフトを入れた。
ミナは昔から要領が良く、持っていたポケベルもバイトの事も親は知らない。
元々放任主義の母親だった事もあったが、ポケベルだけはどうやって契約し、明細書はどうしているのか気になった。
『ベルは、前お姉ちゃんが契約してくれて、明細書はバイト先の寿司屋に送ってもらってる、ウチは門限もないし、バイトで遅くなっても何も言われない。
毎日残った寿司のパックを冷蔵庫に入れてたら、ウチのおかん、何で毎日寿司が冷蔵庫にあるんだろう?ってさ!』
笑いが止まらないといった表情で私たちに話す。
ミナがバイト先から持ち帰った寿司のパックは、翌日学校に持って来て、数学の授業の時に、ミナと私とウッチーなどで回し喰いする。
高3時の数学の教科担任は、おじいちゃん先生で板書がやたら長い。
文系クラスは数1、2と数A、Bの簡単な問題の復習ばかりで、あんなに数学で手こずった私でさえ簡単に60点がとれるテストを作るゆる〜い先生だった。
当然寿司の回し喰いにも気づかない。
数学の時間は、皆授業を受けるフリをして他の教科を勉強したり、私やミナ、ウッチーはヤンマガや稲中を読みながらミナが持ってきた寿司のパックを回し喰いして楽しんだ。
一度だけ、周辺の男子が
『なんか寿司くせぇ…』
と、キョロキョロこちらを向いてきたのがおかしくて仕方がなかった。
1月、2月…と進んでいくと、国公立難関私大ガチで受けます組と、早々進路が決まった者とで、学年の雰囲気がガラリと変わった。
私は週に3日ほどパン屋のバイトを21時まで入れ、余った調理パン、菓子パン、食パンを両手いっぱい袋に詰めてもらって家に帰宅すると、母は大喜びで、
『調理パンは夜中の0時までに食べないと!』
という私の言葉を間に受け、1ヶ月そこらで、母がパンの食べ過ぎでパンパンに膨らんだ。
持ち帰ったパンは、祖父母の家、近所の人、学校の友達に余るほどあげ、私もパンは好きであったが、最初だけで、そのうち見るのも嫌になった。
最後のバレンタインの日…はTの受験する大学の合格発表の日だった。しかも学校は休み。
私はなるべく大好きなTの邪魔にならないよう、気配を消し、作戦を練った。
最後だからきちんと手紙を書いて、チョコレートムースのケーキを作り、綺麗にラッピングをした。
手紙には、自分は他県の音大へ行くこと、それぞれの道に進むと思うが頑張ろうね、といった内容を書いた。
Tは有名私大を第一志望にしているとA組の友人から聞いていた。
受かってるといいな…
母と入学式用のスーツ(コムサデモード)を隣の県までわざわざ買いに行った際、祖父のお土産を買うためメンズエリアに立ち寄った際、ポールスミスでオシャレなポケットチーフを見つけた。
母が会計を済ませている間、サッと抜け出し、そのポケットチーフをバイト代で購入した。
もちろんバレンタインデーにつけるプレゼント用だ。高校生でポールスミスのポケットチーフとは、生意気で少し痛い出費だったが、Tも大学生になればスーツを着るだろうと勝手に予想して購入した。
バレンタイン当日、チョコレートムースケーキと手紙、ポールスミスのラッピングされた小さな包みを袋に入れ、休みの日だったので、例の赤いコートを着てTの家まで向かった。
ちょうど合格発表の合否が分かる運命の日だった。Tの顔色を見れば分かるだろう。
家の門を入ろうか迷っていた時、Tのお父さんらしき人がドアから出てきた。何だか険しい顔をしている。またドアの中に消えた。
もしかしてダメだったのかな…
とにかくその事には触れず、きちんと渡す事だ!
ピンポンを鳴らすと、お母さんでもお父さんでもなく、T本人が初めて玄関に出てきた。まるで私が行く事が分かっていたかのように。
顔色が冴えない…あ、ダメだったんだ…
一瞬で悟った。
『これ作ったから食べてよ…中々学校でも見かけないけど元気だった?』
『あ……』
『そんな顔しないで、ハイ!』
『3年間どうもありがとうございました…』
落ち込んでいるTの口から滑るように出たその言葉で、涙が出そうになった。
3年間って…キチンと分かってたんだ。
あなたは、私のこと途中で嫌いになった時期もあったみたいだけれど、私はいつだってTが好きだったよ…そんな顔しないでよ…
『じゃあね!』
クルッと向きを変えて、足早にTの家の門を出た。
あ、、、ポケットチーフ余計だったかな…Tは浪人するのかな…
家に帰る道の途中で泣いてしまった。
帰宅した夜、A組の友人に電話をしてみた。
やっぱり第一志望の大学は滑ったらしい。
今日みたいな合格発表の日がバレンタインデーなんて!!
食べてくれたかな…今日のあの様子では、バレンタインあげたの、私だけだったのかもしれない。
私は私で3年間やり切ったんだ。
好きにはなってもらえなかったけれど、やっぱり中学のミッちゃんの時と同じだ…3年間同じ人をとことん好きになるってこういう事なんだ。
その後、登校した際何度かTを見かけた。
浮かない顔をしている。
A組の大事な“情報源″の友人から、Tは浪人することを決定したと聞いた。
もう1年勉強頑張るんだ…
次に会えるのは3月1日、卒業式の日だ。
卒業式の日は…ウチは学ランじゃないから第二ボタンはない…あ!そうだ、ネクタイもらおう!!あと写真撮ってもらおう!最後くらいサービスしてくれるだろう!!
なんとも言えないバレンタインデーだったが、何も後悔はしていない。
よく考えると小学校1年生の時から、毎年懲りもせず高校3年生まで計12年間、毎年誰かに必ずバレンタインデーのチョコを渡してきたんだ。
よく頑張ったぞ、自分。
お返しなんてほとんど来なかったけれど、それでいいんだ。自分の気持ちを毎年形に表して伝えることのできる、バレンタインデーが私は大好きだったんだ。
大学生になったら彼氏とかできるだろうか…もうこうやって学校で会う人を好きになったり、体育祭でハチマキもらったり、こういう経験するのも最後か…。
高校、楽しかったなぁ…
鼻の奥がツンとし、胸の奥が寂しくなった。
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