赤ちゃんには、かなわない。
オジさんの科学 vol.075 2022年3月号
2人の赤ちゃんの写真です。かわいいですね。思わずほおずりをしたくなります。
さて、あなたは、左右どちらの赤ちゃんが、より「かわいい」と思いますか。
では、どうしてそう思ったのでしょう。どこに「かわいさ」を感じたのでしょう。ちなみにそれぞれの性別は分かりますか。
この2つの顔は、大阪大学の入戸野(にっとの)宏教授らの研究グループによって作られた合成画像です。
研究グループは、今年2月に「日本人赤ちゃんの顔で明らかになった客観的な『かわいさ』次元の存在」という発表を行いました。
だれもが同じような「かわいい」の基準をもっているのか。そもそも「かわいい」は、小さいや丸い、赤いなどの様な対象物が持つ属性なのか。入戸野教授の「かわいい」研究の出発点は、「『かわいい』は、人やモノに接したときに生じる感情ではないか」という考え方だったようです。
世間のほとんどの親は、自分の子が一番かわいいと思っています。一番じゃなくてもかなりかわいい方と思っているはずです。きわめて主観的な評価です。ウチのカミさんも昔「うちの子が一番かわいい」と言っていました。その子も、今や30代のおっさん。でもまだまだとってもかわいいです。
研究グループは、生後6か月の日本人赤ちゃん80人分の写真画像を、保護者の方々から提供してもらいました。無表情、正面顔で撮ってもらいました。
その画像を見て、20~60代の日本人男女200人に、「かわいさ」を評価してもらいました。まったくかわいくない(1点)から非常にかわいい(7点)まで7段階。そしてすべての顔ごとに平均点を出し、上位10人、下位10人の画像を選び出しました。上位10画像を合成したものが冒頭の左の顔、下位10画像を合成してできたのが右の顔です。この二つの画像をプロトタイプと呼びます。
評価が高い顔と低い顔の179ヶ所を比較し、分析することで、顔のどの部分を変形させればよいかの「かわいさの増減パターン」が判ったそうです。大雑把に言うと、赤ちゃんの顔のかわいさは、おでこの広さ、顔の下半分にあるぱっちりとした目、顔全体の丸み、ふくよかな頬などだと判りました。
プロトタイプは、それぞれ男女5名ずつの顔を合成して作られています。かわいい赤ちゃんは、女の子に見えるのは、先入観によるもの。幼児の性別を顔から判別することは難しいそうです。
でも、友達の赤ちゃんにはとりあえず「女の子でしょ」というのが礼儀ですよね。ウチのカミさんも息子が赤ちゃんの時には「女の子にまちがわれたー」と喜んでいました。
科学的視点で「かわいさ」を取り上げたのは、1943年にオーストリアで生まれた動物行動学者コンラート・ローレンツです。彼は、赤ちゃんが示す特徴に、人間は本能的にかわいいと感じ、近寄って手を差しのべ抱きしめたくなる、と考えたそうです。
そしてこのメカニズムに「ベビースキーマ」と名付けました。ローレンツが挙げたかわいいと感じる見た目の特徴は以下のとおりでした。①ずんぐりとした大きな頭、②顔に比べて大きく前に張り出した額・頭蓋骨、③顔の中央よりやや下に位置する大きな眼、④短くて太い四肢、⑤全体に丸みをおびた体形、⑥やわらかい体表面、⑦丸みを持つぽっちゃりとした頬。
研究チームによると、今回見つけたかわいさの増減パターンは、ベビースキーマに一致しているとのことです。また、この赤ちゃんに典型的な特徴に反応する感情は、進化に伴う生物学的なものと考えられているようです。
さらに研究チームは、今回判別したかわいさの増減パターンが、多くの日本人に共通の感覚なのか否かを調べました。
チームは、プロトタイプに使用した上位10人と下位10人の計20人を除いた60人の赤ちゃんの顔写真から、ランダムに選んだ2枚を合成し、50枚の赤ちゃん顔を作りました。
この50枚を基に、それぞれのかわいさ50%増し顔とかわいさ50%減の顔を作りました。この50ペア(100枚)とプロトタイプの写真を使い、20~60代の日本人男女587名に、インターネット調査を行いました。参加者には、それぞれのペアから、よりかわいいと思う方を選んでもらいました。
9割の人が、50%増し顔や左のプロトタイプを選びました。研究チームは、赤ちゃんの顔のかわいさは、個人の好みとは別に、客観的な特徴として存在することを示しています、と言っています。
一方で朝日新聞によると、入戸野さんは「どちらの赤ちゃんを見ても多くの人がかわいいと思うように、外見の違いはほんのわずかな要素でしかない。『かわいい』とともに抱く『あたたかな気持ち』も突き止めていきたい」と話しています。
調査結果を詳しく見てみると、「かわいさ」の評価の差は、ごく僅かでした。80人の赤ちゃんの評価点は、3.09から4.73の間に入っていました。全員が「ややかわいくない」から「ややかわいい」の間でした。
さらに調査から幾つかの傾向が見られました。
若い男性は女性や中高年の男性と比較して、赤ちゃんのかわいさに鈍感なようです。20代男性が50%増し顔や左のプロトタイプを選ぶ率は7割ほどでした。若い男性は比較的赤ちゃんのかわいさの違いに興味が薄いという可能性がある、と研究チームは考えました。
プロトタイプについては、30代の女性や60代の男女はほぼ100%の一致率です。50代、60代になると男女ともに同じような一致率になっていることもわかります。また、自身に子供がいる人の一致率は、いない人よりも若干高かったそうです。
7段階評価において女性は、男性と比較して、かわいい顔の評価はより高く、かわいさの低い顔の評価はより低いという結果が出ました。研究チームは、女性はかわいさの違いに敏感であることを示唆していると言っています。
反応に多少のばらつきはあっても、赤ちゃんの顔が備える幾つかの特徴に、人間が「かわいい」と感じるメカニズムは存在しそうです。その特徴を持つ顔は、自動的にかわいいと認識されると考えて良さそうです。そして、その攻撃力は相当高そうです。
今回の発表を読んで、「キモカワ」「ブサカワ」「ゆるかわ」といったネガティブな単語とくっついたかわいさを表現する言葉が存在する訳、が解った気がしました。「キモい」「ブサイク」「ゆるい」奴だと思っても、おでこが広く、顔の下半分にぱっちりとした目があり、顔全体が丸く、ふくよかな頬を持っていると、ネガティブ評価を押しやる「かわいさ」を感じてしまうのです。これは、進化に伴う生物学的な反応なのです。
や・そね
<参考資料>
日本人赤ちゃんの顔で明らかになった客観的な「かわいさ」次元の存在大阪大学プレスリリース 2022年2月22日
Hiroshi Nittono、 Akane Ohashi、 and Masashi Komori(2022)“Creation and Validation of the Japanese Cute Infant Face (JCIF) Dataset”「Frontiers in Psychology」(オンライン科学誌)
朝日新聞 2022年2月26日夕刊 赤ちゃんに客観的な「かわいさ」でも「外見は要素の一部」 阪大など調査
『「かわいい」のちから 実験で探るその心理』入戸野 宏 2019年 (株)化学同人
『パンダの親指 上』スティーブン・ジェイ・グールド 櫻町翠軒訳 1986年 早川書房
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