つまらないから寝てたんじゃありません。
オジさんの科学vol.092 2023年8月号
夢を観た。レポートだったか宿題だったか定かではないが、明日が提出期限だというのに何も出来ていない。どうしよう、と狼狽えているところで眼が覚めた。
もうすぐ夏休みが終わる。小学生の頃だったと思う。宿題の読書感想文に全く手を付けていなかった。そこで、あとがきだけ読んで適当に書いて出したら、賞を獲ったか褒められたかした。後からあわてて本文を読んだ。『口笛を吹くルーファス』だったと思う。
それっぽい読書感想文を書くには、偉人の伝記を選ぶとよいそうだ。感想文とは、どんなことを学んだか、感動したか、とかを書くものらしい。伝記には、困難に立ち向かって成功しただの、めげずに頑張って発見しただのが書かれている。エピソードや結果がはっきりしているので、学びや感動のポイントがわかり易いみたいだ。使える名言やキーワードも満載だ。
読書感想文向け伝記のテッパンと言えば、エジソン。「天才とは、1%のひらめきと99%の努力である」とか「私は失敗したことが無い。ただ1万通りの上手くいかない方法を見つけただけだ」とかたくさんの名言がある。
そのエジソンには、ひらめきを得るための秘策があった。
うたた寝はひらめきを生む!?
エジソンは、寝食を忘れ発明に没頭していた。「みんな寝すぎだ。自分は死んでからたっぷり寝る」と言ったとか。と言いつつ、よく昼寝をしていたそうだ。寝る時には、両手にボールを握った。ウトウトとし、ボールを床に落とすと、目が覚めるようにしていた。
そして、その時に創造的なアイディアを得ていたという。
2021年パリ脳研究所のチームが、この「エジソンの睡眠法」について検証実験を行った。103人が参加した。
参加者は、超簡単な数列パズルに挑戦した。順番に数字を選んでいけば、誰でも正解にたどり着く。ところが、このパズルには共通の規則性があり、 そこに気づけば最後まで作業しなくとも答えが判る。
まず全員に60問が与えられた。これを解く間に、16人が規則性に気づいてしまった。これは全体の15.53%にあたる。この段階で16人は、実験対象から外れてしまった。
残りの人たちには、20分の休憩が与えられた。
暗い部屋で、リクライニングシートに仰向けになり、目を閉じて休んでもらった。その時、ひじ掛けからぶら下げた片手でボトルを掴んでもらった。エジソンのボールの代わりである。ウトウトとし、落としたボトルの音にビックリして目覚めた参加者が何人もいた。
休憩中、参加者の脳波、眼電図、筋電図が記録され、睡眠の状態が監視された。49人は、眠れなかった。これを「覚醒」グループと呼ぶ。入眠直後のごく浅い眠りのみだった参加者は、「N1」グループとした。24人いた。より深い眠りを経験した「N2」グループは、14名いた。
休憩の後に、再び同様のパズルに挑戦してもらった。270問を解くうちに、多くの参加者が規則性に気づいた。
覚醒グループでは、15人(30.61%)が気づいた。N1グループは、20人(83.33%)。N2グループは、わずか2人(14.29%)だった。
ごく浅い眠りのみを経験したN1は、覚醒の2.7倍、N2の5.8倍もの高確率で規則性に気づいた。
サルバドール・ダリも、エジソンと似た睡眠法を使っていたという。眠る前にカギを手に持ち、その下に金属板を敷いた。落ちたカギがたてる音で目が覚めるようにしたそうだ。
アレキサンダー大王やアインシュタインも似たような方法をとっていた可能性があるそうだ。
うたた寝+つぶやきは、創造性を増す⁉
パリ脳研究所の研究結果をさらに発展させたのが、今年5月に発表された米国マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究だ。MITのチームは、よりクリエイティブな事に展開できないかと考えた。実験には49人の若者が参加した。参加者には、睡眠の状態を判別する装置を付けた。これが、パリ脳研究所の実験でスコアが良かった入眠直後のごく浅い眠り、「N1」状態を感知する。
参加者はまず、「お昼寝」をするグループと、お昼寝をしない「覚醒」グループに分けられた。
お昼寝グループは、さらに2つに分けられた。ひとつは、N1睡眠に入ると「『木』のことを思い出して」という「音声ガイダンス」が流れるグループ。一方は、流れない。両グループとも、N1睡眠に入りしばらくすると、強制的に起こされた。深い眠りに入らないようにコントロールされるのだ。
覚醒グループも、同様に音声ガイダンスありのグループと、なしのグループに分けられた。
45分間のお昼寝又は覚醒時間を経て、3つのテストが行われた。1.「木」という単語を含んだ創造的な物語を書く。2.思いつく限りの「木」の創造的な、いろいろな使い方のリストを作る。3.31個の名詞が提示され、最初に思いついた動詞を答える。
1.と2.は、3人の採点者が創造性やアイディアの独創性、アイディアの多様性、アイディアの数などについて採点した。3.は、まず全員の答えを分析し、それと比較して、それぞれの回答者の答えがどの程度創造的かを測定した。さらに、それらを統計的に解析した。
全てのテストでスコアが最も高かったのが「お昼寝/ガイダンスあり」グループだった。「お昼寝/ガイダンスなし」のグループも次いで高かったが、バラツキがみられた。
3つのテスト全体で分析したところ「お昼寝/ガイダンスあり」グループは、「お昼寝/ガイダンスなし」グループより43%、「覚醒/ガイダンスなし」より78%創造性が高かったという。
先生の授業を聞きながらウトウト、会議の席で他人の発言を耳にしながらコックリ。ひょっとしたら創造性が高まっているかもしれない。
ただし、注意しなければならないポイントが3つある。①熟睡してはいけない。②すぐに起きて創作活動に入らなければならない。③睡眠学習ではないので、授業の内容は記憶に残らない。
でも、先生や上司に居眠りを注意された時には、こう言おう。
「創造的なアイディアを得ようとしていたんです」。
や・そね
<参考資料>
ポッドキャスト
ヴォイニッチの科学書 第977回 2023年7月29日
「うたた寝は新たな発想につながる」
論文
CÉLIA LACAUX,THOMAS ANDRILLON,CÉLESTE BASTOUL,YANNIS IDIR,..., and DELPHINE OUDIETTE
Sleep onset is a creative sweet spot
SCIENCE ADVANCES 8 Dec 2021 Vol 7, Issue 50 DOI: 10.1126/sciadv.abj5866
Horowitz, A.H., Esfahany, K., Gálvez, T.V. et al.
Targeted dream incubation at sleep onset increases post-sleep creative performance. Sci Rep 13, 7319 (2023). https://doi.org/10.1038/s41598-023-31361-w
雑誌
日経サイエンス20228月号
天才の様にまどろめ エジソンに学ぶ半覚醒状態のひらめき
Newton2023年4月号
ここまでわかった睡眠の謎 最良の睡眠
WEB
日経Gooday 2022年7月27日
「ひらめき脳」は「居眠り」と「ながら」で作られる?
BUSINESS INSIDER 2022年10月7日
MITメディア・ラボ、「見たい夢をみる」装置を開発・・・学習・創作などへの効果に期待
プレスリリース
MIT NEWS May 15, 2023
That moment when you’re nodding off is a sweet spot for creativity