音大生専用の物件探し
(過去記事:娯楽〜映画編…のつづき)
冬休みに入り、私と母はすぐに一人暮らし用のマンションを探しに新幹線に飛び乗った。
夏期講習の時も、受験の時も、音大周辺にあるマンションに目を光らせ、不動産屋も探していた。
もう受験が終わっているので、制服で行く必要はない。
誕生月に買ってもらった赤いロングコートと祖母に買ってもらったヒールが高めの茶色いブーツを履き、オシャレをした。
大学がある駅から徒歩3分のところに不動産屋があり、事前予約しておいた私たちは、すぐにそこを訪れた。
推薦入試が終わったら、すぐ良い物件から皆抑えに行くと聞いていたので、私たちも12月の間に決めておこうと急いだ。
ちょうど私が通うことになる音大は1年前に移転したばかりで、駅周辺から大学周辺にかけて新築のマンションやコーポが多く建っており、物件は選びたい放題だった。
音大というところは、9割女子生徒…ほぼ女子大に近い感覚であるが、母は“女子学生専用マンションのオートロックつき″という条件を提示した。
私は、オートロックがついてグランドピアノが置けて、トイレと風呂が別であれば良い…くらいに思っていた。
不動産屋が出してきた物件は、どれも新築物件で、楽器演奏可、大学から徒歩5分から20分ほどの距離にある、女子学生専用のマンションをいくつか提示してきた。
ちなみに音大が移転してきたので、どのマンションやコーポも当然グランドピアノが置けて、時間制限はあるが、どの楽器の人も練習に困らないよう、簡易防音マンションばかりだった。
いわゆる音大生専用のマンションである。
現在も音大がある地域に行けば、“楽器可″で比較的安価なマンションが多く建っている。
完全防音のマンションも1つ内覧したが、部屋に入った瞬間音がヒュッと消える完全防音!やや狭い部屋であった。グランドピアノを入れるとベッドが置けないので、ピアノの下に寝なければならない広さだった。
2駅隣りの遊園地にある音楽隊の人が24時間、夜中でも練習できるという事で、音楽隊の管楽器などの人も入居していたのだが、大学からやや遠いのでパスした。
高校時代の大半を“遅刻″で登校していた私にとって、大学から近いマンションが1番魅力的であった。
1番目を惹く大型のマンションがあった。
建設されて2年目で、まだほとんど学生が入っておらず、6階建の最上階、出窓がある角部屋が空室だと聞き、早速内覧をした。
ちなみに一階はコンビニとテナントが入っており、2階と3階が男子学生専用、4階から6階が女子学生専用である。
3階と4階の非常階段の間には、1メートルほどの高さのバリケードが築かれていた…。
(こんな高さでは私ならヒョイと越えてしまえるな…)
鉄筋コンクリートでできた6階建のマンションの最上階角部屋、部屋は12畳ほどあり、グランドピアノとベッドを置いても余裕の広さ、きちんとドアを隔てた玄関側にトイレと広い浴室があり、洗面台にはシャワーヘッドもある。
ベランダも広く景色も抜群。
家賃は62,000円。最上階角部屋が1番高いことは想定内だった。5階、4階…の真ん中の部屋になるにつれ、家賃が下がっていく。
ちょうど隣の部屋は一学年上のピアノ科の先輩が住んでいた。
マンションを内覧する際、違う不動産屋と一緒に来ていた同じ高校生で私と背丈が同じくらいの女のコとエレベーターが一緒になった。
そのコは4階で降りたが、エレベーター内で私の着ていた赤いロングコートと全身を舐め回すように見ていた。
後に、サックス専攻のアユちゃんという事を知った。
他に内覧したマンションはいずれも家賃が5万〜6万弱。
『他のところにしたら毎月数千円でも助かるわよ…仕送りの金額は一緒だからね…アンタが自分でやっていけるんなら、好きな方にしなさい。』
と母に言われたが、他の内覧したどのマンションよりも広く明るく、設備も整っており、大学から坂を降りたすぐの場所にあるという立地の良さが気に入った。
しかも最上階の角部屋、出窓つき!
『いや、ココがいい!上の角部屋からマンションってなくなるし、頑張って生活するからココにしたい!!』
料理はひと通りできる、自炊すればいいんだ…足りなければバイトをすればいい…記念すべき一人暮らしの部屋はココがいい!!
そう考え決断した。
不動産屋は終始笑顔で、母に話していた。
『音大に通われている男子学生さん、それはそれはお坊ちゃんが多いですから、いい人がいるといいですね…』
そんな事はどうでもいい、とにかく立地が1番だ。学校に今度こそ遅れないよう、大学から徒歩5分の1番近いこのマンションが良い。
当時私が母と住んでいた実家のマンションも、最上階の角部屋であった。
(と言っても3階建て)
立地が抜群なことから、友人らの集合場所にいつも指定された。
左隣りがスーパー、右隣りがリカーショップ、マンションの一階は耳鼻科が入っており、市役所から徒歩5分、マンションの目の前は市民プールと体育館、少し歩けば巨大なショッピングモールがあった。
マンションは立地が1番だと、体に刻み込まれていた。
この6階建の最上階角部屋、洋室12畳、バストイレ別、オートロックつき、グランドピアノも置ける簡易防音の部屋が、その後の一人暮らしを転々としていく人生において、最高ランクだった事は言うまでもない。
音大生というのは、裕福な家庭出身の者が非常に多い。女子学生がほとんどを占める。
その女子学生たちが気にいるよう、オートロックつきだったり、洗面台がドレッサーのようになっていたり、シューズクローゼットが広かったり、内装が凝っていたり…もちろん普通のマンションやコーポもあるが、キッチンが広かったり、何かにつけて学生の一人暮らし用の住居にしては贅沢な部分が多かった。
『アンタは新しいところ、1番綺麗なところにどんどん引っ越すのね…』
と母に言われたが、母もそのマンションの造りや内装を見て満足している様子だった。
マンションを契約して実家に帰ると、早速年末年始の繁忙期は隣のスーパーレジのバイトをフルで入れた。
3学期からのバイトは、近くの巨大ショッピングモールの中にあるパン屋さんでバイトをする事に決めた。
もう夢の一人暮らしまであともう少しだ…
あのマンションに見合うよう、オシャレな部屋にしたい、家電も自分の好きなものを選びたい…
そのためには1円でも多くバイトで稼いでお金を貯めておかなきゃ!
憧れの一人暮らしの部屋に置くもの…ひとつひとつ自分で選びたい、やっと母の支配下から脱出できるんだ…
それを思うと口元が緩んで仕方ない。
大学生になったら、実家で苦労を重ねてきたおばあちゃんが年に1、2回でも泊まりに来れるよう、根回しをしよう…
おばあちゃんと2人で買い物に行ったり、普段の実家での地獄のような生活から少しでも救ってあげる事ができますように…
年末年始のスーパーレジは超繁忙期で時給もアップする。
高校はバイト禁止だったが、他にする事もないので、11時〜閉店の19時30分まで、ほぼ毎日バイトを詰め込んだ。
※音大生専用の防音つきマンションは全国各地にあるが、これは私がまだ当時地方の大学だったからこその家賃相場である。
東京の有名音大付近のそれとは全く世界が違うということを知っていただきたい。