氷の底に潜む忍者
オジさんのカガク2018年11月号
科学忍者はガッチャマン。少年忍者はフジ丸で、大食い忍者といえばカバ丸です。
では、「ディープ忍者」って知ってますか。
めくるめくディーブな世界に誘う忍者。新宿二丁目あたりに出没しそうです。マツコの知らない世界です。
正式には「Deep NINJA」という。先月海洋研究開発機構(JAMSTEC/ジャムステック)発のプレスリリーの中に、この文字を発見した。二丁目より永田町の匂いがする。隠密行動を常とする忍者の存在が漏れてたのだろうか。早速、当局は調査に入った。
するとJAMSTECは5年も前にディープ忍者の存在を明らかにしてました。ホームページには「小型の海洋観測ロボット」と書いています。おぉ、ロボット忍者かぁ。
あっさり正体が判りました。JAMSTECが持っている観測機器でした。「深海用プロファイリングフロート」と呼ばれ、海中の温度や塩分などを調査するんだそうです。ディープな海の世界に赴くのでした。水遁の術が得意なんですね。
全長210cm、重量約50kg。ほぼ円筒形の形をしており、水深4,000mまで潜れる。筒の上部に水温と塩分、圧力のセンサー、GPS搭載の通信用アンテナが伸びる。
通常は海中を漂っているが、10日から1ヶ月に一度、水温と塩分を観測しながら浮上するそうだ。水面に顔を出すと衛星通信を使ってデータを送り、また潜る。
派遣されているのは、南極の海だ。ぶつかって壊れないように、海面近くに氷があると察知し、引き返す。海水はおよそ-2℃で凍るため、センサーが-1.79℃を感知すると回避する仕組みになっているそうだ。氷が溶けるまでデータを抱えて潜行する。
冬の間は、海面が氷に覆われて、なかなか顔を出せない。海中で越冬するそうだ。
ディープ忍者くんの部隊は18台(一説には14台)で構成される。忍者部隊越冬。
世界中でフロートと呼ばれる海中を漂う観測機器は3,000台も稼働している。しかし、これまで深さ4,000mの水圧に耐えられるものは無かった。
2011年に生まれたディープ忍者くんは、深海探査の術を身に付けた世界初のフロートだ。開発はJAMSTECと鶴見精機が共同でおこなった。2012年から長期観測に入っている。
はやぶさは知っていたが、ディープ忍者くんのことは知らなかった。
深海は、宇宙よりも謎が多いと言われる。130億光年先の天文現象を観ることはできるが、海の中は見えない。水は電磁波を通さないからだ。魚群探知機は音波を使って探る。はやぶさは撮影できたが、深海に居るディープ忍者くんは身を隠したままだ。
その深い海の中に大きな流れがある。「深層流」という。
ディープ忍者くんがいる南極や北極圏で沈み込んだ海水は、海底地形に沿って流れる。太平洋やインド洋で浮上すると、海流となって南極や北極圏にたどり着く。これを「海洋大循環」あるいは「海洋コンベアー」と呼ぶ。一周回るのに1,000~2,000年かかると言われている。
通販などで売っている海洋深層水が本物なら、何百年も前の水を飲んでいることになる。
ちなみに深層流の年齢を調べるのには、放射性炭素14による年代測定を使う。途中で空気などが供給されないため、炭素14は徐々に窒素14に変わっていく。
海洋大循環のスタート地点となる南極や北極圏では、海水からたくさんの氷がつくられる。海面が凍ると、今度は氷が羽毛布団代わりになって、それ以上凍結が進まなくなる。
ところが風や海流の関係で出来た氷が素早く移動し、常に海面が冷やされるエリアがある。氷がつくり続けられるのだ。すると、取り残された塩分を多く含んだ海水は、どんどん重くなる。
「南極底層水」は、深く沈み込んで溜まった冷たくてしょっぱい水の塊だ。
この水にはもう一つ特徴がある。酸素をたくさん含んでいることだ。世界の深海への酸素供給は、すべて南極か北極圏でなされている。栄養素と酸素を血管に送り込む心臓みたいだ。
深層水が浮き上がるメカニズムは完全にはわかっていない。多分、潮汐力だろうと言われている。お月さんが地球の海をゆすっているらしい。
今回JAMSTECは、ディープ忍者くんの潜入調査によって「南極底層水が急激に減少していることが判明」した、と発表した。塩分も薄くなっていることが判った。海洋大循環の心臓が弱っているのかも知れない。
海は、大気の約1,000倍の熱貯蔵量がある。海洋大循環弱まると、地球の熱移動が減少する。寒さ暑さが極端になるかもしれない。今から1万1千年前にも海洋大循環が弱まり北半球は寒冷化したと言われている。
深海への酸素供給が滞ると生態系への影響も懸念される。
忍者は密かに敵国に潜入し、情勢を探る。その情報が戦の勝敗を決することもある。南極の深海に潜って、見えないディープ忍者くんが、今後どんな情報をもたらすか。目が離せないでござるよ、ニンニン。
2018.11.20 や・そね
<参考資料>
プレスリリース
・「国際深海用プロファイリングフロート『Deep NINJA』が南極海での『越 冬』に成功」 独立行政法人海洋研究開発機構、株式会社鶴見精機
2013年12月19日
・「深海用プロファイリングフロート『Deep NINJA』による観測で南極底層 水が急速に減少していることが判明」 国立研究開発法人海洋研究開発機
構 2018年10月12日
・「潮の満ち引きと気候を繋ぐメカニズムをシミュレーションで解明」
国立研究開発法人海洋研究開発機構、東京大学大学院理学系研究科、東京
大学大気海洋研究所2018年10月12日
WEB
・国立研究開発法人海洋研究開発機構ホームページ
・東京大学海洋アライアンスホームページ
書籍 ・日本海 蒲生俊敬 BLUE BACKS
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