いつもの朝
「おはよう」
梨花が挨拶すると、亮と鳴海もおはようと返してきた。いつもと同じ朝の風景だ。めったに車の通らない田舎道を、三人並んで中学校へ向かう。
「今度の期末テスト、自信ある人~」
「この中にいると思う?」
梨花の答えに、質問した亮自身が「だよねぇ」とため息をついた。
「昨日また先輩から『おまえらどっちが彼氏?』って聞かれたよ」
鳴海の言葉に「また?」と梨花と亮の声が見事にハモった。
「先輩には、男子と女子が一緒に歩いていたら、付き合ってるように見えるんだろうな。そんなに男女の友情って、存在しがたいのかねー」
「飢えてるねぇ」
饒舌な鳴海と、けだるげな亮のやりとりに「恋に? 愛に?」と梨花が口を挟む。
「両方合わせて、恋愛にだろ。オレらはお互い知りすぎてるから、恋愛対象にならないよな。幼稚園からの幼なじみって、みんなこんな感じじゃね?」
「だよねぇ」
「誰なら恋愛対象になるの?」
「僕は、ワンダー。すごく好き」
「それな! 動画サイトのコスプレ女子だろ。オレも好き!」
「うっわ! 二人とも朝からひくわ!」
「普通だと思うけど。すごく可愛いし踊りも上手いから、男子の間で人気高いよ」
「ワンダーしか勝たん! 梨花も少し見習ったほうがいいんじゃね? ワンダーの可愛さってのは、そのあたりに転がってるようなのとは全然違うし。マジ尊い! レベち!」
はっ? あのな、そのワンダーって私なんだけど。君たち毎日何見てんの?。
お手上げのポーズで梨花は天を仰いだ。二人に告白を不意打ちされ、鼓動が早くなったからだ。万が一、顔が赤くなっていたら困る。
「整形メイクの練習させて」
お姉ちゃんの一言がワンダーの始まりだった。お姉ちゃんにメイクされた顔は桁違いの可愛さで、その変貌ぶりに梨花自身が一番驚いた。
「梨花ったら、可愛いすぎ! ねえねえ、ちょっとこれ着て踊ってみて」
その時の動画を公開したら、あっという間にバズったんだよね。あれ以来、お姉ちゃんは自分のことより、私の動画上げることに夢中になってる。
***
「ん~私の推しはあれだな。A3。知ってる? あの人の描く絵、最高だよ! PVコラボしたじゃん! 画面越しからものすごいパワーを感じた」
「オレも好き! 絵の中に引きずり込まれるっていうの? 奥行きとか広がりがあって、自由を絵にしたら、あんな感じだろなぁ。すげー熱いの絵に出てる。あ、亮の絵も好きだぞ。上品で」
「う、うん。だよねぇ」
梨花も鳴海もいきなり褒めるから、思わずキョドっちゃったよ。A3が僕だって、ばれてないよね?
部活じゃ基礎ばっかりで自由に描けなくて、家で描いた絵をネットに上げたら、いきなり有名なアーティストとPVコラボすることになって震えたよ。びっくりしたけど、初めて僕のことを認めてもらえた気がして、とても嬉しかった。
自分で好き勝手に描いたものを、好きって言ってくれる人がたくさんいて、絵を描くのがすごく楽しくなっている。もっともっと絵を描きたい! って思う。それが伝わっているのかな。だとしたら、すっごく嬉しい。……でも、ちょっと恥ずかしい。
***
――昨日公開のYELLOWの新作、めっちゃ良くてスクショしちゃったよ――
後ろを歩く女子の声が聞こえた。
その声に続いて梨花が言う。
「あとはね、YELLOWも好き」
「わかる! 僕も、あの人の書く詩はいいと思う」
「でしょでしょ! なんていうか、響くんだよねー、ここに」
梨花が瞼を閉じて両手を胸にあてると、亮もうんうんと頷いた。
「そうかな、オレは格好つけてる感じするけどな」
動揺して声が大きくなった。
「国語の成績が2の人に言われてもね」
「だよねぇ」
こいつら……。つーか、国語2のオレが書いた詩に、心響かしてるじゃねーか。オレをバカにしてるのか、褒めてるのか、どっちかにしろってんだ。
そもそも、オレの文才は凡人にはわかんねーんだよ。詩だって、国語の成績を上げたくて、試し書きしたやつをアップしただけだ。それを有名な小説家の人が褒めてくれたら、知らないうちに人気者だよ。出版社から、詩集出す話も来てるんだぜ。
目の前で笑ってるこいつらに、オレがYELLOWだって言ってやろうかな。
……いや、言わねぇ。信じるわけないしな。
***
――インフルエンサーみたいな人、そばにいたらいいのに――
後ろの女子達の声が三人の耳に届く。
「すごい絵を描いたり、心に響く詩を書く人って、そうそういないよね」
「エモいコスプレ女子もな」
「だよねぇ」
はぁ~。3人のため息が重なる。
「よう鳴海、結局どっちが彼氏なんだ?」
横道から来た自転車通学の先輩が、尋ねた。
「いや先輩、昨日も言ったんですけど、オレら互いに知り過ぎちゃって、もう異性じゃないんですよ。だいたい、梨花を女として見たことないですし」
先輩に答える鳴海の背中を「女ですー」と、梨花が思いっきり叩く。その二人を、亮はやれやれと見守る。
「わかんないぞー。実は、お互いに知らない別の顔を持ってるかもよ?」
去って行く先輩の言葉に三人は顔を見合わせた。
探るように、三人の表情が一瞬だけ緊張する。
「ないよねー」
三人の声が重なった。
その後少しだけ口数が減ったが、いつもの朝と同じように、三人は校門を通り過ぎた。
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