アケミとヤンキーの方々
中学の頃のアケミと高校は違ったが、時々会ってはアケミの家に出入りしていた。
私もタバコを吸うようになっていたので、彼女の部屋で灰皿を拝借した。
ある日アケミのお母さんが『レナちゃん久しぶりねぇ〜!よく来てくれたわね、もうこの子ったら、タバコやめなさい!』と部屋に入ってきた。
アケミはケラケラ笑いながら『レナちゃんだって吸ってるんだから!』と私の方を指差した。…お母さんが固まった。
『レナちゃん、どうしちゃったの?レナちゃんもタバコ吸いだしたの?レナちゃんのお母さんは知っているの?もしかしてウチの娘が…』と言いかけたところで、『ま、色々あって吸い始めたんです、ダメなのわかってるんですけどね…私の周りも吸ってる子多いんです、アケミちゃんに勧められたわけじゃないですから!ウチの母は知りませんよ、そこは大丈夫ですよ』と、何が大丈夫なのかわけのわからない言い訳をした。
アケミは、とっとと出てけババァ!みたいな事をお母さんに叫んで部屋をガチャっと閉めた。
『レナちゃん彼氏できたー?まだ処女?』
『できるわけないじゃん、あったりめーよ』
『今日の晩、何か用事ある?』
『あー、19時から塾がある、1時間半だけど…』
『マジで?塾サボって遊ぼーよー、今日ね、“先輩″が車出してくれるんだ!行こうよー!』
『塾ねぇ…1時間くらいなら抜けれるけど…車って何すんの?先輩って怖い人?』
『ぜ〜んぜん怖くないよ、超優しいよ!行こうよ〜!楽しいからさー!行こ行こ!駅前に19時ね!』
…タバコを吸いながら考え込んでしまった。
アケミはその“先輩″とやらと何やら約束しているらしいが、そもそも塾をサボった事は一度もなかった。19時から20時の1時間なら…21時過ぎに母が帰宅する。
バレなきゃいっか、いや待てよ…アケミの先輩で車持ってるって当然オトコだよね?
めちゃくちゃ怖いヤンキーの人だったらどうしよう…
そもそも何で私を誘うんだ?他にも友達はいるだろう…
沈黙を押し切るかのように
『大丈夫だって〜、1時間なら大丈夫なんでしょ?ならその1時間だけ遊ぼ〜、キッチリ20時には駅前で降ろしてもらうように先輩に言うから!ね!キマリ!』
そうだな…たまには他校の友だちと遊ぶのも新鮮かもしれない…塾は遅刻しても家に電話はしない、よし、1時間だけなら…サボったのバレたら半殺しの刑に遭うだろうけれど、何とかうまくやってみようか…そもそも夜友達と遊べた事なんて一度もないしね…
私の家は部活があっても門限は19時。1分たりとも遅れてはならない。
高2くらいになると、ウッチーなど家の規則が緩い友達は街中をフラフラしたり、カラオケに行ったりと夜遊んでいるのを学校で聞いて、羨ましく思っていた。
『わかった!19時に駅前に居るからそこから1時間だけだよ、そこだけは絶対ね!』
そう言って一旦帰宅し、“レンジでチンして食べてください″と、母がメモ書きを残していたパスタがテーブルの上にあった。
そういえば今日は母は英語の塾の日だったな…て事は母の帰宅は21時を確実に過ぎる。
私は伸びきった何とも言えないマズいパスタをレンチンして食べた後、制服のまま塾がある駅前までチャリで行った。
18時半過ぎ、早めに着いてしまった。
塾は煌々と明かりがついている。同じ高校の制服の者や他校の制服組が塾の階段に吸い込まれていくのを遠くから確認した。
はぁ〜、やっぱ怖いなぁ…どうしよ、変な先輩だったら…と待つ事10分、派手なクラクションを鳴らしながら、私の目の前に真っ黒なクラウンが停まった。全ての窓に黒いスモークのシートが貼られている。フルスモークだ。
ヤバ!これってヤン車ってやつじゃない??
後部座席の窓を開けたアケミが『お待たせ!』と笑顔で私に手をふった。
運転席を見ると、派手な白いジャージに金髪のオニーチャンが2人乗っていた、ヤッパリだ…どうしよ…マジで怖いんですけど…やっぱやめときゃよかった…
呆然と立ちつくす私に、『レナちゃん、はやく!一緒に後ろ乗ろ!』と後部座席のドアを開けてくれた。
恐る恐る『お邪魔しまーす』と言って乗り込んだが、前のオニーチャン2人から返事はない。
アケミも私も制服を着たままだ。
アケミが前に居る“先輩″とやらに、自分の友だちだと私を紹介していた。先輩たちは、あまり興味なさげに『ふーん、そっか、じゃ軽くドライブでもすっか!』と言って車を走らせだした。ユーロビートの音楽がズンドコ鳴り出した。
先輩たちは自分たちは18歳だと言っていた。
私は緊張しすぎて話にならない、真っ黒なクラウン、派手なジャージを着た金髪の先輩は、どこからどう見てもヤンキーにしか見えない…
同じ高校でタバコを吸う仲間の男子たちと種類が全く違う。
先輩たちは、アケミが美人だから車を見せたかったのか、アケミの友だちだから“仲間”を連れて来ると思っていたのか、期待ハズレだったのか…私とはほとんど口をきかない。
私はクラウンの後部座席で置物のように固くなり黙っていた。
するとアケミは体勢を崩し、ルーズソックスを履いた長い脚を組み、慣れた手つきで先輩の車の中でセッターを吸い出した。前のヤンキーの先輩も次々とタバコを吸い出し、車内が煙で充満した。
アケミが『レナちゃんも吸いなよ、吸ってもいいんだよ、先輩の車は。ねー!!』と前のヤンキーの先輩に大声で話しかけた。
『おう!好きなだけ吸いなよ』
私も持っていたマルボロメンソールを取り出し、非常に礼儀正しく吸わせてもらった。こんなに大真面目にタバコを吸ったのも初めてだった。
アケミが『レナちゃん、まだ緊張してんの?』とケラケラ笑いながら私に話しかけてきた。
『それより、この車、どこに向かってるんですか?』
と前にいるヤンキーの先輩たちに聞いた。
よくヤンキーが女の子を連れ去り山に捨てた、マワしたとかいう噂を聞いていたので、このまま山とかラブホテルとか、変なところに連れ去られたらどうしよう…そればかり考えて気が気じゃなかった。
助手席の先輩は『ドライブだよ、ドライブ〜!』と片手をあげて笑いながら返事をした。余計に不安になった。
『ほら、めっちゃ優しいでしょ?昔の中学の先輩のツレで、高校の先輩なんだー、社会人なんだよー』とアケミが言う。
あーなるほど、その繋がりか。
アケミの転校前の中学は相当なヤンキー校で有名だったな、今アケミが行ってる高校もヤンキーが多い。
私たち女子高生2人を乗せたフルスモークのクラウンは、やがて隣町の繁華街へ着いた。ロータリーみたいな場所に同じような車と、見るからにヤンキーな人たちがたむろしていた。仲間だ。
アケミは前の2人の先輩と車を降りて、おっすー!みたいなフランクなノリで挨拶をし、ギャーギャー騒いで楽しそうだ。
私は怖いの半分…にしても場違い感が半端なく、車から降りれなかった。
途中で『車から降りてみんなの所に来なよー』と誘われたが、車に酔ったフリをした。
同じ高校の制服を着た生徒もうろついている繁華街だ、何より同じ高校の誰かに見られる事が1番怖かった。
そうか…アケミは高校生になって、別世界(というより元々ヤンキーだったので元の世界)の人たちとこうして遊んでるんだ…みんな年上っぽいな…と車内からじっくり観察した。
金髪のプリン頭にジャージ、キティちゃんサンダル、くわえタバコ、女の人は…1人も居なかった。
1番怖そうな人は…夜なのに薄紫色っぽいサングラスをかけ、びっくりするほど痩せ細り、黒のセカンドバックみたいなのを持って車の上にもたれかかっていた…よく見ると歯が数本ない…前歯に隙間ができている。
ココはこの人たちの社交場なんだ…アケミはとても美人で、コミュニケーションスキルが高く人懐っこい、“先輩たち″から可愛がられている様子が、車内から見ていてもよくわかった。
突然窓ガラスがコンコンとノックされた。
恐る恐るあけると、さっきの薄紫色のサングラスをした前歯が数本ない先輩が、『コーラ飲む?』と私に缶コーラを渡してきた。ニカっと笑うと、やはり前歯が数本ないのが気になった。
『ありがとうございます』と丁重に礼を言い、喉が渇いていた事に気づいた私は、もらった缶コーラを一気飲みした。
意外と優しいんだな…私を“新入り″と思ってんのかな…この人は。
しばらくすると『ポリがくるぞ…』と誰かが言い出し、金髪の男の先輩2人とアケミが急いで車に戻っていた。
『ポリ公の奴、毎晩うっせぇな…ひとまず退散!』先輩はクラウンを急発進させた。カラダがホワンと浮いた。
…にしてもクラウンって高級車なのに、なんでこんなに乗り心地悪いんだろう?おかしいな…道がガタつくたびにカラダがふわりと浮いて余計酔ってしまう。
先輩たちは警察の悪口で盛り上がっていた。
『私、将来警察官になりたいと思ってたんです…』なんて冗談でも言えなかった。それより前に補導されたら私はおしまいだ。
車は徐々に見慣れたいつもの風景に戻り、私は心底ホッとした。これでやっと解放される…
先輩たちは約束通り、20時ちょうどに塾のある駅前まで送ってくれた。
アケミが『レナちゃん、また遊ぼ〜ね!』と私に手をふり、私は金髪の先輩たちにキチンと『お礼』を言って車を降りた…つ、疲れた…。アケミは先輩の車に乗ったまま夜の闇に消えていった。
これから30分だけ塾に行こう…塾の下のコンビニに寄って気づいた。
くっさー!自分がタバコくさい!香水で誤魔化せないほどだ、これはマズい!塾に寄らずサッサと帰って着替えよう、バレたらそれこそ半殺しにされる。
母が帰宅するまであと1時間ちょっとある。
ダッシュで帰宅し、制服を脱ぎブレザーとスカートは香水をふりかけてベランダの見えないところに干した。
シャツやルーズソックスは他の洗濯物と一緒に全て洗濯機に入れ、速攻洗い、それらの作業をしながら頭からシャワーを浴びてシャンプーをした。
20時55分だ、セーフ。ドライヤーでおかっぱ頭を乾かし、自分をクンクン匂ってみた、よし合格だ。
ベランダで香水をふりかけて干していた制服に鼻を近づけると、さっきの先輩の車のどきつい芳香剤のニオイとタバコのニオイがこびりついてる。
これは一晩中干さなきゃダメだな…更に香水をふりかけた。そのまま部屋に戻り、洗濯の続きをして乾燥機にぶち込んだ。
21時20分過ぎて、母がただいまー、あれ今日早かったの?と言いながら帰宅した。
うん、ちょっと調子悪くて…早めに帰った。洗濯しておいたよ!と調子のいい事を言った。
見知らぬ男のヤンキーの人たちの車に乗ったのはこれが初めて。アケミ以外のヤンキーの人たちに会ったのも口を聞いたのも、何もかも初めての経験だった。
翌日、学校で誰にも話せるわけがない。
真面目なみっきーも、少し夜遊びをしているウッチーも皆ドン引きするだろう。
それから何度かアケミから『また先輩の車で遊びに行こうよー!』と誘いがあったが、それとなく理由をつけて断った。
アケミと2人で遊ぶのはいいけれど、どうもあのヤンキーの先輩たちと自分が馴染める自信がない、そして彼らに興味も沸かなかった。
おそらく、あれが“ヤンキーへの入り口″だったのだろう。興味がある者はそのままヤンキー道へ入門するかもしれない、しかももっと早い時期に。
私は特に彼らに特に魅力を感じなかった。
それより学校で稲中卓球部を読んで笑い転げたり、学校の友達との中に、既に居場所を見つけていた。
高2になって、夜が肌寒い5月初めの事だった。